第15話 少女の決意

目を覚ますと、視界の上半分を影が覆っていた。

その向こうから、シャイルの顔がにゅっと逆さま覗き込んでくる。


「プロデューサーさん、起きた?気分はどう?」


そうか、セナの石礫いしつぶてか何かで、一本取られたんだったかな。

景色と感触から察するに、気絶した俺をシャイルが膝枕で介抱してくれている、と。

しかし、この状況は問題だ。アイドルとの過度な接触は良くない。特に21世紀日本に生きるアラサーおじさんとして、女性へのセクハラは生命に関わる禁忌である。


「おっと、いきなり起きちゃダメですよ」


その認識が刷り込まれている俺は慌てて身を起こそうとしたが、他ならぬシャイルの手によって上体を抑えられ、結局元の膝枕に収まった。


「あー、綺麗に一本取られたのは初めてだったな。腕を上げたじゃないか」


状況の気恥ずかしさに気絶させられたばつの悪さも手伝って、慌てて何か話題を探す。すると、シャイルは上機嫌に応えてくれた。


「魔術師相手に至近距離からの不意打ちで、しかも二対一。これで勝てなきゃ、剣士としての顔が立たないですよ」

「それにしたって、少し前なら気絶させられるまではいかなかったと思うんだがな」

「セナもぐんぐん上達してますしね。魔法の発動速度と精度が、以前とは別人のように上手くなってます」


そういえば、シャイルは俺と二人きりの時だけこうやって敬語で話す癖がある。

出会った頃の空気感に戻るのかもしれない。


「そういえば、セナとマリーは?」

「あー、プロデューサー、やっと起きたー!」

「シッ!マリー、こういう時はもう少し様子を見守るものでシカ」


少し離れた岩陰から、セナとマリーが姿を見せた。どうやら付近の偵察に出ていたらしい。

俺が体を起こそうとすると、今度はシャイルも止めなかった。

改めて周りを見回し、例の門扉から少し下がった地点に戻っていることを確認する。


「まあ、起きちまったものは仕方ないでシカ。プロデューサー、マリーに何か言うことがあるんじゃないでシカ?」

「そうだな。マリー、突然あんなことをして、済まなかった」


少女とはいえ、自我を持つ立派な人族にんげんだ。

ここは素直に謝るしかないだろう。


「んー、本当はゼッタイ許さないけど、セナちゃんとシャイルお姉さまに免じて許してあげるわ」

「何度言っても『セナお姉さま』とは呼んでくれないでシカねえ」

「セナちゃんはセナちゃんだし」


どうやら二人との、特にセナとの距離は随分縮まったようだ。


「二人とは、ゆっくり話せたか?」

「ゆっくりってほどじゃないけど、少しだけ」

「話す時間なんて、これからいくらでも作ればいいでシカ」


以前は感じられた二人の間の微妙な緊張が、今ではすっかりなくなっている。俺が寝ている間、良い時間を過ごせたようだ。


「そういえば、俺はどれくらい寝てたんだ?ガーゴイル、もう復活してないか?」


後頭部を触ってみるが、たんこぶのようなものは出来ていないし、もちろん痛みもない。セナが癒してくれたのだろう。ただ、何の違和感もないとなると、それなりの時間は経っている気がする。


「2時間ってところかしら。セナとマリーは門の様子を見に行ってくれたのよね?」

「ああ、それなら、さっき新しいガーゴイルが飛んで来てたでシカ」

「あれ、すごい仕組みよね。生殖蜂ドローンって言うんだっけ?雑用特化型を使って、最小限のコストで戦力補充できるようにしてるのね」


なるほど、それを観察していたのか。

復活してしまったのならば、もう一度倒さなければならない。もうワンテイク分二人に頑張ってもらい撮り直すか、俺も手伝ってサクっと片付けるかしよう。


「ところでプロデューサー、提案があるのでシカ」

「ん?どうした?」


セナに目で促されて、マリーが頷く。

そして意を決したように、はっきりと言った。


「あたし、アイドルやってみたい。二人と一緒に戦いたい」


……えっ!?いきなり!?


「あ、ああ。それはもちろん、歓迎するぞ」

「おっ、プロデューサーさん、戸惑ってるわね。マリー、チャンスよ。畳みかけなさい」


シャイルが茶化すように言うが、そりゃあいきなりこうも素直に言ってくるとは思ってなかった。もちろん、ありがたい話ではあるが。


「次のガーゴイル戦、私も一緒に戦えないかしら」

「えっ!?いきなり!?」


しまった、つい思ったことがそのまま口に出てしまった。


「いや、さすがにマリーの力では厳しくないか?ゾンビやスケルトンと違って、セナの足止めもできない相手だ。危険すぎる」

「そこは、作戦を練っているでシカ。今回はセナたちを信じてほしいでシカ」

「うーん、しかしだな」


命の危険については、俺が支援すれば何とかならないこともない。まあ、何とかなる範囲か。


「視聴者への紹介はどうするんだ?マリー、オープニングの挨拶とか考えてあるのか?」

「一応、向こうでセナちゃんと練習してきたわ」

「とりあえず俺に見せられるか?」


若干恥ずかしがったものの、そこで見せられた文句と振り付けは、決して悪いものではない。ぎこちなさは残るが、こういうのはいつか良い思い出として見返すネタにもなるだろう。


「んー。ここまで仕上げているなら、まあ良しとするか」


俺がOKを出すと、ほっとしたようにマリーははにかむ。

こういう表情変化こそ映像に残したいんだが、ままならないものだ。

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