第23話 ムサシの死

 アスターはスクスクと育っていった。アスターが産まれてから二年後に妹のリタが産まれた。リタが産まれて数ヶ月後に、タイガとアリッサの間に双子の姉弟きょうだいアマラとブランカが産まれた。三人とも、やはり生後半年で特殊な能力を発揮し始めた。リタには透視能力があり、見たものを他の異能者の脳へ転送する事が出来た。アマラには人の心を読む読心術が、ブランカには空気を集めて圧縮した空圧波を投げ打つ能力が備わっていた。アスターを含めた四人とムサシは、いつも一緒に居てじゃれあっていた。「けものっ子」と皆は愛情を込めて四人をそう呼んだ。四人は野生児だった。幼いうちからサバンナへ出て、昆虫やら小型の動物を追い回して遊んでいた。

 

 アスターが八歳になった時である。もう歳をとってヨボヨボだったムサシがとうとう起き上がれなくなった。ムサシは船長室の床に置かれたクッションの上でじっとうずくまっている。アスターはムサシの頭を撫でて、ミゲルに訊ねた。

「ムサシはどうなるの?」

素朴な疑問だった。

「寿命だな。もうじき死ぬのさ」

「死ぬ?」

「そうだ。人間も犬や他の動物も、生きている時間は限られている。時が来たら、生きることを止めて動かなくなるんだ」

「じゃあ、もうムサシに会えなくなるの?」

アスターは涙ぐんだ。幼い時から野生動物の死を見て来たアスターだが、愛する者の死がどういう物なのか、良く分からなかった。

「そうだよ。ムサシだけじゃない。父さんだって母さんだって、それから他の皆も――その時が来たら、死ななきゃならんのさ」

「そんなの嫌だよ!」

アスターはミゲルにしがみついて泣きじゃくる。

「まあ、父さん達はもっと先さ。ムサシはもうすぐだ。父さん達はな、昔地球という星に居た。そこが人で一杯になったんで、新たに住める星を探して旅に出たんだ。その途中でムサシに出会ったんだよ」

「地球?」

「元々、人間は昔から地球で生きてきたのさ」

「どんな星?」

「昔はここタラゴンとほとんど変わりない星だった。サバンナだってあったし、動物達も沢山居た。でも文明が発達して、都市が沢山出来た。自然はどんどん失われていったんだよ」

「沢山人が居るの?」

「居るよ」

「どの位? 百人くらい?」

「フフ。もっとずっと沢山さ。数え切れない位沢山だよ」

「ふーん」

 

 フンッ。ムサシが鼻を鳴らした。

「ああ、ムサシがトイレに行きたがっているぞ。アスター、運んでやれ」

「うん!」

アスターはムサシに手をかざした。フワリとムサシの体が浮き上がる。アスターはそのまま、ムサシをプラスチックのトイレまで移動させた。ムサシは踞ったまま、オシッコをする。もう立ち上がる力が無いのだ。ミゲルはトイレを済ませたムサシの体を濡れタオルで拭いてやった。ムサシがフンフン甘えた声を出す。ミゲルはムサシを撫でてやり、昔の元気な姿を思い出していた。よくムサシと狩りに行ったものだった。時には水牛などという大物に手を出して、群れのリーダーに危うく返り討ちの目に合わされそうになった事もある。そんな時でもムサシは元気一杯走り回っていた。それが今では立ち上がることさえ出来ない。この小さな獣に突然訪れた老化現象は容赦が無かった。遅かれ早かれ、生物は皆この様な時を迎えなくてはならない。それが自然の摂理だからだ。最初はヤナーギクを失い、代わりにムサシが仲間に加わった。次にニライが死に、入れ替わりに子供達が産まれた。俺達だって何時かは死ぬ。その時、アスター達はどうするだろうか? 四人で異能の力を合わせて生き抜いていけるだろうか? 

 

「パパどうしたの?」

考え込んだミゲルにアスターが声をかけた。

「うん。何でもないさ。よし、ムサシを戻してやれ」

アスターはムサシを再びクッションの上へ戻した。

 

 それから一週間後、ムサシは旅立った。短い命だったが、充実した一生だったであろう。皆はささやかなムサシの葬式をして、埋葬した。

「ムサシが居なくなるなんて、寂しいわね」

アリッサが涙を拭いながら言った。

「良いワン公だったよな」

タイガが墓に花を添える。

「でも、これで狩りのお伴が居なくなってしまいましたね」

「そうだな。だが、もう少ししたら、アスターを一緒に連れていくさ」

「早すぎませんか?」

「何、どうせここで狩りをして生きていかなきゃならないんだ。覚えるのは早い方が良いさ」

「私も、もう少ししたらアマラに農作業を教えるわ。そのうちブランカも狩りに連れていって下さい」

アマラが頼んだ。

「うん。そのつもりだよ。大丈夫、四人とも逞しく育つさ。それに、彼らには異能力がある。俺達よりずっとタラゴンでやっていく力があるさ」

 

 ミゲルは平原に目をやった。原始の地球と見まごう世界だ。四人の子供達は産まれた時からここタラゴンに居る。月の加護を受けて、きっと上手く適応してやっていくに違いない。ムサシと同じように、輝く生命の本質を生きていくに違いない。文明の毒にまみれなくて済むということはある意味幸せだ。煩わしい人間関係も、複雑な社会の煩雑さもここには無いのだ。強く生きてくれ――。ミゲルは祈った。

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