「突き落としたのに」

「────へっ? いやいや、ありえない。思っていた人じゃなかったというか、性格がまじでダメ。あんな人好きになる人はいないと思う!!」


 星桜は翔月の言葉を耳にした瞬間、眉間に皺を寄せ顔を青くし、全否定。今も小さな声で文句をグチグチと言っている。翔月は彼女の反応に驚いたが、すぐに吹き出すように笑いだした。

 何故彼が笑いだしたのかわからず、星桜は「え、翔月?」と疑問符を浮かべながら名前を呼ぶ。


「あははっ。いや、お前。どんだけ嫌そうな顔してんだよ」

「え、いや……だって。多分、翔月も赤鬼君と関われば分かるよ。本当に自分勝手なんだよ。相手の事情なんて一切考えない人なんだよ」


 涙を拭きながら言う翔月に、星桜は頬を膨らませ文句を返す。

「わかったわかった」と、翔月は星桜をなだめるように頭を撫でてあげ、そのまま「帰るぞ」と歩き出した。


 頭を撫でられたことに驚いたが、すぐ我に返り、遅れないように駆け足で翔月の横へと走る。隣まで来た星桜を確認すると、またしても笑みが込み上げてしまい、笑い声を零す。


「ちょっと、そこまで笑うことなくない?」

「お前がそこまで言うなんてな。ははっ」


 翔月は何か、スッキリしたような顔で満天の星空を見上げた。彼の瞳にちりばめられている星が映り、揺れている。澄んだような瞳を目にし、星桜はポカンとあほ面を浮かべた。


「完全なる俺の負けじゃねぇか」

「翔月? そんなに星好きだったっけ?」


 翔月の呟きは星桜には聞こえず、夜空を見上げている翔月に問いかけた。横目で彼女を確認すると、「嫌いではないな」と短く告げる。

 よくわからないまま、星桜は翔月と同じ景色を見るため夜空を見上げた。


 雲一つなく、綺麗に輝く星が散りばめられている夜空。先ほどまでの殺伐とした空気が嘘のように今は穏やかで、心が洗われるような景色に二人は押しを止め見惚れていた。


「綺麗だね」

「そうだな。ところでなんだが」

「ん?」

「あの狐面の男って、俺達のクラスにいる不思議ボーイと名高い、赤鬼弥幸なのか?」


 翔月の静かな問いかけに、星桜は顔を青くし、口をパクパクしながら固まった。


 ☆


 月曜日。星桜は久しぶりに翔月と共に学校へと向かっていた。


「日直だからって早く来すぎたかな──あ」


 星桜は呟きながら教室に入ると、いつも通り机に突っ伏して寝ている、弥幸の姿が目に映る。


 二人は顔を見合せたあと、怪しい笑みを浮かべ、ゆっくりと弥幸へと近づいた。


 そして──………


「「────わっ!!!!」」



 ────がたっ



 二人が息を合わせ、弥幸の耳元で声を出し、驚かせる。

 弥幸は爆睡しており、近づいてきていたことには気づいていなかった。そのため、簡単に驚き椅子から転げ落ちる。衝撃で被っていたフードが取れ、銀髪が露となってしまった。真紅の瞳を見開き、隣でニヤニヤと見下ろしてくる二人を見上げる。


「ドッキリ」

「大成功!!!」


 翔月と星桜は「イェーイ」と嬉しそうにハイタッチ。そんな二人にすぐ反応出来なかった弥幸は、珍しく呆然としていた。

 

 喜んでいる二人を数秒見続けた後、やっと状況を把握した彼は、眉間に深い皺を刻む。呆れたように大きくため息を吐き、服についた埃を払いながら立ち上がった。その際に問いかけられた翔月の質問に、動きが止まった。


「なぁ、星桜から聞いたんだけど。土曜日の日に現れた狐面の男って、お前であっているか?」

「ちょ、翔月!? それは本人に言わないでよ! 私は口止めされてたんだから!!」


 星桜は弥幸に怒られることを怖がり、咄嗟に翔月の口を塞いだが時すでに遅し。弥幸は無表情で怯えている星桜を見た。何も話さず見つめられ、星桜はカタカタと体を震わせ翔月の後ろに隠れた。


「はぁ、仲直り自慢はめんどいから他でやってくれない? 僕は眠たいんだから邪魔しないでよ。他人の気持ちにもう少し寄り添ってもらわないと君達孤独死するよ? あ、でもそれを狙っているのなら僕からは何も言え──」

「狙ってないわよ!!!」


 弥幸は目を擦りながらつらつらと嫌味を言う。それを見ていた翔月は、苛立ちより逆に感心して目をぱちくりさせていた。


「お前、そんなに話せたのか……」

「僕はめんどくさい事に巻き込まれたくないから話さないだけ。話すこと自体は嫌いじゃないよ。むしろ、慣れた人とは沢山話したいと思っているくらいだ」


 言うと欠伸をして「でも、今は眠いから寝る。邪魔しないでね」と椅子に座り直し、また突っ伏してしまう。

 二人はまたしてもお互い顔を見合せ、呆れ気味に笑う。ポケットに手を入れたかと思うと、星桜は一つの袋を取り出し机に置く。何も言わずに、その場から離れ日直の仕事にとりかかった。


 その袋はラッビングされた水色の袋。袋の留め具には小さなメモが付けられていた。

 弥幸は顔を少しだけ上げ、そのメモを確認する。


 

【助けてくれてありがとうございました。これからも精神の核を持っている者として全力を尽くしますので、ご指導よろしくお願いします。 翡翠星桜より】



 女性らしい丸っこい文字で、そのように書かれていた。読んだあと、苦い顔を浮かべた弥幸だったが、翔月と楽しげに話している彼女の姿を確認すると、安心したようにまた目を閉じた。


 ☆


 翔月と星桜がまた一緒にいる時間が増えたことにより、凛は廊下で何かに耐えるように歯を食いしばっていた。


「せっかく、突き落としたのに──」


 呟かれた声には憎しみ以外の感情を感じ取ることが出来ず、悲しみや怒りといった負の感情が凛を包み込んでいた。


 弥幸は一人で居た凛の姿を確認したあと、ポケットからスマホを取りだしメールを打ち始める。


 宛先は逢花、メールの本文には端的な一文。


【今晩にでも新たな妖傀が翡翠を襲いに行く。準備をしておいてくれ】

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