003

 イリアルは人を殺した後ぼんやりすることがよくある。多分あれは、美味しいものを食べてそれを噛み締めている、そんなような感覚に近いのだろう。

だから後処理は大抵ノーンに回ってきた。ノーンもイリアルが捕まってしまえば困るのは目に見えている。安定したを供給してくれる元がいなくなるのは、ノーンとしても困るからである。


 取り急ぎ、薬物に溺れた異常者が娼婦を殺したように見せかけるよう細工を施した。イリアルだとバレないよう痕跡を消して。

 二階の部屋の窓から出て、隣の家の屋根へ降りる。部屋から出て外の空気を吸ったおかげで、イリアルも徐々に正気を取り戻し始めた。まぁ元より正気ではないのだが。


「死体……」

「ん? あぁ、昨日喰ろうただろう。我は腹一杯なのだ」

「そうか」

「隠蔽ならしておいた。安心して職場に戻るとよいぞ」


 そういうノーンの言葉に生返事を返す。家屋の屋根から降りて、二階の部屋へ入る。もちろん知らない人間の家である。

ちょうど着替えの真っ最中だったようで、女性の悲鳴が上がる。イリアルも女性だといっても初見では誰も信じまい。


 イリアルは叫ぶ女性を自分に引き寄せて口付けた。数秒のキスを女性にした後、ゆっくりと引き離す。

女性の瞳は、突然の侵入者に怯え驚くものから、恋をする瞳へと変化をした。これはノーンが貸した能力でもない、イリアルの持つものだ。なんというか……天性の女好きとでも言おうか。

そしてイリアルはポケットより名刺を取り出して、近くの化粧台へ置いた。

頬に軽くキスをして、


「私はそこにいるから、気が向いたら来ると良い」


――そう言った。

女性は名刺を握りしめ、熱のこもった瞳で出て行くイリアルを送り出した。


「殺人、不法侵入に、複数人と関係を持つ、とは」

「なんだ文句か? それに最後は彼女の了承を得たはずだけど」

「何も。我は魂を食えれば文句はない」


 本部に戻ると、フロントがざわつき荒れていた。見た様子では大物がやって来たようだ。

人混みを抜けてカウンターに辿り着くと、複数人の男女パーティと思われる人がそこにはいた。対応に慌てるナナと、サポートするリリエッタが目に入る。

 リリエッタは人混みにイリアルを見つけると、カウンターから出てきてパーティの前にイリアルを突き出した。


「なに?」

「魔法剣士学校首席様リーダーのパーティよ」

「で?」

「話がしたいって言ってるわ」


 責任者でしょ、とリリエッタの瞳が強く訴え掛けている。イリアルにとって、大物を相手するのは正直言って面倒だった。特に相手は学校を出たばかりのガキだ。

社会には慣れていないその素振りを見ているだけでイライラする。

だがまぁ仕事となれば仕方がない。先程一人殺したばかりだし、ストレスが溜まったのなら今夜にでもリリエッタを優しく抱いて忘れれば良い。


「リリ、奥の部屋は?」

「空いてる。お茶を持って行くわ」


 ため息をついているイリアルの頬にリリエッタはキスを落とす。よく出来ましたと言わんばかりのご褒美なのは見え見えだったが、それでもイリアルの苛立ちは少し掻き消えた。

 怪訝そうに二人の会話を見ていた首席の青年が、声を上げた。


「あなたがイリアル・レスベック=モア? 聞いていたよりも……」

「なんだ、学校じゃ私のことを教えてくれるのか? 面白いね、いや馬鹿げているのか?」


 ポリポリと頭を掻きながら青年に答える。一体どのように教えているのか少し気になるところだが、今のやることはそれではない。

イリアルは青年らパーティを奥の客間へ案内した。大御所冒険者や面倒な客相手にするときに使う、静かで厳かな良い部屋だ。

 青年らに椅子に座るよう促し、イリアル自身は窓際に背を預け、腕を組む。ノーンもイリアルの側に立ち、パーティを見つめている。


「その……。すみません、レスベックさん。その子は居たら良くないんじゃ……」


 見た感じ魔法使いであろう少女が口を挟む。その子とはノーンのことである。もちろん普通に考えれば、場違いなのは正論である。

しかしながらこの悪魔は子供ではない。それにイリアルと契約してあることから、一心同体とも言えよう。

当然イリアルの元を離れて旅に出ることも可能だが、それをしないのはイリアルの側にいると面白いからである。


「気にするな」


 当たり前のようにノーンはこの部屋から出て行くつもりはない。ギルドの人間がそれを止めないのも、ノーンが精神操作を行なっているからである。

イリアルとノーンはいつも一緒にいるもの。どんな場面でも一緒にいねばならないと。

 イリアルも、ノーンの容姿自体は好きになれなかったが、いること自体は特に咎めず否めなかった。彼女らにこう形容すべきか悩ましいが、一種の友人とも言えよう。


 気にするなと言われたところで、はいそうですかと言えるほどの状況ではなかった。下手に精神操作を行なってバレてはこちらとしては不利だし、ここは何とかやり過ごす他ない。

 なんと言っても相手は先日まで学生だったとはいえ、首席とその取り巻きである。イリアルもそんな人間をまとめて相手にできるほど強くはない。


「冒険者登録だろ? さっさとして帰れば良いではないですかぁ」


 ヘラヘラと笑って答える。だがリーダーらしき青年は、それを許さなかった。

イリアルの苦手な熱血漢である。


「登録は済ませた。先程の女性の手際が良かったからな。あなたには頼みがあって来た」

「ふーん。頼みって? なんだそれ」

「俺達に難しいクエストを回して欲しいんだ」


 スキルアップも兼ねて、強いものを倒したいということだ。だがこのギルドにはランクが存在しており、それに合ったクエストしか受けられない仕様になっている。

 ギルドも商売だし、人の命を預かるような仕事である。勝手に死んでください、と言えるような立場ではない。心配な人間向けに出発前の保険だって付けることも可能だ。

イリアルの性格に難ありだが、仕事自体はしっかりとこなした。何より金が掛かっているのだから。


 ギルドに登録した人間は、一番低ランクのブロンズランクからスタートする。そして仕事ぶりに応じて、月一の査定により上下する。

滅多に下がることはないが、全く仕事を受けてなかったりするとランクが下がって行くこともある。

 ランクは下からブロンズ・シルバー・ゴールド、そして最上位のプラチナとなっている。

もちろんこの勇敢なる青年らも例外ではなく、つい先程登録したという彼らのランクはブロンズランクである。


「悪いがそれは出来ない。お前達のランクで一番レベルの高い仕事なら振れるが、それ以上となるとこちらとしても人命が関わるからNOだ」

「だが――」

「なんだ、ガッコーでは一般常識と礼節を習わないのか」


 イリアルが嫌味たっぷりにそういうと、青年は口を閉じた。これはイリアルの提案に乗るという意味合いで取ってもいいだろう。社会にはルールというものが存在し、それを守らねばならない。流石に学校で習ったのだろう。

口論がヒートアップせずよかった、とイリアルは思った。激昂した面倒な客は人の話を聞こうとしないからだ。


「月一の査定でランク上げればすぐだよ」


 イリアルがいうと、丁度いいタイミングでドアがノックされる。お茶を持ってくると言っていたから、おおかたリリエッタであろう。

 イリアルがなにもいわずとも、ノーンはドアへと走って行く。そしてドアを開けて、両手におぼんを持ったリリエッタを室内へと入れた。

給仕で使うようなカートがあるからそれを使えといつも言っているのに、この娘はどうやらそれを忘れてしまうらしい。

多分ノックも足で器用にやったのだろう。


 ノーンが真っ先に動いたのは、扉の向こうが見えていたからだ。恐らくこの悪魔には足でドアを蹴る様も見えていたに違いない。


「……ありがと、ノーンちゃん」

「カート使おうね、リリねえ」

「…………」


 おぼんから一つ紅茶を取り上げると、それを持ってイリアルの元へと戻った。リリエッタはノーンを除いた人数分の紅茶を用意したから、誰かが飲まないことになる。

もちろんそれはイリアルである。彼女は品物こそ一級品で揃えるものの、紅茶の類は滅多に口にしない。別に嫌いというわけではないが、ノーンのように好きというわけでもないからである。


 リリエッタからすれば、一応想いを寄せている人間に向けて作った紅茶を無下にされた。頬を膨らませて怒りを訴えていた。


「ごゆっくり!」


 カツカツとヒールを鳴らして部屋から荒々しく出て行く。美女ではなかったら許していない所業である。


「あの娘、貴様に渡す瞬間、薬を盛るつもりだったぞ」

「わかってる。いつもそうだ」

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