第21話 結婚
翌日、ニライの葬儀が執り行われた。と言っても、遺体を毛布で包み、花を添えて黙祷を捧げるだけの簡素なものである。黙祷が済むと、ミゲルとタイガは埋葬用の穴を掘った。埋葬が済むと土を盛った小山の上に木の枝で作った十字架を刺した。ニライが宗教を信じていたかは今となっては知るよしも無いが、墓には目印が要る。草原から熱風が吹き付けて、墓の十字架に結び付けられた紐をサーッと揺らした。ニライの魂が風に乗って吹き流れて行く様で、ミゲルは寂しさを覚えた。
「また一人、仲間が減ってしまったな」
ミゲルが独り呟いた。ただでさえ人手が少ないのに、ニライの死は痛手である。
「そうですね。何も自殺しなくてもとは思いますが、ニライにとってはそれ程キツかったっていう事でしょう」
隣に立っていたタイガが答えた。タイガにとっては例えどんな事があろうと自殺を考えるなど、思いもしない事であったが、繊細なニライの心情を推し量ると、それも致し方無いのかと思えた。
「でも、地球からの迎えが来ないと分かった訳ですし、これからどうするんです?」
ハルカが皆の不安を代弁して訊いた。認めたくは無いが、この状況はどう考えても地球に見捨てられた事を示していた。
「そうだな……」
その日は皆自室に引きこもり、各々がこの先の未来に思いを巡らせた。ニライの死によって、また、地球からの迎えが来ない事によって、皆は重苦しい空気を抱え込んでいた。ミゲルは船長室でムサシの頭を撫でながらしばらく考え込んでいた。いよいよタラゴンでやっていくしか無いのか。ならばタラゴンでの生活をより幸せにするように努力すべきである。アリッサではないが、前向きな姿勢こそが活路を開くのだ。ミゲルは決心を固めると、皆を食堂に集めた。
「皆、どうやらタラゴンでやっていくしか無いようだ。俺は腹を括ったよ。この星でやっていくなら、俺にはある一つの願望がある。ニライが亡くなったばかりで不謹慎かもしれないが、それは……」
「それは?」
皆がミゲルの言葉を待った。
「ハルカ、俺と結婚してくれないか? 二人で幸せな家庭を築こう」
ミゲルはハルカの手を握り締めて告白した。
「船長……」
急な申し出にハルカは動揺する。だが、ミゲルの申し出が真摯なものである事を見てとり、
「え、ええ、良いですよ」
とすぐに答えた。
「有り難う」
皆は一瞬呆気にとられて静まり返った。次の瞬間、皆は口々に祝福の言葉を投げ掛けた。
「船長、やるなあ」
タイガが口笛を吹いて囃し立てる。
「なら、私達も船長に
アリッサがタイガに詰め寄った。
「えっ?」
「まったくもう、あんたってばそれしか無いの? 昔から私に気がある癖に」
アリッサが腰に手を遣り、顎をしゃくる。
「ホホ。そうですね、二人も幸せになったら良いですよ」
マムルが二人の手を取ると、握手させた。全く、この二人ときたら、昔から気の揉める事である。
「俺は……。いや、アリッサ、俺と結婚してくれるか?」
「当たり前よ」
アリッサは溜め息をついた。
「良いですねえ。それじゃ博士、私達も」
「私は御免よ。第一ヤナーギクに悪いわ」
サライは胸に差してあるアネモネを見つめて返した。
「冗談ですよ」
マムルが笑う。
「だが、一週間はニライの喪に服そうと思う。一週間後に式をあげよう。といっても、大した事は出来んがな」
ミゲルはシャツの襟を正した。
「ええ、そうですね。一週間、ニライの為に祈りましょう」
ハルカが悲しそうな顔をして言った。
「話はこれだけだ。解散してくれ」
皆は部屋へ引き上げた。悲しむべきニライの死と、祝福すべき結婚が一気に訪れたのだ。各々は改めてタラゴンで生きていく覚悟を決めた。
一週間後、簡素な結婚式が執り行われる事となった。マムルが司祭の代わりを務める。式は外で行われた。ムサシもちゃっかり式に参列している。
「ミゲル。貴方ははハルカさんと結婚し、妻としようとしています。あなたは、この結婚を神の導きによるものだと受け取り、その教えに従って、夫としての分を果たし、常に妻を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しき時も、死が二人を分かつ時まで、命の灯の続く限り、あなたの妻に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」
マムルが口上を述べた。外見の貫禄のある風情と相まって中々の神父っぷりである。
「誓います」
ミゲルが答えた。
「では、指輪の交換をと言いたいところですが、無いから省略して、誓いのキスを」
ミゲルは軽くハルカに口付けた。
「
一同から拍手がわき起こった。ムサシがワンワン吠える。アリッサは涙ぐんでいた。
「さて、次はタイガ、貴方達ですよ」
タイガとアリッサもミゲル達と同じように式が執り行われた。タイガがぎこちなくアリッサにキスをして、式は終わった。ウェディングドレスもタキシードも無いが、大草原を背景に、取り残されたクルーのみで執り行われた式は、中々感動的だった。
「ホホ。では皆さん、食堂に用意してある御馳走を頂きましょう。ケーキはありませんがね」
食堂にはハルカとアリッサが作ったステーキと、野菜サラダと、デザートのゼリーが並べられていた。普段の食事より少し良いだけだが、ここではこれが精一杯である。
「さあ、皆さん、頂きましょう」
ハルカがサラダを取り分けた。
「お酒は無いから、トマトジュースで乾杯よ」
アリッサが皆のグラスにトマトジュースを注ぐ。
「ドクター、お願いします」
「宜しい、それでは、船長とハルカ、タイガとアリッサの結婚を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
一同はグラスに口を付けた。
「さあ、食べてこれからの未来に備えよう」
ミゲルはステーキにナイフを入れた。ミゲルは新たな門出に胸が一杯だった。地球へは帰れないが、ここタラゴンで幸せな家庭を築けば良いだけの事である。地球に居ようがタラゴンに居ようが、人はそうやって幸せを築いていくものだ。きっとタラゴンの月も祝福してくれるに違いない。あの月こそが生命に活力を与えてくれる源なのだ。月の導きに従って、タラゴンの大地に順応して生きていけば良い。ミゲルにはそう思えて仕方が無かった。
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