第14話 心配

 その日の夕食はインパラのフィレ肉のステーキだった。焼き立てのインパラ肉が湯気を立てて皿の上に鎮座している。本物のステーキなど、何ヵ月振りであろうか? 皆はワクワクしながらステーキにナイフを入れた。

「これは旨い。流石に本物の肉は違いますな」

ステーキを頬張ったマムルが嬉しそうに言う。

「じゃあ、畑も作って作物を植えれば、自給自足出来ますね」

ハルカが安堵したように言った。

「その前に水の確保よ。井戸を掘る必要があるわ。明日周辺の地下水脈を調査してみるわ」

サライが提案した。畑で野菜を栽培するにしろ、生活用水にしろ、ポラリス号の積んできた水には限りがあるのだ。水源の確保こそ急務である。

「どうなることかと思いましたが、畑で野菜を作って、肉は狩りで手に入れる。これで二年半やっていけそうですね」

ニライがホッと胸を撫で下ろす。

「井戸堀りにはスコップが必要ですね。そんなの、ありましたっけ?」

「土壌調査用に積んできたのがあるわ。まさかこんな事に役に立つとはね」

サライが得意気に答えた。全く、何時どこで、何が役に立つのか分からないものね。研究調査用の備品がサバイバルに役立つ事になるとはね……いずれにせよ、良かったわ。サライは満足してステーキを平らげた。

 

 アリッサはシャワーを浴びた後、外に出てみた。昼間の暑さから一変して、夜のサバンナは涼しかった。遠くから獣達の声が聞こえてくる。空を見上げると満月を過ぎた月が明るく冴え渡っていた。ロマンチックだわ、とアリッサは思った。だがそのロマンを分かち合うべき男性が側に居ない。タイガの馬鹿はロマンなど意に介さない動物男だし、船長にはハルカが居るし。ニライは……好みのタイプじゃないし、ドクターは年上すぎるかしら。

 

 タラゴンの月は力強く語りかけてくるようだった。生き抜いて子を成し、繁栄しろ、と。タラゴンの月を見ていると、地球へ帰りたいという思いが薄れてくる。地球の月だってロマンチックだが、ここタラゴンの月は遥かに強力だ。宇宙時代に突入しても、女は女なのだ、と思い知らされる。地球に居た頃はとにかく通信士になって、広い宇宙をどこまでも旅してみたいと思っていた。結婚して子供を育てるなどという事は考えた事も無かったのに。大体、今時地球で家庭を持つというのは中々大変な事なのである。先ずそれなりの経済的安定が必要だし、子供だって発達した文明社会に適応していくための高度な教育が重要になってくる。落ちこぼれは生きる事すら困難になるのだ。それと比較して、この大平原の中、二つの月を背後に育った子供はどんな人間になるだろう? きっと逞しくこの地で生きていくだろう。アリッサは未来の子供に思いを馳せた。狩りをし、農作物を育てて生きていく。太古の昔から人類がやってきた営みだ。地球やスペースコロニーの様な便利さは無いが、生命の本質を生きる事が出来るに違いない。それはやはり幸せな事の様にアリッサには思えるのだった。きっとミゲルはそれを良く分かっている。本能に則して純粋に生きていく事の重要さを……。

 

「まだ寝てないのか?」

タイガがやって来て声をかけた。

「ええ、ちょっとね」

「ちょっと……? 何だ?」

「月を見ていたわ」

「月? 何だって月なんか? ムサシみたいに遠吠えでもしてみるか?」

タイガはからかうように言った。

「あのねえ……この月を見て、何か感じない?」

アリッサはイライラして聞いた。タイガは月を見上げると

「別に……ただ、デカイ月だよな」

とだけ言った。感じるも何も、月は月だからだ。

「それだけ?」

「他に何かあるのか?」

アリッサはフーッと溜め息をつくと、

「もう良いわ、あんたに話したのが間違いだったわ」

と吐き捨てた。

「何だよ、それは。デカイ月だからデカイ月だって言っただけだろう? 何でそんなに怒るんだよ?」

「あんたは船長を見習った方が良いわよ」

「何だよ、あんなオジンが好みか?」

「失礼な事言うんじゃ無いわよ!」

「事実を言っただけだろうが! それにな、この辺りは野性動物の宝庫なんだ。余り長く夜外に居ると危険だぞ」

「そう。じゃあもう寝るわ!」

「そうしろ」


 アリッサは足音も荒々しくタラップを登って行った。

「何なんだよ……」

タイガは月を見上げた。確かに大きくて異様な月だが、それだけだ。何故あの月が船長やアリッサを捕らえて魅了するのか、タイガには分からなかった。そんな事より、地球の皆にこの惑星の事を知らせる方が重要だ。地球の人口問題も解決するだろう。

 

 自室に戻ったタイガは寝ようとしたが眠れなかった。船長とアリッサを捕らえた月の事が気になった。二人とも、惑星の事を地球に知らせるという使命を早々と忘れすぎじゃないか? そもそも俺達はその為に遥々タラゴンまでやって来たのだ。二年半サバイバルしなくちゃならないのもその為だ。この惑星に永住する為じゃない……月か。あの月が誘うんだろうか? ここに留まれ、と……。あんな物に捕らわれるなど、余り良い事とは思えない。博士なら何と言うだろうか? 明日聞いてみようか? 

 

 タイガは悶々と思いを巡らせながら、やがて眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る