第25話 ドローン輸送(1)

「サリオン通販代表として、今日この発表ができることを誇りに思う」


王族でも領主でもなく、社長として正装したブレンがカメラの前で演説を始めた。

ガーゴイルを使った配送試験が始まってから3か月。プレスリリースできるだけの準備が整ったのだ。


「前回、儂らの事業がこのスチールフロントの交通に悪影響を与えていることが指摘された。また、郵便ギルドの負担増加も見えており、早期の改善が必要であることは明らかじゃった」


演説は、サリオン通販社内のスタジオで行われている。と言っても、アニエスの研究所の一室を改造したものだ。もうあの建物が事実上の本社になっている。


「これに対して、儂らはあらゆる角度から検討を行い、いくつかの改善案に着手した。それらは各々効果を上げているものの、今回発表させてもらう施策は、既存の発想とは一線を画するものじゃ。物流改革とも呼べる、文字通り世界を変える発明になるじゃろう」


ブレンの演説内容は、本人の希望もあって原稿の段階で盛りに盛った表現をしている。

責任者の立場にありながらあそこまで強く期待ハードルを上げられるメンタルは、俺にはない。これも天性の資質なのだろう。


「さて、前置きはここまでじゃ。少し長くなるが、最後まで聞いてほしい。これから説明するのは、我がサリオン通販の運用する次世代配送 機構システム、『プロジェクト ブラボー』じゃ」


ブレンの合図で、背後の幕が引き上げられた。

100インチ型の巨大スクリーンに、プレゼン資料が表示されている。黄色と黒を基調とした色使いと、画面の隅にいるミツバチを模したキャラクター配置。この計画が養蜂から着想を得たものであることを、言外に視聴者へ伝える狙いだ。


「まずは大枠の概念図を見てほしい。これは、スチールフロントを西から見た図じゃ。向かって左が北、右が南になっておる」


一枚目は、中央に山が描かれた街の断面図だ。

スチールフロントは元々が北からの侵攻に備えるための要塞だ。そのため、城壁などの防御施設は全て北に向かって作られており、市街地もその方向に発展している。反対に、南側の斜面はほぼ農地だ。これも、要塞に立て篭もっての持久戦が想定されていた頃の名残である。


「さて、誰もが気にするのはこの塔の存在じゃと思う。地上からの高さは240メートル。完成すれば、今の人族における最も高い建造物となるじゃろう」


断面図の中では、山の麓のあたりから異質な塔がにょきりと伸びていた。最高点は山の頂上とほぼ同じくらいである。


「次の画面を見てほしい。この塔は、地上1階から3階までが物流倉庫となっておる。サリオン通販が買い付けた商品や出品者から託された品物は、一旦すべてこの倉庫に集められる」


画面が切り替わり、倉庫の基底部をフォーカスした説明図になった。

塔を中心として左右に倉庫スペースが拡張されており、輸送車トラックの出入りや品物が棚に管理されている様子が描かれている。


「お客様が注文を入れると、まずは倉庫の担当者が商品を棚から出し、お届けできる形に梱包する。そして、その箱を


そこで、ブレンは演説台の下から三角形の凧のような物体を取り出した。

底辺が105センチほどの二等辺三角形をしており、高さは80センチ、厚みは最大40センチほどになっている。ブレンの体格だと、両手で抱える程度のサイズ感になる。


「紹介しよう。これこそが次世代配送機構の中核を担うサリオン通販の新発明じゃ。儂らはドローンと呼んでいる。試験段階では、ガーゴイルや豚の姿を目にした市民もいたと思うが、最終的にはこの形になった」


端的に言おう。全翼機だ。

垂直尾翼が2本伸びているので、地球で(たぶん)一番有名な全翼機であるB-2爆撃機とは若干違うフォルムをしている。底辺に対して高さも大きく、やや正三角形に近い形状だ。


最初に関係者へ「これはどうか」と提案した際は誰もが戸惑ったが、試験を重ねるうちにこれがベストであると判断された。


「さて、再び画面を見てくれ。荷物を格納されたドローンは、塔の中にある昇降機を使って上階の発射場へ送られる。近くに届ける場合は中層の、遠くに届ける場合は上層の発射場を使う予定じゃ」


画面は3枚目に切り替わった。塔全体が描かれており、中心には昇降機が軸のように通っている。塔の中層から上層にかけてはいくつかの発射場が設置されており、またそれぞれの発射場からはドローンが発射されている様子も見て取れた。


「塔の上から出発したドローンは、し、お届け先に向かう。従来のガーゴイル型は魔法で力任せに飛んでおったが、これでは燃費が悪すぎた。限りある魔力を必要な目的に使えるよう、このドローンは鷹が空を舞うように設計されておる」


そう。全ては燃費の問題を解決するためだ。


第3回までの実験結果を受けて、ガーゴイル型の魔力消費はその9割以上が空を飛ぶために費やされていることが分かった。これでは防御・通信といった他の機能に回すことのできる魔力が限られるし、航続距離を伸ばすこともできない。


そこで、紙飛行機のように高い場所から滑空させて、少なくとも往路は空を飛ぶための魔力を節約することにしたのだ。この形ならば、目的地までの誘導と姿勢制御さえできれば良い。

また高空を飛ぶため、地上から攻撃されるリスクや、攻撃されたところで射撃が当たるリスクもかなり小さくなる。更には当たったところで威力も距離減衰していることから、防御に費やす魔力も軽減できるというわけだ。


「目的地の上空に来ると、ドローンは静かに着陸態勢に入る。巡航に関する詳細は明かせないが、およそ100メートルほどの高さから降りてくると思ってくれ」


4枚目の説明図では、ご家庭の庭に魔法陣が敷かれ、そこに向かって垂直着陸するドローンが描かれている。

そう、垂直着陸だ。ちなみに復路では垂直離陸もする。

なんとこのドローン、全翼機のくせに垂直離着陸VTOL機なのだ!


(リュート、鼻息うるさい!何に興奮してんのよ!)


おっと、男の浪漫の大爆発に、つい取り乱してしまった。アニエスに尻をつねられて我に返る。

しかし、よくもまあ完成させたなあ、垂直離着陸式全翼機。

俺はアイデアを出しただけで、実現したのはアニエスやマリーや技師のみなさんなんだけど。


「ドローンを使った配送を希望するお客様には、この魔法陣をお配りする。高価なものなので、最初は有料会員に限定したサービスになるのはご理解いただきたい。とはいえ、もうしばらく先の話になるがの」


ブレンはやはり演説台から目的地ビーコンとして用いられる魔法陣の布を取り出した。これも、当初作成したものからは幾分改良が施されている。


「簡単に言うと、ドローンは塔の高い場所から出発し、この魔法陣めがけて降りてくるというわけじゃ。各ご家庭で、庭なり屋上なりベランダに設置してもらえれば、倉庫から直接お届けできるという仕組みじゃな」


ここで、部屋全体が明るくなるように照明が切り替わった。

説明画面に寄っていたカメラが引き、部屋の左側にセナ・アニエス・マリーが座っている様子が映される。


「さて、大枠の説明はここまでとしよう。細かい部分は、質疑応答の形式で伝えていけらたと思う。今回は視聴者の代わりに、3人のアイドルから質問を用意してもらった」


ここからはプレゼンの後半戦だ。

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