始まり

「必要だ」

 放課後、星桜は鞄に教科書などを詰め帰る準備をしていた。当たり前だが、弥幸はもう教室内にいない。

 星桜は自身の怪我に気をつけながらゆっくりと準備をしていると、翔月が手伝うように鞄を広げる。


「あ、翔月。ありがとう」

「別に。一応チャンスはものにしたいからな」

「チャンス? ────あっ」


 星桜はチャンスと言う言葉に首を傾げたが、すぐになんのことかわかり赤面。もごもごと何かを言っている。目を細め、翔月は薄く笑い「ほれ」と帰る準備を手伝った。


 話しながら帰る準備をしていると、突然ポケットの中に入っていたスマホが震えだす。


「あれ」


 ポケットからスマホを取り出し画面を開くと、手紙のアイコンに数字のマーク。メールが届いたことを知らせるものだった。


 星桜は疑う事はせず、親指でメール画面を開いた。


 メールの差出人は不明。件名もなし。

 本文には”屋上に来い”の一言。


 翔月は怪訝そうな顔を浮かべ「イタズラじゃね?」と言葉をこぼしていたが、星桜は清い笑みを浮かべながら天井を仰ぎ、その後大きなため息を吐いた。


「イタズラの方が何倍もマシだったかなぁ。だって、無視すればいいんだもん。でもこれ、無視したら私、燃やされるやつだね。多分、おそらく、きっと、絶対」

「……ん? 燃やされる? どういうことだ?」

「来ればわかるよ」


 死んだような笑みを浮かべた星桜に、翔月は「お、おう」と苦笑いを浮かべながら頷いた。


 ☆


 二人が屋上に行くとドアは開けられており、柵に寄りかかっている男性を一人見つける。パーカーのフードを深々と被り、空を見上げていた。


「赤鬼君、いきなり呼び出すのはやめて。あと、どうやって私のメールアドレス──」

「今日も君は妖傀に襲われる。だから、呼び出したんだよ。今回の妖傀はその男より恨みが膨らんでいるから、相当危険だろうね」


 駆け寄りながら文句をぶつけようとした星桜の言葉を途中で遮り、弥幸は用件だけを早口で伝えた。


「えっと、私色んな人から恨まれすぎじゃないですか?」

「大丈夫だよ、安心して。人間は憎み憎まれの間柄で成り立っている。君ばかり悪い訳では無い」

「馬鹿にしてます? あと、哀れみの目を向けるのやめてください」


 弥幸は振り向き、星桜へと近づき肩に手を置く。彼女に向けられる瞳は哀れみの目、同情するような口調。

 青空が広がり、心地のよい風が吹く中、星桜は苦笑を浮かべ弥幸を忌々しい瞳で見返した。肩に置かれた手を離させ、ため息を吐く。


 翔月は弥幸の言葉に驚き、唖然と立ち尽くす。震える指で弥幸を指し、あわあわと問いかけた。


「え、おまっ。やっぱり、本当に。あの、狐面の男? 星桜が名前を零していたからそうかなとは思ったが、マジで?」


 弥幸は翔月の言葉で無言になり、払われた右手を星桜の頭へと伸ばし、鷲掴む。


「やってくれたね。まぁ、バレるとは思っていたし、もう隠す必要はないと思っていたからいいけど。だから、今ここで話し出そうとしたんだしね」

「なら、頭に置かれている手をはな──あたたたたたた!!!!!」


 恐怖で顔を青ざめながらも、弥幸の手を離させようとする。だが、彼女の想いは弥幸に届かず、頭に置かれた手に力を込められた。頭が割れそうなほどの痛みに、星桜は涙を流しながら叫ぶ。それを、翔月は苦笑いを浮かべながら眺めていた。


「…………仲良しかよ……」


 ☆


「んで、今回君を呼んだのは他でもない」


 弥幸は柵に寄りかかり、腕を組みながら本題に入る。

 星桜は頭を撫でながら彼を睨み、翔月は心配そうに彼女を見ながら耳を傾ける。


「今晩、おそらく今までより強い妖傀が現れる。今回は一発目で何とかしたい。そのためには、君の精神の核が必要だ」


 弥幸は真剣な表情で星桜を見ながら言い放つ。


 今までも星桜にとっては恐ろしい戦闘だった。体は固く、腕は複数伸びており不気味。それに加え、巨大な体に地を這うような声。戦闘を行っていたのは弥幸で、星桜は見ていただけだが、それでも思い出すだけで体が震えてしまう程の恐怖が埋められた出来事だった。なのに、それ以上の恐怖がこれから待ち受けていると知る。彼の表情で察するに、嘘でも冗談でもない。


「私……。私は、何をすればいいの?」

「君にはこの後僕の家に来てもらい、逢花と共に精神のコントロールを身につけてもらいたい」

「精神のコントロール?」

「そうだよ、それくらいなら一晩でなんとかなる。元々君の精神力は弱くないように見えるからね。すぐに挫折することは無いと思ってるよ」


 言い切る彼には迷いがない。それだけ信じているのか、またほかに理由があるのか。

 星桜の頭の中では、これから何をされるか分からないという不安が駆け回り、げんなりとした表情を浮かべた。それは翔月も同じで、恐る恐る手を上げ、腕を組んでいる弥幸に問いかけた。


「エット、具体的にはどんなことをするんだ?」

「簡単だ。星桜にとってのトラウマとなっている過去を映像化し、何度も何度も見せて精神力を強くする。まぁ、何度かは心が折れてしまうかもしれないけれど、仕方がないね」

「「待って?!?!!」」


 星桜と翔月は同時に制止した。顔は青く、焦っている。


「なに?」

「怖いよそれ!!! というか、そんなことするなんて……」

「一晩でやるにはこれが一番効率的なんだけど。他の方法となると──」

「なにっ?!」


 救いの言葉に縋るように、身を乗り出した星桜は弥幸の次の言葉を待つ。


「そうだねぇ……。精神的負荷を与えないといけないけど、トラウマ系が嫌なのなら物理しかないね。例えば、君の体に切込みを沢山入れ、治し、そしてまた切込みを入れて痛みから心の強さを引きだっ──」

「却下!!!!」


 星桜は弥幸の説明を最後まで聞かずに即却下。面倒くさそうに「ワガママすぎじゃないの」と弥幸はげんなりとした様子で文句をぶつける。


「それはおかしいでしょ!!! あ、そうだ。逢花ちゃんなら赤鬼君よりいい案を出してくれるかもしれない!! 逢花ちゃんに聞いてから決める!!」


 星桜は必死に頭をフル回転させ言い、弥幸は「仕方がないな」と頭を掻き屋上を出ようとする。星桜は息を切らし、翔月はポンッと肩を叩き、小さな声で「ドンマイ」と口にした。

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