第13話 ハンティング

 翌朝、ミゲルは朝食を済ませると狩りの準備を始めた。といってもレーザー銃と生体反応モニターと無線連絡機を持っただけである。

「今日は俺はムサシと狩りに行ってくる。タイガ、後を頼む」

「狩りですか?」

「うん。皆だってそろそろ本物の肉が食いたいだろ?」

「それはそうですが、タラゴンに着いたばかりで、性急すぎやしませんか?」

「うん。だが、月がな」

「月?」

「狩りに行けと誘うのさ」

「……まあ、気を付けて」

「おう、じゃあな。ムサシ、行くぞ」

ミゲルはムサシを連れてバギーに乗り込んだ。

 

 船から五キロ程走ると、生体反応が有った。何かの群れのようである。反応のある方へバギーを走らせると、野生馬の群れがいた。漆黒の身体に躍動する筋肉が盛り上がって猛々しい。

「馬か……ちょっと獲物としてはでか過ぎるかな」

ミゲルは呟くと、更にバギーを走らせた。更に三キロ進むと、また生体反応があった。ミゲルは注意深く地面を調べる。土に足跡が残っていた。

「この蹄の形と大きさは、例のインパラじゃないか?」

ミゲルは慎重に足跡を追った。

 

 しばらく進むと遠方にインパラの群れが居た。皆のんびりと草を食んでいる。ミゲルはムサシを連れてバギーを降りると、草むらに身を潜めた。

「良いかムサシ、あの群れをここまで追い込むんだ。分かったか?」

ムサシは神妙な顔で話を聞いていたが、ミゲルの言葉を理解したのか、インパラの群れに近付いていった。草むらにスッポリ身を隠したムサシだが、巻いた尻尾だけが草むらの上に飛び出て、何処にいるのか良く見えた。成る程、柴犬の尻尾が巻いているのはこの為か、とミゲルは納得する。ムサシは忍び足で群れから十メートルの位置まで近付くと、勢い良く草むらから飛び出した。

 

 驚いたインパラが警戒音を上げ、一斉に走り出す。一頭脚を痛めたインパラが居て、ムサシはそれにターゲットを絞った様だった。インパラは脚を引きずりながら懸命に逃げる。ムサシはワンワン吠え立てながらターゲットを追った。五十メートル程走って、ちょうどミゲルの潜んでいる草むらの前に差しかかった。今だ! ミゲルはインパラ目がけてレーザー銃を放った。インパラの首にレーザーが当たる。インパラはどっと横倒しに倒れた。乾いた土埃が辺りに舞い上がる。ミゲルは急いでインパラまで走ると、額に止めを刺した。ムサシがハアハア言いながら駆け寄って来る。

「やったぞ、ムサシ。お手柄だな!」

ミゲルはムサシを撫でさすった。ムサシはどうだい! と言わんばかりの得意そうな顔をミゲルに向ける。仕留めたインパラをバギーに乗せると、ムサシもバギーに飛び乗った。ミゲルは改めてインパラを確認する。オレンジ色の艶やかな毛皮。脇腹に黒い帯状の筋が入っていた。頭には捻れた角が二本生えている。

「見事だな。よし、帰るか」

ミゲルは満足してバギーを走らせた。

 

 船に着くと、皆ミゲル達を心待ちにしていた。バギーに積んだインパラを見て、サライが叫ぶ。

「インパラじゃないの! やっぱりこの星は地球にそっくりね!」

「今時本物のインパラなんて、地球でも中々お目にかかれませんよ」

ニライが感心した声を上げた。

「解体しなけりゃな。誰かやり方分かるか?」

「そんなの分かる訳がありませんよ。サバイバルのマニュアルデータのチップで調べるんですね」

タイガがインパラを下ろすのを手伝う。インパラを下ろすと、ミゲルは船長室へ向かった。

 

 ミゲルはサバイバルのデータが入った記憶チップをコンピューターに差した。ハンティングの項目をチェックし、獲物の解体方法を調べる。一通り目を通すと、ナイフを持って倉庫へ向かった。ホースを探し出し、貯水タンクの蛇口に取り付ける。ホースを格納庫まで伸ばすと、今度はロープとバケツを三つ探し出した。

「準備オーケイだな」

「船長、私見ていても良いですか?」

アリッサがやって来た。

「うん、そうだな。いずれアリッサにもやってもらうかも知れんしな。見て覚えてくれ」

「はい」

 

 ミゲルはインパラを作業台の上に乗せると、頸動脈にナイフを入れ、バケツに血を出した。十分血抜きしたところでインパラを台に仰向けに置き、腹側を水で良く洗った。喉元にナイフを入れ、内蔵を傷つけないように注意しながら肛門付近まで切れ目を入れる。肋骨と胸骨の間の軟骨にナイフを入れて肋骨を外すと、胸を開いた。恥骨にナイフを突き立て、グッと押して骨盤を開く。喉で気道と食道を頭から切り取ると、手で掴んでそのまま肛門まで内蔵を引きずり出した。腸と一緒に肛門を切り取ると、もう一つのバケツに投げ入れる。内蔵の抜かれた体の中を水で洗い流すと、ロープを掴んだ。

「アリッサ、倉庫から脚立を持って来てくれるか」

「分かりました」

アリッサが運んで来た脚立を開くと、ロープを持って登り、梁にロープを渡す。片方のロープの端にインパラの首を縛り、余った片方のロープを思い切り引っ張った。インパラが吊るされたところで余ったロープをインパラの首に縛り付ける。吊るされたインパラの首回りにナイフでグルリと切れ目を入れた。手首と足首の周りにも切れ目を入れる。手首から先ほど内蔵を出すときに切った首もとへ切れ目を入れ、足首からも同じ様に股に向かって切れ目を入れた。首の皮を手で掴み、下まで一気に毛皮を剥いてゆく。まるでコートを脱がせるように毛皮は綺麗に剥けた。

「生々しいですね」

アリッサが思わずうめいた。

「生きるっていうのはこういうことさ。どんなにテクノロジーが発達しても、基本は変わらんよ」

ミゲルは笑った。


 次は精肉である。ミゲルはインパラをロープから外して下ろすと、手足を肘、膝の軟骨で切って外した。延髄あたりの背骨の接合部に刃を入れ、頭を外す。背骨上に、肩の辺りから臀部まで、まっすぐ切れ目を入れた。今入れた背骨の切れ目から、肋骨沿いを削いでいく。背ロースである。削いだ肉をバケツに入れた。肩甲骨と、肋骨のすき間に刃を入れ、前脚を外す。インパラを仰向けにして、骨盤に沿って大転子を外した。後脚が外れた。肋骨内の背骨に付いている内ロースを外す。スジを取り、モモ肉を切り取って手足の骨を抜いた。バケツから内蔵を取り出し、レバーを切り取って血抜きする。


 小腸を取り外して端を紐で縛り、腸の内容物を押しやってから、内容物が戻らないように紐で縛って切り取った。小腸を水で良く洗う。小腸の何層にも重なっている膜をナイフで分離して、薄い膜だけを取り外していった。

「それ、どうするんですか?」

「これに挽き肉を詰めて、ソーセージを作るんだ」

 

 大方肉を切り取り終わると、ミゲルは肉を入れたバケツを持って冷蔵庫へ向かった。調理室にはハルカが居た。

「精肉し終わったよ。冷凍庫へしまっておいてくれ」

「これで本物の肉が食べられますね」

「うん。調理の方は頼むよ」

「分かりました」

ハルカは肉を部位別に仕分けると、冷蔵庫へしまった。まさか宇宙探査の先で本物の肉が食べられる事になるとは思っていなかった。今日は腕によりをかけて、美味しい夕食を皆に振る舞おう。ハルカは張り切って調理に取りかかった。

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