第14話 本音

「はいっ!皆さんこんばんは!武芸百般、目指すは最強!赤毛の美人剣士シャイルと」

「輝く髪は乳白色、嫌いな言葉は非常食!?お肉ではありません一人の女の子として愛してください、ドルイドのセナでシカ!」


放送回を重ね、もはや定番となった挨拶から撮影が始まった。


(うわあ、すごい。これ見たことある!本当にやってる!)


その様子を見ていたマリーが、小声ながら興奮したように声を上げた。

俺は慌ててマリーを注意する。


「こらこら、声を出すなって約束しただろ」

「ごめんなさい、でも感動しちゃって」


意外にも素直な感想が返ってきた。そう言われると、強くは出られない。

仕方ない、この部分はシャイルとセナの胸元に付けているマイクから拾った音を当てるとしよう。


「二人の配信、アーカイブで見なかったのか?」

「いえ、見てはいたから、もっと下手というか、素人っぽいところしか知らなかった」


なるほど、それはそうかもしれない。

配信画面に映るのは、自然体を装ってはいるけれど、リテイクや編集の力で面白おかしく整えられた二人の“冒険”だ。その裏には、先のようなやりとりを始めとする準備が山ほどある。配信に乗せていない未公開シーンは、配信されている時間の5倍では足りないだろう。


「その感想、二人に伝えてやりなよ」

「いやよ、恥ずかしい」

「恥ずかしがることはないだろう。二人とも、喜ぶぞ。距離も縮まる」

「これまでさんざん生意気なこと言ってきたじゃない。今更過ぎるわ」


初めて、マリーの本音を聞けた気がする。

それからはしばらく、無言で二人の戦闘を見つめていた。


「ちなみに、シャイルの良い所って、どんな所だと思う?」


戦闘が終盤に差し掛かり、余裕が見えてきたところで、もう一度マリーに訊いてみる。

感動は続いているのか、今回も素直に話してくれた。


「お姉さまが綺麗なのは、元が美人ってこともあるけど、それだけじゃないわ。美しく見せる技術がある。凛々しい立ち姿が綺麗だし、戦っている時の動きの一つ一つも絵になる。あれって意識してやってるのよね?」

「そうだな。俺が見惚れて声を掛けたのも、まさにその姿を配信に乗せたかったからだ」


剣舞を生業とする大道芸人として研鑽を積んだ結果、自ずと一番良いポーズが観客の目に留まるように修練されていったのだろう。期待通り、その姿は男女両方からの人気を集めている。


「セナについてはどうだ?」

「セナちゃんも、思ってたよりもずっと格好良かった。視野が広い。魔法の選択が的確。そもそも発動をミスらないし、最適のタイミングでお姉さまを助けてるわ」

「うんうん。まだあるよな?」

「もちろん、いっぱいあるわ。でも一番凄いのは、たぶんアイドルであることを忘れないことだと思う。もっとできるはずなのに、より面白くなるように、敢えて失敗したように振る舞っている。配信を見ているだけじゃ、絶対に気付かなかった」

「セナは、下手したら俺よりもプロ意識が高いんだよな」


休憩中にセナと雑談をすると、大抵の場合は新企画の提案やファンに何を還元できるかといった話題になる。まだアイドル活動をして1年にも満たないが、心根は完全にエンターテイナーだ。


「二人とは、うまくやっていけそうか?」

「……正直、自信ないわ。今改めて思い知った。あたしとはレベルが違い過ぎる」

「それは二人もわかってるよ。でもその上で、マリーに期待していることもある」

「本当にそうかしら?何をすれば役に立てるかなんて、想像もできないわ」


そうこう話しているうちに、戦闘が終了した。

セナの“岩礫ストーン・バレット”で翼を壊し、堕ちてきたところをシャイルが完全に破壊する。鮮やかな連携が決まり、二人はハイタッチしている。


「はいカットー!いったん休憩入れよう!二人とも、こっちに来てくれ」

「おつかれー!プロデューサー、今の戦闘どうだった?」

「セナの活躍、ばっちり撮れてたでシカ?」


二人が戻ってくると、マリーは濡れタオルを渡しながらいつもの調子で軽口を叩く。


「まあまあね。あたしがいたら、もっと楽に勝てたんだけどなあ」

「相変わらずのクソガキでシカね」


セナは口を引きつらせ、シャイルも苦笑いしている。

ここだな。やるなら今だ。


「そんなセナさんに嬉しいお知らせがあります」

「何でシカ?」

「“麻痺パラライズ”」

「えっ!?何これ!!?」


俺がおもむろに魔法を発動すると、抵抗すらできずにマリーがその場に転がった。


「ちょ、プロデューサー?何してるでシカ?」

「“麻痺”の良いところはな、体の自由は奪えるんだけど、意識はしっかり残るところなんだ」

「何何何!?動けない!お姉さま、助けて!」

「プロデューサー?説明してもらえる?」


シャイルも怪訝な顔を向けてくるが、俺は構わず携帯タブレット端末を取り出し、魔導カメラと有線接続した。普段は映像の編集やデータ分析に使っているものだ。


「まあ二人とも、これを見てくれ。マリーも見ていいぞ」


端末を操作し、目的のシーンまで早送りする。


『こらこら、声を出すなって約束しただろ』

『ごめんなさい、でも感動しちゃって』


「ぎゃぁああああああああああ!おっさん!何流してんの!?」


端末のモニターには、ガーゴイルと戦う二人の姿。

しかし音声は、俺とマリーのやりとりをしっかり拾っている。


「ほうほう、これはこれは」

「マリーちゃん、素直なところもあるんでシカねえ」

「ちーがーうーーー!!これはそうじゃないんですぅーーー!!!」


『お姉さまが綺麗なのは、元が美人ってこともあるけど、それだけじゃないわ。美しく見せる技術がある。凛々しい立ち姿が綺麗だし、戦っている時の動きの一つ一つも絵になる。あれって意識してやってるのよね?』

『そうだな。俺が見惚れて声を掛けたのも、まさにその姿を配信に乗せたかったからだ』


「あらあらあら。あらあらあらあらあら」

「シャイル、口角上がりすぎでシカよ」

「お姉さま、これは違うんです!違わないけど、そう、言わされてるんです!」


『セナについてはどうだ?』

『セナちゃんも、思ってたよりもずっと格好良かった』


「マリー、セナのこと大好きだったのでシカ?サインあげるでシカ?」

「やーめーてーーーー!もう殺してーーーーっ!!!」


『でも一番凄いのは、たぶんアイドルであることを忘れないことだと思う。もっとできるはずなのに、より面白くなるように、敢えて失敗したように振舞っている』


「なーんだ、しっかり分かってるじゃないでシカ。素直に言えば良いのでシカ」

「セナ、目尻下がりすぎ」

「殺せーーーっ!いっそ殺せーーーーーーっ!!!!」


マリーはじたばたすることも敵わず、必死に頭だけを左右に振っている。いいぞ。その声量もアイドル向きだ。


『二人とは、うまくやっていけそうか?』

『……正直、自信ないわ。今改めて思い知った。あたしとはレベルが違い過ぎる』

『それは二人もわかってるよ。でもその上で、マリーに期待していることもある』

『本当にそうかしら?何をすれば役に立てるかなんて、想像もできないわ』


「マリー、セナ達が強すぎて自信を無くしてしまったのでシカね。正直ごめんでシカ」

「うう……汚されちゃった……お母さん、あたし汚されちゃったよう……」

「大丈夫よマリー、これから一緒に汚れていきましょう?」


最後の部分はよくわからないものの、マリーの本音は二人に十分伝わったようだ。

かなり強引な手段だったが、二人に伝わったことが、マリーにも分かっているというのがポイントである。

今夜はパジャマパーティーでも何でも開いてもらって、ゆっくり語り合えばいい。


「いやしかし、プロデューサーこのやり方はどうかと思うでシカよ?」

「はははすまんすまん。やっぱり本音を伝えないと、分かり合えないと思ってな」

「それはそうだけど、一発くらいは殴らないとマリーちゃん気が済まないと思うわ」


シャイルが言うと、まだ転がっているマリーはうんうんと力強く頷いた。


「お姉さま、セナちゃん、そいつ殺して!あたしもうお嫁に行けない!」

「マリーちゃん、いえ、マリー。仲間の仇は、お姉さんたちがとってあげますからね」

「悪のおじさんは滅びる運命にあるのでシカ」

「おっと?空気悪くなってないか?」


嫌な予感がして一歩距離を空けようとしたところに、セナが無詠唱で“足止スネアーめ”を発動させた。

いつの間に無詠唱なんて技を覚えたのかは知らないが、こんなのは魔力差で力任せに抵抗レジストできる。足元の魔力を意識し、発動にぶつけて効果を雲散霧消させたところで、視界の端に迫る影が見える。シャイルか。下に視線を誘導させて頭への棍棒二閃とはいい連携だが、甘い。一振り目をスウェーで躱し、二振り目はシャイルの手の内側を手刀で叩いてやらせない、と思ったらシャイルの顔が急接近した。ごつんという音が響き、視界に星が散る。一歩下がったところに


「“石礫ディンバット”」


奇襲とはいえ、二人とも腕を上げたじゃないか。

セナの石弾が後頭部を襲い、俺の意識は暗転した。


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