第24話 抑止力

「最後に、強めの火球で攻撃された件だけど……」


そう、これが一番の問題だ。


「攻撃は試験最終日である昨日、夕方6時前後に行われた。場所は市街地のど真ん中。墜落していたら大惨事になっていたところだ」

「幸い、怪我人は出なかったと聞いているけれど?」

「ああ、警備局・消防局の両方からそう報告を受けている。やっぱり、墜落せずに戻って来られたのが大きかったな」


特にアニエスは、第2回の惨事をひどく気にしている。

まずはその確認ができたというだけでも、一安心という様子だった。


「犯人は捕まっていないんですか?」


シャイルが当然の疑問を口にするが、俺は首を横に振る。

派手な攻撃であったにもかかわらず、犯人の足取りは掴めていないらしい。


「おそらく、攻撃した本人の他に、逃走を手伝った協力者がいる。攻撃は魔術師の中級から上級魔法、逃走は自然祭司ドルイドの“隠蔽クローク”あたりだろう」

「魔術師とドルイド?そういえばここにもそんなちびっ子 二人コンビが」

「いやいやいや、セナ達じゃないでシカ!“隠蔽”なんて難しい魔法、セナはまだ使えないでシカ!」

「あたしだってまだ初級魔導書を履修しきってないもん!ていうか誰がちびっ子よ!」


もちろん、この二人であるわけがない。

だが一方で、それだけ上級の術者となると、それなりに数は絞られるはずだ。少なくとも、この街の冒険者ならば警備局が捕捉できていてもおかしくない。


「他の街で雇われた冒険者とか?」


俺と同じ考えに至ったのだろう。アニエスが眉を寄せる。


「例えば、王都とか」


ブレンに対する嫌がらせの可能性だな。

いかにもありそうな話である。しかし。


「まあ、犯人については警備局に任せよう。何なら、ブレンから冒険者ギルドに犯人逮捕や情報提供の依頼を出してもいい」


そう。こちら側に権力者=お金持ちがいる以上、この手の話は彼らに任せてしまうこともできる。俺たちは俺たちにしかできないことをやりたい。


「そうね。これを受けて、わたしたちがどうするかを話しましょう」

「ん-。でも師匠、とりあえず、犯人の攻撃は効かなかったのよね。警備局に追われる危険を負ってまで、またやるかな?」


マリーはやや楽観的だ。自らの施した防御機構がしっかりと機能したことに、手応えを感じているようだ。それはそれで褒められるべきなのだが。


「いや、マリー。あの手の連中は、自分が反撃されないうちは何度でもやってくるわよ。警備に捕まらない自信もあるんだと思う」

「そういうものなの?」

「ええ。必ずまたやるわ」


シャイルは過去の経験から、自己防衛が必要であると確信した口調だ。


「俺も賛成だ。今後のためにも、何らかの反撃はしたい。直接捕まえられなくても良いんだ。犯人に『ガーゴイルに攻撃するとヤバい』と思わせるだけの何かが欲しい」

「抑止力ってやつね」

「じゃあ師匠、ガーゴイルに戦闘能力でも追加するんです?」


抑止力とは、単に力が強いといった個別の能力だけを指す言葉ではない。

攻撃に対して反撃する武力、貿易的報復に出られるだけの経済力、地域や国際社会で攻撃者を孤立させられるような政治力、そういった様々な要素を組み合わせ「あいつに攻撃するのは割に合わない」と思わせる総合的な力から成り立つ。


そんなことをマリーに説明していると、セナが何か思いついたようだ。


「姐さん、ガーゴイルにカメラつけて、飛行中の景色を録画させたらどうでシカ?」

「それも考えたわ。でも死角から攻撃されたり、今回みたいに姿を消されたりするかもしれない」

「加えて、市民の生活風景を撮影して回るとなると、警備局の許可が下りないんだよ」


盗撮になってしまうからな。


「だから、組み合わせでシカ」

「あー、なるほどね。セナ冴えてる」


シャイルは理解できたようだが、俺はまだピンと来ない。


「もう少し詳しく説明してくれ」

「ええと、本格的に運用が始まったら、ガーゴイルって同時にたくさん空を飛ぶことになるんでシカよね?」

「ああ。量産型は初回調達だけでも100機以上用意したいな」

「その全ての目が生きているとなれば、犯人はかなり攻撃しにくくなると思うでシカ」


なるほど。実際に犯人の姿を捉えていなくても、その危険性を意識させるだけで一定の効果は見込めるか。


「悪くはないが、それだけだと弱くないか?」

「せっかく沢山飛んでいるんだもの。1機が攻撃されたら、他の機体が援軍に来たらいいじゃない」


シャイルが言葉を継ぐと、セナもうんうんと頷く。


「ガーゴイルには、『お前を見ているぞ』と伝わるような何かを仕込んでおけば、結構効くと思うでシカ。目が光るとかでシカね」

「しかも、犯人を四方八方から取り囲む感じでね」


な、なるほど。

攻撃した瞬間にガーゴイルがこちらを凝視し、しかも続々と集まってきて取り囲む。

犯人は当分の間トラウマに悩まされることだろう。


「防犯対策としては効きそうだが、警備局にはどう言い訳する?」

「この仕組み自体を警備局と共同運用すればいいじゃない」

「街の抑止力は、警備局が基本になるでシカ。手を組まない方が難しくないでシカ?」


むむむ。見えてきたぞ。

例えば、録画データは全て警備局のサーバー的な何かに転送させて、事件が発生したらそっちに対処させるのか。ガーゴイルの能力はあくまでも犯人を見つめ続けるだけに止めておき、逮捕などの実力行使は警備局が担当する。

サリオン通販としてはあくまでも「街の治安維持に協力している。そのための機能を提供している」という立場をとれば、盗撮だ何だという問題からは距離を置ける。

録画データは基本的に24時間とか72時間とかで時限消去させ、大事件に限って特別な手続きの元長期保存できる……みたいな法律ルールを作らせれば、政治的にも何とかなる気がするな。


「うん、良い案だな。政治的にクリアできるかどうか、ブレンに相談してみよう」


機能的な問題はどうだろうか。

ちらりをアニエスを見ると、意図を察してくれたようだ。


「ガーゴイルに追加すべき機能は、主に録画・データ転送・個体間データ連携といったところね。位置情報は既に組み込んでいるし、離合集散は行動ロジックの書き換えだけで済むと思うわ」

「つまり?」

「できる。ことはできるんだけど、ますます燃費が悪くなるわね」


やっぱり燃費の問題に戻ってくるのか。


「燃費をどれだけ改善させられるかがわからないと、実装できる機能の幅も見えてこないな」


俺はアニエスに、例の意匠職人デザイナーにできるだけ早く会えないか尋ねた。すると「あたしから連絡するわ」とマリーが引き取ってくれる。

それを聞いて、俺もブレンにこの手の専門家に心当たりがないかメールを打ち始めた。

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