第4話

「潰れたゴキブリみてえだな……」


 部下の一人が動かなくなったアランを見、嘲笑気味に呟く。さっさと回収して仕事を終えようとした時、靴にアランの流している血が浸っている事に気付いた。気味悪いなと足を上げようとした瞬間。靴、どころか右足その物を巨大な槍が切り裂いて胴体を真っ二つにする。次いで、悲鳴、怒号、絶叫。けたたましい部下達の奇声祭りに、アレックスは肩を震わせてつい振り返ってしまう。


「なん……何だ、お前……」


 路地から殺した筈のアランが、ずるずると足を引きずりながら現れた。自らの指先で刺された傷を抉り出している。下半身が血みどろ一色になろうと、腸がはみ出ようと構わず。その背後、うねうねと血を伝わせた地面のタイルやコンクリートから生えてきた真紅の槍が、アランを守らんと生き物の如く蠢いている。通行人達が逃げ惑う中、モップを抱えているアレックスとアランが対峙する。


 アレックスは面倒臭そうにモップの首根っこを掴んで盾にする。仮に傷が付いたらゴードンからはお叱りを受けるだろうがこの化け物さえ殺せれば良い。使うつもりのなかった、ベルトの内側に潜ませた拳銃の安全装置を外して撃鉄を起こしつつ言う。


「落ち着け、アラン。お前が欲しいのはこのガキだろ。良いよ、返す。俺は死にたくないんだ」


 白目を剥いているアランにアレックスはそう交渉する。様子を見るに、自我もなく、本能だけで戦っているのだろうと察する。ならば油断した所を頭をぶち抜けば終わりだ。ほくそ笑んでモップを前面に押し出しつつ背中に銃口を当てる。


「ほら……」


 狙いが定めやすい距離にまで近づいた瞬間、アレックスはモップをぶん投げてアランの頭部を撃ち抜こうとした、その時。モップの髪の毛が一寸、意思を持つ様に伸縮して先端を尖らせ、アレックスの腕をスパッと切り裂く。短い悲鳴を上げて反射的にアレックスの手がモップを離してしまった。


「しまっ……」


 モップが駆け寄ってきたのを見計らい、アランはアレックスを大量の槍で貫き、切り裂き、微塵切りにした。声を上げる間も無く、その肉体はただの肉塊となった。同時にアランも力尽きて仰向けに倒れる。モップが急いで寄り添うが、アランの体はピクリとも動かない。否、微かに動いている血塗れの右手が、割れているブロックの欠片を掴む。


 もう何も見えてはいないが、アランはぽたぽたと落ちてくる、モップの涙を頬に受け、その気持ちを受け取っている。最後に残った力を振り絞り、アランはブロックを変化させ、一輪の紅い花を作り出した。瀕死状態な為かいつもの精巧な偽物ではなく、子供が画用紙に書いたような不恰好な花だが、モップはそれを両手で大事に受け取る。アランはゆっくりと目を閉じる。死んでいるとは思えない、とても安らかな死に顔だった。


 思い出していた。子供の頃に駆け回った野原、見上げた青空の気持ちよさ、寝転がった時の大地の息吹。この世界は冷たく残酷でどうしようもないが、綺麗で美しい物も確かに存在している。その事をモップに、教えたかった。もう、叶わないが。


 アランから受け取った花を両手に抱えて、モップは立ち上がる。確かな決意を秘めた目付きで前を向くと、どこかへと走り出した。その後の行方をゴードンの部下達は懸命に捜索したが、結局掴む事は出来なかった。




「あら、貴方が新しい庭師さん?」


 恰幅の良い家政婦が新たに転入してきた、若い庭師へと声をかける。帽子を被り長髪を結いだその庭師は、梯子を降りてくると帽子を外して丁寧にお辞儀をする。傍らで上司であるベテラン庭師が代わりに紹介する。


「今月から働くニア・ノウン君。可愛そうな話なんだが、子供の頃に喉を怪我していて声が出せないんだ。けれど腕前は一流でね。どんな庭もパパッと綺麗にしてくれるんだよ」


 高い目鼻立ちに、切れ長で水晶玉の様な青い瞳という容姿に家政婦は見蕩れつつ、ふとある特徴に気付く。


「あら、でも言っていいのかしら……目元に大きい傷……」

「あぁ、俺も整形して治したらって薦めてるんだけど、どうしても残しておきたいんだって。美男子なのに勿体ねえよな」


 家政婦が言う様にニアの顔には、左目から右目にかけて、うっすらとだが一本筋の傷がある。首筋にはスカーフを巻いていて、そちらも無数の傷跡がある。決して、癒えぬ事の無い傷が。


「まぁ仕事が出来るなら良いわ。さ、ゴードンさんにご挨拶しに行きましょう」

「気難しい人だから失礼ない様にな、ニア」


 ニアはこくんと頷いて、家政婦と共にこの屋敷の主であるゴードンの元へと向かう。何故か、長髪を結いでいるヘアピンを投げ捨てる様に外しながら。


<了>


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紅い、造花 @kajiwara

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