第23話 三度目の……

アニエスの研究所はスチールフロント山の8合目あたりに建っているが、サリオン通販の出荷倉庫は物流の都合上、麓の市街区にある。

急ぐときはアニエスが転移門ゲートを開くこともあるが、基本的には徒歩で移動することが多い。最近は特に慌ただしい日々が続いているから、移動の合間でする雑談も貴重な時間だったりする。

例えば、マリーは結局アニエスの家に住むことになったそうだ。一人暮らしを試みたものの、やはり寂しくなったらしい。また家事が絶望的にできなく、毎日セナに小言を言われているとか。

そんな話をしながら、俺たちは出荷倉庫にやってきた。



倉庫内のオフィスに到着すると、先に入っていたブレンが年配のドワーフ二人と談笑していた。


「おお、来たかリュートよ。こちらはスチームフロントの警備局長と消防局副長じゃ」

「!」


前回警備局でこってり絞られた経験から、警備局長と言われると若干腰が引ける気持ちになる。

ただまあ、そんなことも言っていられないな。

なるべく平静を装って挨拶をすると、相手は意外にも笑顔で話しかけてくれた。


「おう、先日はうちの若い者に絞られたらしいな。調子はどうだい」

「はは…その節はお世話になりました」

「あまり懲りずにどんどん攻めてくれ。ワシらも給料分の仕事はせにゃならんがな、お主らの取り組みには期待しておるんじゃ」


え?そうなの?

てっきり敵対視されているのかと思い込んでたのが顔に出ていたのだろう。ブレンがニヤリと笑って補足してくれる。


「ドワーフという生き物はな。空飛ぶ輸送手段なんて発明、想像するだけでもワクワクしてしまう種族なんじゃよ」

「まして、自分たちの街がその最前線にあるとなってはな。警備局としても誇らしくなるわい」

「消防局だって応援しているんですよ。むしろ積極的に連携を取らせてもらいたい」


もう一人の老ドワーフも同意してくれた。そういうものだったのか。


「将来的には、警備用や消防用のガーゴイルなんてものも準備できると面白いの」

「いいですねそれ。輸送用の運用実績ができたら、ぜひ相談させてくださいよ」

「待て待て、警備局の方が先じゃぞ。人手不足が深刻なんじゃ」

「それを言うなら消防局だって人手が足りてませんよ」


女三人集まればとは言ったが、おっさんも三人集まると十分騒がしい。

とはいえ、こういう姿勢で見てくれていたのなら、ありがたい限りだ。ブレンの人脈には感謝しかないな。


俺はアニエスとマリーにコルマス君を紹介させ、実際に倉庫フロアに移動して出荷準備を始めた。

12時になると、予定されていた職員からの注文が入り、所定の手順に従って倉庫内で商品の棚出ピック梱包パックが行われる。

木箱に詰められた商品は宛先のラベルシールを貼られ、出発準備の整ったコルマス君に手渡された。


「それじゃあ、行くわね!」


マリーの元気な掛け声に一同が無言となり、その時を待つ。


「3、2、1、発進!」


そして、ピンクの豚はスチールフロントの空高くに舞い上がって行った。


◇◇◇


結果から言うと、初回の配送は大成功だった。

コルマス君の目的地は予め警備局・消防局にも伝えられていたため、道中の各所にそれぞれの職員が配置されていたそうだ。

その誰からも好意的な報告が上がり、それを読み上げた警備局長・消防副局長もご満悦だった。


俺もブレン、アニエスと握手を交わし、マリーの頭を撫でてやった。

これで、実現に向けてまた大きな一歩を踏み出すことができたと言える。


第2回配送試験は大成功と言えるだろう。

誰もがそう期待していた。



だが、現実は甘くない。

3日間の試験が終わった翌日。俺たちは研究所で事後検討デブリーフィングを行っていた。

その中で、無視できない報告が何件か見つかったのだ。


・ガーゴイルを追いかけていた子供が道路に飛び出すという報告が3件挙がっています(警備局)

・荷物を受け取るまでは順調でしたが、ガーゴイルが帰還する際にうちの子供が後を追いかけ、ベランダから落ちそうになりました(研究所員)

・最遠方への配送では、帰還した際の残り魔力が10%を切っていました(倉庫内担当者)

・かなり強めの火球でガーゴイルを撃ち落そうとした案件がありました。消防隊が緊急出動し、周辺の建物に被害がなかったことは確認しています。犯人は警備局が追っています(消防局)



「先の2件はアレだな。コルマス君を愛らしく作りすぎたな」

「えー、コルマス君が悪いのー?市民側が慣れてきたら大丈夫じゃない?」

「スチールフロントには新しく住み始める人もいれば、生まれ育つ子供もいる。大多数は問題なくても、例外的な少数の安全が脅かされるならば、再考は必要だ」


マリーは納得いかない様子で、まだぶーぶー言っている。隣にいるアニエスから「やはり厳つい顔の方が良いのでは?」とかいう呟きも聞こえるが、これは完全無視だ。


「燃費については、アニエスの方で何か良いアイデアは出そう?」

「正直、厳しいわね。蓄魔石を予め内蔵させるくらいしか思いつかないわ」

「その場合、稼働率が下がるんだよなあ。1回の魔力充填にかかる時間が長くなる」

「そうね。それに、ガーゴイル1体の価格も大幅上昇してしまうわ」


何とか運用できないこともないが、やはり燃費そのものを下げないと厳しいな。


「実は、俺も一つ解決策を考えているんだ。二人の意には沿わないかもしれないが……」


言いながら、俺はプリントアウトの束を二人に渡した。

これは俺が一度地球に戻って印刷してきた資料だ。異世界側も19世紀末くらいの技術レベルには達しているため、あまり現代技術チートを使う機会というものはないのだが(そもそもネット通販のノウハウがチートという話はさておき)、今回ばかりはフル活用できそうだ。


「へぇ~、プロデューサーの世界の紙ってつるっつる~」


プリントアウトの束を配ったところ、マリーは妙なところに感心している。が、読んでほしいのはその中身だ


「何これ?おにぎり?」


アニエスはぱらぱらと中身をめくっている。しかし、ピンとはきていないようだ。

地球に滞在していた1か月の間も、この手の知識には触れなかったか。


「詳しくは専門の技術者のいるところで説明した方が良いかな。後で、例の意匠職人デザイナーに会わせてくれ」


ぱっとわからないならば、この話は専門家を交えた方が良い。なにせ俺自身も門外漢なのだ。効果があることは分かっているが、どの程度効くかはプロの意見を聞きたい。


俺は敢えて軽く流し、最後の問題に話題を変えた。

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