ペットの奇想天外な話

「ご主人さま! ペットにご興味はありませんか!?」


 その日は快晴、乾ききった寒空の上を冷風が吹き抜けていた。

 朝の冷気に負けて猫は布団にこもっていたのだが、犬耳娘には関係なかったらしい。


「ペットにご興味はありませんか!?」

「聞こえてるっての!」


 そう俺が叫んだところで止まるようなアサヒではない。

 飛びかからんばかりの勢いで、こちらが仰け反ってもおかまいなしに突っ込んできた。


「それでそれで!」

「落ち着けって! 今回はいったい何を見たんだ!?」

「実はですね! 『ど○ぶつ奇想天外』という番組を見まして!」


 昔あったな、そんな番組。近頃は某動画サイトでも配信されてるらしいが。


「それでペットの話でも見たわけか?」

「いえ、ハイエナの話です!」

「なんでそれがペットの話に繋がるんだ?」


 ハイエナってあれだろ。群れで死体を漁ってて。


「ペットにしたくなるような動物じゃないだろ」

「ご主人さまは偏見を持ちすぎですよ! ハイエナをなんだと思ってるんですか!?」

「群れというか、トリオでライオンに嫌がらせしてるヤツ」

「ラ○オンキングに毒されすぎです!」


 いや、だって一般人は大抵そこまでハイエナに興味ないと思うぞ?


「ハイエナって実は、とっても仲間想いなんですよ!?」

「そいつは初耳だな」


 ま、群れを作るくらいだから助け合うこともあるのだろうが。

 俺の冷めた態度が火をつけたのか、アサヒのボルテージはみるみる上がっていく。


「すごいんですよ! ハイエナは、メスがリーダーになって、意外と厳しい上下関係もあって……それを見ていて、わたしも欲しくなったんです!」

「ハイエナが?」

「違いますよ! 子分です! わたしの言うことも聞いてくれる、ペット兼子分が欲しいんです!」

「子分とペットを一緒にするな!」


 なるほど、だいたい話が見えてきたぞ。

 ようするにこいつ、群れを率いるリーダーにでも憧れを抱いたらしい。

 確かにアサヒは誰からもイジられる立場だし、自分よりも下の仲間が欲しくなったのかも。


「ちなみにおすすめはあるのか?」

「犬とかどうでしょう!? かわいいですよ! それに忠実です!」


 遠回しな自己賛美か何かだろうか。


「犬ならもういるだろ」

「どこに……って、わたしですか!? わたしは可愛くなんて……というか犬じゃありません! 狼です!」


 狼ならしい。そういえば、そういう設定になっていたな。


「でも、ペットなんて俺たちだけで決めるわけにはいかないだろ。もっと他のヤツらと相談を……」


 言った途端、首元に生暖かい吐息が吹きかけられた。


「うひょう!?」

「なんだい、そんな大げさに」


 そこに立っていたのは猫耳の美女――ではなく。


「お布団のお化けです! ご主人さま、退治しましょう!」


 そう言ってアサヒが指差したのは、全身に布団を巻きつけた布の塊。

 推定、我が家の化け猫ヒトヨである。


「おっと、やる気かい? あたしに喧嘩を売ったこと、後悔させてやる!」


 布団お化けは、裾を引きずりながら這い寄ってくる。


「ひっ、ひぃ……!? ご、ご主人さま! お助けください!」


 我が家の自称狼は情けなくしっぽを丸めながら逃げ出そうとしていた。

 そしてその姿がヒトヨのドS器質を燃え上がらせてしまったらしい。


「おやおや、まさか逃げたすつもりかい?」

「ちちち、違いますもん!」


 安い挑発だが、我が家のワンコには効果てきめん。ヒトヨの思惑通りに足を止めてしまう。そこ目掛けて、布団の化け物は恐るべき速さで移動を開始した。


「ち、近づかないでください! だいたい、その格好でどうやって喧嘩するつもりですか!?」

「それはねぇ……ッ!」


 布団の端がアサヒの足に触れた途端、がばりと布の塊が舞い上がった。


「こうするんだよ!」

「うひゃああああ――」


 悲鳴もろとも、アサヒの小さな体は布団の中に引きずり込まれる。


「こっ、この……っ、放せ! 放してくださいぃ……!」

「それはあんたの誠意次第だねぇ?」

「ひぃいいいいい!?」


 もごもごと布団の中からアサヒの悲鳴が漏れ出る。助けてやりたかったが、こうなってはもう手遅れだ。


「アサヒ……お前のことは忘れない」

「もう。みんな、集まってどうしたの?」


 そのとき、タイミングを見計らったかのようにリビングの扉が開かれた。現れたのは、黄金色の長髪が特徴的な俺より少し年上の女性。

 一見すると(美しすぎることを除けば)ただの人間と変わりない彼女こそが、この妖怪シェアハウスの家主であり、俺の恩人でもある。


「おはようございますヒカゲさん」

「うん、おはよ。旦那さまは今日もカッコいいなぁ」


 俺はどういったわけか、ヒカゲさんから旦那さまと呼ばれていた。

 何度呼ばれても慣れないが、それでもこんな幸せなことはない。


「いえいえ、明日にはもっとカッコよくなって見せますよ!」

「うん、楽しみにしてるね」 


 さてヒカゲさんが現れたせいか、犬と猫の醜い争いも収拾しつつあった。


「それで旦那さまたちは何の話をしてたの?」

「あぁ、それなんですが……おいヒトヨ。そろそろ話を再開してもいいか?」

「話……? 何の話をしてたんだったか」


 この野郎、忘れてやがったな。


「いや、だからおすすめのペットは何かって……聞いてなかったのか?」

「あたしが聞いてたのは、あんたがこのメス犬を飼うって部分だけだね」

「そんな話はしてねぇ! あとメス犬って言うな!」


 アサヒが犬なのは、本人(犬?)以外の全員が認めるところだけど!


「なら、ペットな彼女とでも言えばいいのかい?」

「ここはさ◯ら荘じゃないんだよなぁ!」


 というかさっきから、節操なしにパロディネタをぶち込む過ぎだ!


「こんな誰にも読まれないネット小説で、何を気にしてるんだか」

「悲しいこと言うなよ!」


 ちょっと自覚はあるけどさ!


「本気で泣きそうな顔するんじゃないよ、全く。それで、おすすめのペットだったっけ? 仕方ない、考えてやるか」


 なぜだか渋々と言った様子でヒトヨは考え込む。今のところ、こいつは話の邪魔しかしてないはずだが。


「決まった。ふむ、犬なんてのはどうだい?」

「犬だと?」


 予想外な答えだった。性格と、あとはキャラクター的に猫を推してくるものだとばかり。


「ほら、犬って従順だろう? それにイジメ甲斐がある。こんなにおもしろいオモチャ……いや、ペットはいないじゃないか」

「ペットはオモチャじゃねぇ! というか、お前は猫推しだろう?」


 そんな俺の一言を、浅はかだ、とでも言いたげにヒトヨは鼻を鳴らす。


「いいかい? 猫には縄張りってものがあるんだ。この家はあたしの巣で、新参にくれてやる義理はない」


 なるほど、確かに猫って言うと、単独行動のイメージが強いしな。俺としても、ヒトヨの同類が増えるのはご免被りたい。


「さて、今のところは犬に二票だが……」


 そうヒトヨが呟くものの、こいつだって分かっているはずだ。この一件に関して、俺たちは決定権など持ってはいない。なぜならこの家の主は――。


「みんな、ペットなんて飼いたいの?」


 ――そうだ、この家の最終決定件はヒカゲさんに握られているのである。


「俺はそこまで興味を持ってるわけじゃありませんが」

「あたしもこれ以上獣が増えるのはゴメンだねぇ」


 俺とヒトヨが揃って反対する。最初から賛同していたのはただ一人。


「待ってください! 皆さんは欲しくないんですか、ペット!」


 布団の中から飛び出す、我が家のペットもといアサヒ。


「ふぅん……そんなにペットが飼いたいの?」

「だって可愛がりたいじゃないですか! わたしだってたまにはイジる側に回りたいんですよ!」


 それが本音か! あまりにも小物すぎる!


「おいアサヒ。いくらなんでもそんな理由じゃ……」

「止めないでください、ご主人さま! これにはわたしの未来がかかってるんです!」


 そんなものに賭けてる時点でお先真っ暗だよ!


「そんなことより家主さま! どうでしょう? そろそろ新しい住人を迎えてもいいと思いませんか!?」


 アサヒは俺の冷めた視線にも構わずジリジリとヒカゲさんににじり寄っていく。

 ヒカゲさんは顎に手を当てて、少し考え込んでいる様子だった。


「うーん……少し魅力的だけどね。あたしが可愛がりたいのは……一人だけ、だから」


 そこで一瞬だけヒカゲさんが俺を流し見る。目が合うと何かを確かめるように頷いてきた。

 え? ちょっと待って。俺ってペットの同類なのか?

 ――なんてことを思っていたら、ヒカゲさんは「でも、やっぱり」と声を上げた。


「最近は旦那さま、あんまりあたしの相手をしてくれないからなぁ……」


 明らかな当てつけだった。わかった上で、それでもヒカゲさんが用意した餌なら食らいつかずにはいられない。


「待ってくださいヒカゲさん! ペットが欲しいなら、俺が犬でも何にでもなってやりますよ!」

「ふーん……ふふっ」


 ヒカゲさんの口元がうっすらと微笑む。あれ? なぜか、いまゾクッと来たような。


「でも口で言うだけなら簡単だから、証拠を見せてほしいんだけど」


 言いながらヒカゲさんが手招きしてくる。

 なんだか妙な展開になってきたな。だがヒカゲさんの手招きには逆らえない。


「任せてください。なんだってやってやりますよ!」

「そうなの? それじゃあ……お手」


 差し出されるヒカゲさんの手のひら。白くて艶めかしくて美しい! こいつに手を乗せろってか? こっちからお願いしたいくらいだぜ!


「はい!」

「ちゃんと鳴き声も真似して? ほら、ワンワンって」


 鳴け、と? いいさ、なんだってやってやる!


「わ、ワン!」

「ふふっ、可愛い……うん、いいよ。それじゃあ次は、おすわり」

「ワンワン!」

「あはは、可愛い……どうしよう、あたしもペット飼いたくなってきちゃった♪」


 どうしよう? ヒカゲさんがまずい趣味に目覚めそう! というか俺のほうもヤバい!

 かくなる上は――


「分かった! 買ってくる! 俺が買ってくるからちょっと待ってろ!」


 叫んだ途端、アサヒの瞳にキラリと星が宿る。失言だったか、と後悔したときにはアサヒに飛びつかれていた。


「言いましたね? 嘘じゃないですよね!? 言質は取りましたよ、ご主人さま!?」


 アサヒの勢いにたじろいで、壁際まで追いやられる。

 今さらナシと言い出せる空気じゃなかった。


「すみませんヒカゲさん。そういうことで、いいでしょうか?」

「あたしは旦那さまのしたいようにしてくれればいいから」


 やっぱりヒカゲさんは優しいなぁ。原因の一端なのは置いておくとして。


「おいおい、私の意見は聞いてくれないのかい?」

「ならヒトヨ。この状況、お前がなんとかしてくれるのか?」

「さぁて、私はミ○ちゃんにでも会ってくるかねぇ」

「お前はいつから猫型ロボットになったんだ!?」


 どうせならひみつ道具でも出してくれればいいのに、ヒトヨはしっぽを揺らしながら立ち去ってしまう。

 こうして、とうとう反対するヤツはいなくなってしまった。


「これは決定でいいんですよね、ご主人さま!?」

「あ、あぁ……」


 ということで、次回はペット探しになりそうです。

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狐が正体を隠して求婚してきたけどバレバレな件について 妄想神 @ito_ko

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