第21話 試作2号機、発進

前回の冒険から1週間。ガーゴイル開発は最初の壁に直面していた。


ナジェナでは城館に入れたところで一区切りとし、一旦街に帰還した。取れ高としてはギリギリだったが、思ったよりも苦戦していたこととマリーの加入により予定変更が必要になったことを受けて、仕切り直した方が良いだろうと判断したのだ。


そして帰還した翌々日、ガーゴイルの試作2号機が完成した。

ドワーフの木工職人が製作したガーゴイルは、頭と四肢に銅の針金が通されている。胴体内部は空洞になっていて、そこにアニエスが設計し、セナが実装した魔法陣球が格納された。


「これが試作2号機、トイネン君よ」


プロジェクトルームには、ほぼ全スタッフが集まっている。この手の新作が大好きな連中が集まっているのだ。みんな興味津々である。

その中心で、珍しく興奮を隠せない様子のアニエスと喜色満面ドヤ顔のマリーに紹介され、一体のガーゴイルが入室してきた。どこか堂々とした雰囲気さえ感じる佇まいである。


「木製にしては迫力あるな」

「そうなのよ!腕の良い意匠職人デザイナーさんと出会えてね。ガーゴイルらしく、いかつい見た目にしてもらったわ!」


アニエスは時折謎のこだわりを発揮する。


「機能的には、どこまで実装できてるんだ?」

「今考えられる必要な機能は、たぶん一通り実現できていると思う。実際に動かしながら、順に説明していくわね」


その言葉を受けて、マリーが魔法陣の描かれた布をテーブルの上に置いた。縦横120センチくらいはあるだろうか。


「まず、このガーゴイル――仮にトイネン型とするわね。トイネン型は基本的に倉庫内のホームで座って命令を待っています。巣にはIDが振ってあって、各個体のIDと紐づいているから、複数体で運用しても倉庫内で迷子になることはないはずよ」


要するに自分の家を覚えているということだな。

アニエスが魔力で指示すると、トイネン君は布の上にちょこんと行儀よくお座りをした。


「次に、起動のコマンドワードが告げられると、待機スタンバイモードに移行するわ。この状態になってから、倉庫の係員はトイネン君に荷物を持たせることができます」


マリーが短い呪文を唱えると、トイネン君は両手を差し出した。そこに木箱を乗せると、腕から魔力が放出され、荷物をがっちりホールドする。


「木箱を持ったら、トイネン君は上部に貼られたラベルを読むわ。ここに書かれているお客様注文番号を読み取ると、目的地に向けての出発準備が整います」


トイネン君の目が赤く光り、木箱の上部に貼られたシールをスキャンした。

別に赤く光らせる必要はないのだが、この辺りは職人のこだわりだろう。


「次にみんな、こっちを見てほしいでシカ!」


いつの間にかプロジェクトルームの反対側に移動していたセナが声を上げた。

手にはトイネン君の巣に似た魔法陣が描かれた布を持っている。


「お客様は、商品を届けてほしい時間になったらこの魔法陣を敷いて、コマンドワードで起動するでシカ!」


セナもマリーと同様コマンドワードを唱え、魔法陣を活性化アクティベートした。

魔法陣が紫に発光し、起動状態にあることを示している。


「あの魔法陣は、一つ一つがお客様IDと紐づけられているわ。トイネン君はお客様の注文番号からお客様IDを検索して、更に目的地となる魔法陣を見つけていく仕組みね」

「ということは、一人のお客様が一つしか魔法陣を持てないということか」

「いえ、魔導技術システム的には一人が複数の魔法陣を持って、どれに運ばせるかを選ぶようにも作れるわよ」

「ふむ。その場合、運用の方をもっと練り込む必要があるか」

「私たちだけじゃなくて、お客様にとっても新しい仕組みだからね。初めから難しいものを使わせるのは良くないと考えたの」


一人のお客様が複数の魔法陣を持った場合、例えば本人の意図しない魔法陣が誤って選択されてしまい、いつまで経っても届かないとか、届いたまま放置されて盗まれたとかいったトラブルが懸念される。

これに対しては、誤選択を防ぐインターフェースとか、ガーゴイルが出発した後に目的地変更できる仕組みとか、考えるべきことが多そうだ。現段階では、時期尚早だな。


「うん、今の仕様がいいね。話を遮ってすまん。続けて」

「了解。準備ができたら倉庫側でトイネン君を発進させます。マリー、お願い」

「はい師匠!トイネン君、発進!」


マリーの呪文に応え、荷物を抱えたトイネン君が垂直離陸した。30センチほど浮き上がると滑るように空中を移動し、セナの魔法陣へ到達する。


「お届け先でガーゴイルが誘拐されないよう、こっちの魔法陣は着荷直前に結界を張る仕様でシカ」


セナの説明通り、目的地用の魔法陣は円筒状の光を放ち、いかにも「立ち入り禁止ですよ」といった感じになっている。トイネン君はその光の中に侵入し、スムーズに着地。抱えていた荷物をそっと置くと、再び離陸して元の巣に戻っていった。


「こんな風に、ガーゴイルが荷物を置いて離陸した後、結界は消えるでシカ。お客様には荷物を受け取った後、魔法陣を片付けてもらうでシカ」

「トイネン君は巣に戻ったら、再び待機状態に戻って魔力を充填するわ。だいたい15分待機で30分は飛べるくらいの燃費ね」


なるほど、試作2号機とは思えないくらい完成度が高い。

「質問のある人?」と自信満々に見回すアニエスの気持ちも分かるというものだ。

何人かの質疑応答の後、アニエスは高らかに宣言した。


「さあ、実際にトイネン君を使った配達実験をしましょう。今日は歴史的な日になるわ!」


◇◇◇


「いやぁああああああ!トイネンくーーーーん!!!?」


あの後、主要スタッフはサリオン通販の出荷倉庫に移動した。

研究所に残ったシャイルとマリーには適当に買い物してもらい、屋上で魔法陣を広げて待機させている。

そこに向けて、トイネン君が出発したのだが。


「あー、あれは警備隊でシカね……」

「ガーゴイルが街中に現れたら、そりゃ撃ち落されるか」

「何冷静に分析してるの!?トイネン君が!トイネン君が燃えてるのよ!?」


これは、事前に関係各所へ話を通しておかなかった俺のミスだ。

アニエスは半狂乱となっているが、責任者が出頭して謝罪しなければならない案件である。


「俺、ちょっと行ってくるわ」

「この調子だと、マリーもショックを受けているかもしれないでシカね」

「ああ、アニエスと一緒に戻っていてくれ。俺はたぶん滅茶苦茶怒られるから、帰りは遅くなると思う」


うーん、今回はしっかり謝るとして、次回以降のテストには市民も含めた広範な理解が必要になるな。謝罪配信とかも考えねばなるまい。その際は俺が顔を出すか、ブレンに頼むかも悩みどころだ。


「うう……トイネン君……享年0歳2日……」


アニエスの頭をぽんぽんと叩いた後、俺は数名のスタッフを連れて墜落現場に向かった。

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