第2話

 それなのに何故犯罪組織にいるのかと聞かれれば、アランにはそれ以外に生きる道がなかったからだ。生まれてこの方両親がおらず、物心付くときからゴードンの元で働いていた。まだ幼少ゆえか暴力を振るわれたりはしなかったが、代わりにゴードンはあらゆる悪事の術をアランに仕込んでいった。その中でも、血を使ったこの特技を珍しい物だな、と面白がり喜んだ。しかし、それが痛みを伴う故に銃器や紙幣を大量に模造出来ないとわかると途端に冷淡になったが。


 それ以降、アランはゴードンが大きな仕事を与えても大した結果も出せず、しかし変に悪運が強く中々死ぬ事も無い為、最終的に同じ様に燻っていて無能扱いされているトニー・ミッシェル・ジョニーらと一纏めにされて今に至っている。アランに担わされている役割はこの凶器の模造と、実際の荒事は三人が行う為、人が来た際に知らせる見張り番だけだ。


「なぁジョニー、いい加減俺に本物持たせてくれよ」

「駄目だ。お前にだけは任せない。大体撃った事無いだろうがお前」


 組織から唯一支給される、一丁だけの本物の拳銃の具合を確かめているジョニーが、模造銃を不満げに持つトニーを諫める。下っ端な事とアランの能力、ついでに人を射殺した経験を持つのがジョニーしかいないので、本物はジョニーしか持たせられない。各々で正体を隠す為に支給された清掃員の衣装に身を包み、四人は時刻となった為、サンセットホテルへと移動する。


 ゴードンから請けた仕事を改めて振り返ると、組織に断りもなく秘密裏に麻薬を売りさばいているバイヤーがいるというタレコミを受けた。図に乗っているので品を奪って取引を破産にしつつ、これを理由付けに上はこのバイヤーを処分するという内容だ。ジョニー達はどんな手を使ってもいいからバイヤーの麻薬を強奪し、指定された場所まで持っていく。それだけで一月は余裕で暮らせる金が手に入る。成功すればだが。


 移動中アランは思う。駄目だ、この程度の金じゃ抜け出せない。この生活を終らせてまともな生き方をするにはまだまだ金が足りない、と。だが、抜け出そうにも方法もチャンスも見出せない。そんな答えの出ない袋小路に嵌まって、もうどれくらい経ったのか。それさえももう、思い出せなくなっている。ふと、やけに甘ったるい匂いが鼻をくすぐってきて隣に顔を向ける。


「アラン、クッキー食べる?」


 アランの悩みを一切知らない能天気な調子で、ミッシェルがブリキ缶の中に入ったクッキーをくちゃくちゃと食べながら涎のついた手で一枚差し出してきた。アランは急に全てが馬鹿馬鹿しくなって、嘲笑気味に断る。


「いらない。来世が豚や牛になれるなら良いな、お前」

「えー、食べられる方はいやだよ、食べる方が良い」

「……良いな、お前。本当、羨ましい」


「おい、無駄話やめろ。仕事するぞ」

 

 ジョニーが声をかけてきた。車がホテルの前にゆっくりと停車する。素早く降りて形だけだがブラシやボードなどの清掃用の道具を持って、裏口から入っていく。根回しで清掃の為に入出許可は得ている為、容易に侵入出来る。仕事場となる部屋の前に着き、廊下周辺に他の客がいない事を確認すると、清掃中のボードを置き四人は腰元や背中に差した各々の銃を手早く取り出す。唯一の実銃にサプレッサーを取り付けつつ、ジョニーがアランに言う。


「アラン、いつも通りなんか変な奴がいたらすぐノックしろよ」

「わかってるよ……早めに終らせてくれ」


 アランにそう言われ、見張り番は楽だよな、と毒づきつつジョニーはドアをノックする。いつものパターンならば清掃だと聞いて、何だ? そんなの頼んでないと不審ながらもドアに近寄ってきたチンピラを覗き窓越しに撃ち殺した上、チェーンを撃って侵入、という感じになる。まずはノックして大声で呼びかける。


「すみません、グッドクリーニング店と申します。清掃のご依頼で参りましたー!」


 これでざわめきの後、誰かが近づいてくる音がする……。筈なのだが、どうにもおかしい。ドアに近づいてくる足音が聞こえてこない。それどころか、室内から取引しているならば聞こえてくる筈の声も聞こえない。ジョニーとトニーはお互いに顔を見合わせる。そこでトニーがドアノブに触れてゆっくりと回してみると、何故かドアが開いている。


 訝しげに首を傾げつつ、ジョニーはアランに見張ってろ、と一言言い残し、二人を引き連れてゆっくりと室内へと踏み入っていった。ドアが閉まる音を背中で聞きつつ、周囲を警戒しだした、次の瞬間。恐らくミッシェルだろう、甲高い絶叫が聞こえてきた。アランはその声に慌てて振り向いて部屋に入ろうとするが、我慢して踵を返し、周囲への警戒を優先する。手に持っている拳銃は、銃口や弾倉はリアルであっても、実際に撃つ事など出来ない。あくまで精巧に作られた偽物だ。しかも、アランの傷口が塞がると同時にどろりと液体になって溶けてしまう。まだ掌がじんじんと熱い為今は形状を保っていられるが、それでも仮に、仮に警官などが来れば……と心配が頭を過ぎっているとドアを強い力で押されて思わず背中を強打して倒れ込む。


「おい! 何して……」


 憤慨しながらアランは起き上がって振り返る。ドアを半開きにしたまま、茫然自失、といった顔のミッシェルがふらふらと立っている。口元は嘔吐したんだろうが、茶色い液体が唇を伝っている。そんな変わり様でその場に跪くミッシェルに、アランは両肩を掴んで何があったか尋ねる。尋常じゃない、と思いながら。


「おい! 中で何があったんだよ、おい、ミッシェル!」

「首……腕……沢山……」


 小刻みに顔を震わせながら、ミッシェルがアランに顔も向けず焦点も定まらない目で呟く。


「沢山、転がってた……もう、死んでた。二人も、死んだ」

「……は?」


 ミッシェルはアランを突き飛ばすと、錯乱しているのか叫びながら廊下を走り出してしまった。その背中を呆然と眺めつつ、アランはいてもたってもいられず遂に部屋へと踏み入る。途端、立ち込めてくる、強烈に生臭くて脳を揺さぶる血の匂い。思わず鼻で押さえて――――アランはその光景に驚愕する。ミッシェルの言う通りだった。部屋中、あらゆる所に人間の手や足、首がごろごろと転がっている。シーツやカーペットには、赤いペンキでも振りまいたのかと錯覚する様なおびただしい血液がべっとりと染み付いており、吐き気が催してきてアランは固く目を閉じる。閉じつつ、恐る恐る一歩、二歩と歩きながら、呼びかける。


「ト、トニー……ジョニー……どこに、いるんだ」


 ごろん、と足元に何かが転がってきて、つい反射的にアランは目を開けてしまう。頭部。何かを見て驚いたまま絶命したのか、瞳孔を見開いて口を大きく開いたジョニーの生首がアランを見上げている。耐えられずに派手に吐瀉物を吐き散らしながら、アランはふらふらと膝を突いて四つん這いになった。立ち上がれなくなって、情けないながら赤ん坊のように床をずるずると這っていくと――――ふと、誰かの視線に気づく。


 右方にビクつきながら顔を向けると、備え付けのドレッサーの下、椅子が本来あるべき場所に誰かが体育座りで座っている。子供だ。髪の毛を足が隠れるほど伸ばしている、異様に長髪の子供がそこにいた。顔は隠れていて見えない。何でこんな所に子供が? ここで行われていたのはヤクの取引じゃないのか? 俺は一体、何に巻き込まれているんだ? アランの頭の中が混乱と恐怖のミキサーで、今すぐにでも爆発しそうなその時だった。


「動くな! 警察だ!」


 気付けば警官達が、アランの後ろで拳銃を構えながら威嚇してきた。――――もう良い。もう沢山だ。そうヤケクソになるとアランは咄嗟に、その子供の下へと逃げ出すゴキブリの様に迅速に擦り寄ると強引に抱き寄せた。立ち上がり模造のナイフを首筋に当てながら、警官達をけん制する。


「近寄るな! 近寄ったらこのガキぶっ殺すぞ!」

「お、おい! 早まるな!」


アラン自身刺すつもりは毛頭ないが、それでもその場の威嚇の為に利用している事に良心が痛む。子供を盾にしながらアランはゆっくりと、警官達の周囲を迂回しながらドアの方へと歩んでいき――――廊下に出た瞬間、子供を腕に抱えて逃げ出した。無我夢中で、逃げ出す。どこに行けばいいかはわからない。足が勝手に、走り出していた。


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