紅い、造花

@kajiwara

第1話

 暖かい日差し。掌で太陽を遮りながら空を見上げる。どこまでも突き抜ける様な、清々しい青空が見える。遠くから名前を呼ぶ声がする。巨木の根元から立ち上がって、声が呼ぶ方へと――――。


「……い、おい、アラン、起きろよ」


 乱暴に毛布を剥ぎ取られながら、アラン・ノウンは寝惚け眼を擦る。ボサボサな髪の毛を鬱陶しそうに掻きつつ、不衛生なベッドから起き上がって降りる。内容は明確に思い出せないがとても素敵な、穏やかな夢を見れた気がする。それ故に最悪な現実に引き戻されると死にたくなってしまう。壁に貼られていて色褪せているヌードグラビアも、補修も碌にされずに穴が複数も開いている黄土色の壁紙も、目に映る全てが最悪である。


「早く飯食って仕事行くぞ」


 口から唾を飛ばしながら話し掛けてくるにきび面のトニーに嫌気が差しつつ、アランは朝食の待つテーブルへと着席する。白い皿の上からはみ出す、アメーバみたいな形状の目玉焼きと焦げかけているベーコンとトースト。食欲を著しく減退させる朝食だが、食べないと体が動かないため為渋々口に運んでいく。ふと、アランは隣に座る、でっぷりとした腹のミッシェルが目玉焼きへと無許可にケチャップを搾ろうとしたのを腕を掴んで止める。


「何も味しないけど」

「前も言っただろ、ケチャップは嫌いだって。やめろ」


 ミッシェルが変わってるなー、と呟きながらケチャップをドプッと自らの目玉焼きに絞るのを見てアランは吐きそうになる。その時、向かい側に座る、トサカの様な髪型の金髪が目を引くジョニーが、朝食を食べている三人へと真剣な面持ちで今日の仕事内容を伝達する。


「お前ら黙って聞け。頭には入ってるだろうが、今日は大仕事だ。サンセットホテルの204号室で組を裏切ったバイヤーの取引を叩く。俺らがやる事は粉の入ったケースをパクって指定された場所まで持っていく。それだけだ」

「取り分は? 今度こそピンハネされず貰えるんだよな……」


 トニーが不安げにそう尋ねると、ジョニーはあからさまに不機嫌な顔つきになる。ぎょろりと睨みながら怒気を孕んだ声で答える。


「取り分とか言ってる場合かこのクズ、この前結局ビビって逃げだしたてめえのせいで仕事が中止になったんだろうが」

「腹痛だったからしょうがねえだろ! クソ漏らしながら金奪う強盗がどこにいんだよ!」

「他の連中が成り上がってんのに、何で俺らがずっと危ない橋ばっか渡る羽目になってる理由、理解してんのか?」

「お前がカスみてえな仕事しかもってこれねえからじゃねえのか」


 口喧嘩の末に椅子を倒してトニーとジョニーが激しく下らない取っ組み合いをする。横でミッシェルがねえねえ、食べないなら僕それ食べていい? と聞いてきたので勝手に食ってろよ……とアランは目前の皿を押し付ける。ひたすら鬱々とした気分で虚空を見つめながら、悔しげに爪を噛んだ。


 この四人、ジョニー・トニー・ミッシェル、そしてアランは若年ながらも、重ねてきた年月だけはベテランの犯罪者グループとして活動している。しかし敵対組織の幹部の暗殺も、薬物や銃器の売買も、大麻の栽培も悉く上手くいかないが故に大した上納金も納められないとしてカースト的には最底辺である。他のグループからは疎んじられているし、幹部からは早く纏めて死んでくれないかなとさえ思われている、実質お荷物だ。それでも組織から弾かれないのには理由がある。


 それは元締めのゴードンが処分の判断を下さないからだ。無駄に長く属しているから切ろうにも情が沸いて切れないだとか、この中に実は息子がいるからなど推測と邪知が飛び交っているが、真相はゴードンにしかわからない。しかし扱いとして首を切られないだけで、下っ端以下な事には変わりない。おまけに先日、指示を受けて宝石店に強盗に出向いた時、トニーが腹痛を発動してしまい中止という情けない顛末まで辿ってしまった事がグループ間の空気を悪くしている。


 リビングにまで移って殴りあい蹴りあいを繰り広げて、お互いに間抜けにも疲弊して息を荒げながら、喧嘩を中断してジョニーは舌打ちしつつ三人へと発破をかける。


「てめえら、いつまでもゴードンさんが優しくしてくれるかわかんねえからな。本当に真面目にやれ、頼むから」

「一番年上だからって仕切んなよてめぇ……」

「お金貰ってお肉買いたいな……」


 多分今回も駄目だろうなと、アランは遠い目をしながら思いつつ自分のするべき事をする。おい、箱持って来いよと頼むとおめえも調子に乗るなよ……とぶつくさ言いながらも、トニーが何かが入ったダンボール箱をどさっとテーブルの前に置く。ミッシェルが隣に座り、厚いタオルと、しっかりと刃が研磨されて磨かれたナイフを置く。ダンボール箱の中にはごちゃごちゃと、歯車やフレームや割れている鉄の断片などの鉄金属がどっさりと入っている。アランはそれらを吟味する様に手に持って重さや形を確かめ、一つずつテーブルへと置いていく。そうして。


「ジョニー、口にタオル、挟んでくれ」


 アランに頼まれ、ジョニーは背後に回ると口から後頭部に向けてぐるりとタオルを巻いていく。上がっている心拍数を無理矢理平穏に保ちながら、アランは目を閉じて気を集中する。やがて覚悟が決まったのか、カッと目を見開きながらタオルの上に右手を置いてー―――左手でナイフを真上から振り下ろして掌を貫いた。テーブルを貫通するほどの勢いで、布の繊維が痛々しく真っ赤に染まっていく。


 三人が固唾を飲んで見守る中、アランは歯が欠けそうな程にタオルを噛み締めながら、ナイフを引き抜きソファーに放る。急いで選び抜いた鉄屑を手に持ち、どくどくと流れ続けて止まらない血をべったりと塗りつけていく。すると驚くべき事にそれらの鉄屑が粘土の如く柔らに形状を変化していき、やがて小型の拳銃やナイフへと変化していく。最初は赤黒かったそれらが、アランの手の中で外見上本物にしか見えない凶器に変わるの見、ジョニーが気味悪げに呟く。


「本当すげえな、お前のそれ……ライフルとか作れりゃな」

「そんな物作らせて俺を殺したいのか、お前」

「じょ、冗談だよ……」


 ミッシェルがその図体に似合わぬ俊敏な動作で、アランの掌にガーゼを手厚く両面に重ねて包帯を巻き応急処置を施す。巻き終えた包帯をしっかりとテープで止めつつ、ミッシェルが場を和ませる為か明るい声で言う。


「それで食べ物が作れたらいいのにね」

「俺の血液100パーセントだけど食うか?」

「うっ……やっぱりやだ」


 アランがこの能力に気付いたのは幼少期だった。いまだにどんな理屈なのかもさっぱりわからないが、アランの血液は擦り付けた物がイメージした物へと変化する。それはアラン自身が願えばそれこそどんな物にでも。ただし。それを行う為に刺したり斬ったりする際当然痛みが伴う。申し訳程度に常人よりも多少、傷の治りは早いが傷みはどうしようもない。上に、変化させたい物体の大きさに対して出血量が上回らければ発動できない、という馬鹿げた制約がある。故に、鉄屑から出来るのは上記の掌に納まる拳銃やナイフといった小物の凶器くらいだ。そしてついでに言えば。


 アラン・ノウンは争い事も他人の血を見る事も嫌いである。

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