第22話 反省と教訓

「……というのが今回の顛末じゃ。全ての責任は儂にある。すまなかった」


その日の夜、サリオン通販社長による謝罪配信が行われた。

トイネン君が警備隊に撃墜された後、俺は数名を連れて現場に出頭した。墜落した場所が少し開けた公園だったのは幸運以外の何物でもない。警備隊だけでなく消防隊も駆けつける騒ぎになっており、多数の野次馬に囲まれていた。こういった状況も見せておこうと連れてきたスタッフには、予想以上に厳しい経験をさせてしまったかもしれない。


俺はそのまま警備隊の事務所に連行され、聞き取りや調書作成で4時間ほど経過した後、ブレンが迎えに来てようやく解放された。いや、これだけの事件を起こした当事者として半日も経たずに解放されるというのは、早すぎるくらいか。まだまだ為政者の権力が強い時代だな。

その後、野次馬の口からあらぬ噂が広がってはまずいということで、緊急謝罪配信に至ったというわけだ。


「今後の試験に当たっては、警備局、消防局の了解を得た上で進めていく。スチールフロントの住民各位は、時折見慣れぬ物が空を飛んでいても慌てず見守ってほしい。儂らも適宜情報公開に努める」


今更だが、サリオン通販がドローンを使った配送を計画していることも知れ渡ってしまった。もっと華々しいお披露目会をやりたかったが、これはもう諦めるしかない。


「尚、言うまでもなく街中での攻撃魔法使用は犯罪行為じゃ。警備隊など一部の者にしか許可されておらぬ故、この点も含めて落ち着いた対処を願いたい」


最後にもう一度深々と頭を下げて、ブレンの配信は終わった。

俺の隣では、ことの重大さを理解したアニエスがガチ凹みした様子で俯いている。


「結果として人的被害ゼロ、物的損害もトイネン君とその荷物くらいだったんだ。次に活かせばいい」

「……そうね。そう考えた方が前向きなのはわかってるんだけど、今回は自分の迂闊さに絶望したわ」

「確かに、今日は歴史が変わる日になったなあ」


敢えて茶化すように言うと、アニエスは俺の脇腹を弱々しくつねった。

俺は再びぽんぽんとアニエスの頭を叩き、演説を終えて席を立つブレンに歩み寄る。


「結局、こういう時はブレンに泥を被せてしまうな。重ね重ね、すまなかった」

「なに、元々は儂の発言が招いたことじゃ。たまには責任者としての仕事くらいしてもバチは当たらんよ」


ブレンは昔から、逆境にこそ強いメンタルを発揮する。

こういった事態になると、彼が後ろで構えてくれているのは心強い限りだ。


「アニエスも、気に病むのは今日までにしておけ。まだまだ、立ち止まるには早いはずじゃ」

「ありがとう、ブレン。そうする」


こうして、反省と教訓を得ながらもプロジェクトは前に進んでいった。


◇◇◇


「試作3号機、コルマス君ができたわ」


あれから5日後の朝。やや疲れた様子のアニエスと、前回以上にテンションの高いマリーが空飛ぶ豚を伴って現れた。

そう、豚である。やや薄い桃色に着色され、背中には申し訳程度の羽が生えている。


「あたしわかったの!前回の問題は、市民に恐れられる外見にあったんだって!」


む。それも一理ないこともない……のか?

責任者としては見通しの甘さや手続きのまずさを反省しているが、言われてみれば、わざわざガーゴイルの見た目をしていなければ街中で即座に撃墜という判断はなかったかもしれない。


「そんで、意匠職人デザイナーさんに相談して、とびきり可愛い体を用意してもらったわ!」


なるほど。コルマス君はファンシーな外見と色合い、それにとぼけた表情も含めて子供受けしそうだ。「子供受けする」というのは、ビジネスの観点からすると非常に価値が高い。

極端な例を挙げると、日本においては某あんぱんを模したキャラクターが大多数と言えるくらいの幼稚園・保育園で愛されており、絵本やおもちゃ業界を中心として計り知れない経済効果を生んでいる。原作が生み出されてから50年、アニメが放送されてから30年以上経っている現在でさえ、経済を回し続けているのだ。


「うん、悪くないな。人々に愛されそうだ」

「でしょでしょ?これなら絶対行けるわ!」


自信満々に胸を張るマリーの後ろでは、アニエスが「トイネン君の方が格好良かったのに」などと呟いている。音楽性嗜好が違い過ぎて、この師弟が解散しないか心配になる。


「機能的には、何か変更はあったのか?」

「わりとがっつり更新したわ。師匠、相当気合入れましたよね」

「運用に関する機能はそうでもないわ。あの後話し合われた改訂版運用案に合わせて、細かい修正を入れたくらい」


マリーの言葉を引き取り、アニエスが説明する。


「でも、防御魔法はエグかったじゃないですかー」

「万が一にも墜落して市民を怪我させないよう、移動中は対魔術・対衝撃の防御魔法を常時発動するようにしたわね」

「師匠はしれっと言ってるけど、この街でこれに匹敵する魔法を使える人って、10人もいないから。術式めちゃくちゃ複雑だったから」

「それから飛行系も、正副の2系統を文字通り頭とお尻に組み込むようにしたわ。片方が機能喪失した時に、もう片方だけで帰ってこれる設計よ」


おおお、一気にSF味が出てきた。確かにアニエスの本気を感じる。

話を聞いていた他のスタッフからも感嘆の声が上がっていた。


「凄いじゃないか。でもそれだけ魔法を発動して、燃費って大丈夫なのか?」

「正直、そこが一番の課題ね。コルマス君は魔力を最大充填した状態から10分程度しか飛べないわ。外付けで蓄魔石を取り付けて20分ってところ」

「テスト中は蓄魔石付きでもいいけれど、それでも20分だと、市内の配達ならギリギリ足りるくらいか」

「本運用までには、何とか単体で30分飛べるようにしたいわね。常に最短経路で飛べるとは限らないもの」


これについては、俺も付与魔術師エンチャンターとして何かできることがあるかもしれない。時間を見つけて考えておこう。


「よし。ともあれ、試験飛行をしてみようか。警備局と消防局には、今日から3日間テストを行うということで承諾を得ている。安心して飛ばせるはずだ」

「今回は、実際にスタッフの家に届けるのよね?」

「ああ、事前に希望者を募って、目的地用魔法陣を配っている。今日は12時、14時、16時にそれぞれ注文を入れてもらう予定だ」


期待と不安を胸に、俺たちは再び出荷倉庫へと歩き出した。

ノリで始めてしまった前回の試験に比べて、今回は考えられる範囲で関係者への連絡・周知を行ってきた。無事に1回目の配達が完了してくれれば良いのだが。

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