002

 安酒を出すことで有名なバーに二人はいた。話によれば水で薄めているだなんて噂もあるが、今そんなことどうでもいい。

 ここはくだんの厄介男が高頻度で訪れるという酒場だ。ナナを口説いて数時間潰すそうな男だ、金などあるはずもない。こんな酒場がお似合いだろう。


「野菜スティックある?」


 バーカウンターに腰掛けながら、バーテンダーにそう聞いた。イリアルは酒を飲まない。ついでに言えばタバコも吸わない。

女を抱くに当たって邪魔だからとでも言っておこうか。女の柔く甘い香りを堪能していたいし、そんな子達に自分の煙を浴びせたくない。

親がやっていたから単純に嫌いだというのもあるが。

 代わりと言ってはなんだが、イリアルはよく寝てよく食べる。もちろん女も。

そして好みはこの野菜スティックだった。食感がいいし、何よりヘルシーだ。最近の好みは人参である。


「嬢ちゃんには?」

「いらない!」

「はいはい……」


 誰一人として文句を言わないのは、このギルド本部のある街ではイリアルのことを知らない人間がいないからだ。いるとすれば、旅行者だろう。まぁあの不審者も彼女のことを知らなかったのだが。

当然連れている幼女・ノーンのことも、みなが知っていた。


「店主、アーズという男はいつ頃来る?」

「アーズ? いやわからな――」


 バーテンダーが喋っている最中に、イリアルの右目に魔法陣の紋様が浮かぶ。それを見たバーテンダーは虚な目となり、術にかかった。

持っていたグラスを置いて、無表情になる。そして口からアーズと呼ばれた男の情報がつらつらと吐き出される。


「……アーズは娼館で女を抱いた後……、ここで飯を食って家に帰る……。それが日課だ……」

「どこの娼館だ?」

「……スラムにある安い娼館だ……」

「ありがとさん」


 野菜スティックを口に加えて残りを手に持つ。チップをカウンターに置いて、イリアルは店を後にした。

ノーンが小走りでついてきて、声を大にして言った。


「何も力を使わずとも良いだろう」

「私の街とて信用ならん。それに悪魔が何を言う?」


 ボリボリと野菜を貪り食う。昼食は済ませたはずだが、イリアルは至極腹が減っていた。血に飢えていた。


 それに先程使ったのは、ノーンより借りている力の一つ。

その名を「真実の眼ライト・ライト」である。右目に宿されたこの能力は、魅入られた人間は真実しか喋らなくなる。

そして術に掛けられた人間はその時のことを覚えてはいない。なんとも都合の良いスキルだ。


 足早にスラムへ向かったお陰で、程なくして娼館へと辿り着いた。他にもいくつか店があるが、あのバーから一番近いのはこの店であった。

スラムならではのボロ屋で、中に入ると気怠そうな男が受付をしていた。


「アーズはどの部屋だ」


 「真実の眼ライト・ライト」で男を見る。もちろん抵抗できるわけもなく、男は簡単にアーズのいる部屋を告げた。

イリアルは礼も言わずにその部屋へと歩みを進める。ノーンはそれを小走りで追っていく。


 二階にある該当の部屋を、足で蹴って開ければ、そこには真っ最中のアーズと娼婦が居た。いや、それよりかは――


「おい、死んでおるぞ」


 ノーンが娼婦を指差した。アーズは娼婦の首を絞めていた。娼婦の口からは唾液が伝っている。

おおかたナナの一件でイラついていたのだろう。幾らスラムの安い娼館とて死人が出たら払う金額も増えると言うものだが。


「閉めろ」


 イリアルがそうノーンに命令する。ノーンはため息をつきながら、入り口を閉めた。

 二人が入ってきたのにも関わらず、アーズがまだ行為を続けていたのは、部屋中に散らばっていた薬物のせいだろう。ハイになって女を抱いているのだ。周りなんて見えていない。

アーズ本人も鼻と口から体液を垂れ流しながら、まるで動物のように女を貪っている。


 ノーンはイリアルの様子を見て、部屋に魔法をかけた。防音魔法とでも言おうか。まぁこんな安っぽい娼館から悲鳴が上がっても、誰も不審がらないだろうが、念のためだ。

 そして角にあった椅子に腰掛けて、どこからか読みかけの小説を取り出した。これから始まる行為は見飽きている。時間を潰すための読書である。

特注の栞を外して読書を始めた。


 イリアルは娼婦とアーズを引き剥がした。そして娼婦の瞳を閉じてやり、額に優しくキスを落とした。

引き剥がされたアーズはそのまま転がりベッドから落ちた。まだハイのままだ。


「おい、おーい」

「あ〜?」

「はぁ、ったく……」


 イリアルが右手をかざすと、一本のナイフが現れた。これもノーンの力である「欲深き手腕スキルズオブグリード」だ。右手に宿された能力で、生き物以外の欲しい物を念じるだけで手に入れられる。もちろん、彼女が愛してやまない野菜スティックでさえも。

 デメリットがあるとすれば、召喚できるのは一度に一つだけ。その出したものをしまうか壊れるか、食べ物などであれば無くならない限り、次のものを出せないのだ。


 イリアルはその取り出したナイフを、アーズの太腿に深く突き刺した。もちろん激痛がアーズに降りかかる。流石に目が覚めたようで、大きな叫び声を上げた。


「が、ぎゃあぁあぁあああぁ! 何すんだよぉ、足が、あしがぁあ!」

「汚い声だな」

「お、おまえ! おま、ギルドのッ」

「女の子をさぁ、殺しちゃダメだよなぁ」


 刺したナイフをゆっくりと引きぬけば、また叫び声が上がった。そしてもう片方の足へと突き刺す。また男は叫ぶ。

ナイフをスキルで回収すれば、男は這いながら入口へと向かっていく。側にはこの状況を完全に無視して本を読みふけるノーンが居た。


「おーい、外に出すと面倒だから出すなよ」


 イリアルが気怠そうに告げると、ノーンは心底面倒そうに部屋の扉を一瞥した。ページをめくる手を止めて、扉の方へ指を振ればそこにあった木製の扉は消滅。ただの壁になった。

這いずる男の顔は一気に絶望になった。

部屋の両サイドには窓もあるが、這いずっている状態では無傷のイリアルには勝てまい。しかも付添によくわからない魔法少女がいるのだ。


 それから部屋中に男の叫び声が長い間響いたが、誰一人としてそれを聞きつけた者はいなかった。

しばらくして、部屋には二人の死体が転がることとなった。


 ノーンはやっと終わったか、と顔を上げる。読んでいた本に栞を挟んで閉じた。そしてそれを空中に投げるとしゅわりと霧のように消えてしまった。そのままイリアルへと歩み寄った。

 もとより綺麗な格好をしていたわけではないが、それでも血まみれで街中を歩いていれば誰もが異変に気付く。ノーンがイリアルの服へ触れると、血液が綺麗さっぱりと消え去った。

 部屋の防音魔法を解いて、入口の扉を復元する。そして側にあった小窓を指差せば、そこがギィと音を立てて開いた。


「イリアル」

「ん」

「帰るぞ。時間が経てば受付が確認に来る」

「ん」

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