第22話 異能者

 更に二年の歳月が流れた。ハルカは妊娠していた。臨月を迎え、大きなお腹を抱えたハルカはベッドへ横になり、窓から月を見ていた。相変わらずタラゴンの月は大きかった。薄青く光る月を眺めているうちに、ハルカはうとうととまどろみ始めた。

 

「ハルカ……ハルカ」

何処からともなく声が聞こえる。何かしら? ハルカは夢うつつで声を聞いた。

「産みなさい。きっと元気な男の子が産まれるでしょう。その子はタラゴンの始祖となるでしょう。新しい人類の祖に。タラゴンの時代が始まるのです……」 

ハルカはハッとして目が覚めた。確かに聞こえた。誰の声だろう?

「ハルカ、入るぞ」

ミゲルが部屋へ入って来た。

「どうかしたか?」

「ええ、声が聞こえたのよ。この子がタラゴンの新しい人類の始祖になるって」

ハルカはお腹を擦りながら言った。

「ふーん……」

ミゲルは月を見上げる。

「タラゴンの月だな。月からのメッセージさ」

「また月なのね」

「そうさ。ここの月は特別なんだ」

「そうかもね」

「もう寝た方が良いぞ」

「ええ、寝るところよ……アッ!」

ハルカは叫ぶとお腹を擦った。

「どうした?」

「蹴られたのよ」

「月の声がコイツにも聞こえたかな?」

「さあ、どうかしら?」

ハルカは胎児の胎動に意識を集中させた。もうミゲルの話し声が子宮越しに伝わっている筈である。もしかしたら、月の声だって聞こえているのかも知れないわね。

「……大人しくなったわ。今のうちに寝るわ」

「そうか、じゃあな、お休み」


 ミゲルは部屋を出ると外へ向かった。畑の前で夜空を見上げる。タラゴンの月だ。ここへ着いた時から執着していた月である。きっとタラゴンの月はこの地に適応して生き抜く新たな人類を必要としているのだ。地球にそっくりだが地球とは違った進化の形を模索しているのかも知れない。ハルカの腹に居る子はその第一号になるのだ。

 

「そろそろですね」

アリッサがやって来た。

「うん。来月辺り産まれそうだよ」

「ベビー服作ったんですよ」

アリッサはバスタオルを縫って作ったベビー服を見せた。

「凄いな、良く出来てるよ」

「皆、産まれるのを楽しみにしていますよ」

「そうか」

「月ですか?」

「うん……。ハルカが月の声を聞いたんだ」

「ああ、それ、なんか分かるわ」

「そうか?」

「タラゴンの月ってね、時々語りかけてくるんですよね」

「やはりそうか」

「ええ、神秘的ですよね」

「そうだな。よし、もう寝ようか」

 

 一月後、ハルカは元気な男の子を出産した。取り上げたのはマムルだ。アスターと名付けられた。インパラの毛皮のおくるみに包まれて、アスターはすやすやと眠っていた。

「可愛いですね」

アリッサがベッドを覗き込む。

「取り敢えず無事に産まれて良かったよ」

ミゲルがアスターのおくるみを直しながら言った。

「どんな子になるのかしら?」

「さあな。まあ、元気に育ってくれればそれで良いさ」

ムサシがやって来てふんふんアスターの匂いを嗅ぐ。ムサシは一目でアスターが気に入った様だった。

「ムサシ、お前に弟が出来たぞ」

「ワン!」

ムサシは元気良く吠えた。

「ふやあ……」

アスターが目を覚ます。

「あら、起こしちゃったわね」

「ご免なさい、ミルクの時間よ」

ハルカがやって来て、アスターに母乳を含ませた。アスターは夢中で乳を吸う。

「タラゴンの月の言っていた事が本当なら、この子はタラゴンの始祖になるそうよ。新しい人類の始祖に」

ハルカが呟いた。

「始祖? どういう意味かしら?」

サライが興味を示した。

「分からないわ。言葉通りなら、このままここで代々子孫を残していくっていう事だと思うわ」

「月がそう言ったのね?」

「ええ」

 

 サライは考え込んだ。やはりここの月は特別な力を持っているのだ。二つある事がそうさせているのかも知れないが、確認のしょうがない。学生時代の知り合いにそういう研究をしていた男が居たけど、ここからじゃ聞いてみるわけにもいかないし。この新しい命に月がどういう影響を与えていくのか、見守るしか無いわね……。

 

 半年が過ぎた。ハルカはアスターに離乳食を食べさせるべく、アスターをベッドに座らせるとスプーンと器を持ってアスターの隣に座った。

「さあ、ご飯の時間よ」

ハルカはスプーンで離乳食をすくい、アスターの口元へ持っていこうとしたが、手が滑ってスプーンを床へ落としてしまった。

「あら、やっちゃった」

ハルカがスプーンを拾おうとした時である。スプーンはふわりと空中に浮いた。

「えっ!?」

スプーンはそのまま器へ戻った。

「アスター、貴方がやったの?」

アスターはニヘラ、と笑う。

「大変よ! 皆!」

ハルカの叫び声を聞いて、皆が集まって来た。

「どうした。何かあったのか?」

ミゲルが訊ねる。

「今、アスターが……。ちょっとこれを見て」

ハルカは再びスプーンを床へ落とした。次の瞬間、浮かび上がるスプーン。

「これって……サイコキネシスとかいう奴じゃない?」

アリッサが上ずった声をあげた。

「異能力ですね」

マムルが説明する。

「ごく稀にこういった特殊な能力を持つ子供が居ます。この子の場合は、タラゴンに適応する為でしょうな」

「異能力……」

皆は押し黙った。そうか、これがタラゴンの月の影響か。そうに違いない。新しくタラゴンで産まれる子供は、タラゴンのサバイバルに適応する為に、異能者として産まれるのだ。ハルカにタラゴンの月が言っていた新しい人類とは異能者の事に違い無かった。

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