宇津木朔日は嘘を吐く

本日は二話同時更新(2/2)





 今から帰って寝るのも怠い。

 そんな空気が漂ったので、僕と先輩はそのままありがとラーメンでぐでぐでとしていた。

 先程までの違いと言えば、流石にアルコールが抜けないのは拙いと判断した先輩が瓶ビールからウーロン茶に変えたことくらいだろう。

 そうして朝の五時、閉店までを過ごした僕らは昇る朝日に合わせる様にして出勤することにした。

 自殺屋の扉を潜ると、唐木さんが歓迎する様に出迎えてくれた。


「止めてくれて、良かったです」


 軽く涙ぐむ小動物系女子には思わずハグしたくなる可愛らしさがあった。多分、しても許されるシーンだとも思う。

 それでも僕はしなかった。

 受け入れてくれるかは、分からない。

 それでも同じ職場の人位には僕のことを話しておこうと言う気になっているのだ。

 拒絶されるかもしれない。キモチワルイと思われるかもしれない。少なくとも、全く同じ様に接して貰えるとは思えない。

 だが、唐木さんと野村さんが僕を止めてくれたことに嘘は無かったのだ。

 僕と言う特異性に気が付かなかったからかもしれないけれど、そのことは嬉しかったのだ。

 だから話す。

 耐えられないことがあれば“おわり”を迎えると言う選択肢だってある。前を向いている様で後ろ向きだが、今の時代に、それは許されている選択肢なのだ。

 おにぎりカフェのことを思い出した。

 ベーシックインカムが夢を追うことを許してくれた様に、自殺屋の存在は人生にこういう投げやりなトライを許してくれるようだ。

 それは良いことか悪いことなのか、僕には未だ判断が付かない。

 それでも僕にとっては救いだった。最終手段がある。逃げ場所が用意されているのだ。

 兎も角。

 話が大幅に脱線したが、兎も角。

 僕は何時か話すことにした。

 その時、ここでハグをしてしまったら色々と拙いのではないだろうか? と思ってしまったので、止めたのだ。

 それだけだ。


■□■□■


 引継ぎを終え、A直の業務を開始した。

 飲みからの直行業務だが、二十代の僕は、まぁ、平気だ。

 テンションに任せて徹夜をしても若さが無理を許してくれた。眠気は確かにあるが、一日くらいなら未だ平気だ。

 だが三十代の先輩は色々とダメだった。

 徹夜は三十を超えると一気に辛くなる。そんな話を聞いたことがある。遠い未来。或いは近い未来のことではあるが、僕には未だ分からない話だ。

 そのはずだった。

 何と言うか、先輩がソレは事実だと教えてくれた。

 使いモノにならねぇのである。

 仕方がないのでアイザッくんを起動。

 彼は僕を見て一瞬フリーズして、金属剥き出しの右目を点滅させた。

 館内のPCにアクセスでもしているのだろう。数瞬で彼は僕の“おわり”が取り止めになったと言う情報を拾って――


「近衛さんが“おわり”を選ばなくて嬉しいです」


 と、笑ってみせた。

 やっぱり本当にそう思っている様に見えたし、聞こえたので僕はまた笑ってしまった。


■□■□■


 所長が出社して来た。

 既に僕のことは伝わっている様で、眼鏡の奥の瞳をゆるく細めて「これからもよろしくね」と言ってくれた。


「色々とご迷惑をおかけしました」


 そう言って頭を下げれば


「スマホ、新しく契約しなおすまでは私の予備を使ってね」


 そう言ってスマホまで貸し出される始末である。

 一応、今日の帰りにでも契約しなおすつもりではあるが、コレは素直に有り難い。借り受け、取り敢えずまずは所長を登録。次は――


「先輩」

「――おぅ」


 声が小さい。机に倒れ込んでいる。

 今にも死にそうだった。余り動かさない方が良いだろう。そう判断し「スマホ、借りますよ」と言って立ち上げる。プロフィールを確認し、番号を登録……しようとした所で、何か違和感を感じた。


「?」


 右手と左手。それぞれで持ったスマホの何処かがおかしい。何かが気になった。何処だ? と少し離して両方を眺めてみる。「あ、」と気が付いた。


「パイセン、パイセン。パイセンのスマホ、三十分程時計が遅れてるんですが?」


 どういうことでしょうか? と、僕。

 そうなると色々と言いたいことが出来てしまうのですが?

 軽く、声に咎める様な色が混じった。


「あー……戻すの忘れてた」


 だがソレを向けられたパイセンの方は、それがどうした? と言う態度だった。濁音を吐き出しながら手を伸ばし、返せ、とのたまっている。


「先輩、妹いるんですか?」

「居るぞ? 結構年が離れてるんだ。お前も写真見ただろ?」

「……現在形ですね」

「流石は文系」


 机に突っ伏して居た顔を上げて、にやにや笑うパイセン。


「……嘘だったんですね?」

「午前中だったからな」


 俺のポリシーは知ってるだろ? と嘘吐きが言う。

 あの話をしたのは先輩のスマホで二十三時五十六分。

 午後の先輩は正直者だが、午後と言うこと事態が嘘だった。だから先輩に妹はいても、彼女は性同一性障害では無いし、それが原因で死んでも居ない。ついでのおまけに妹思いのお兄ちゃんも居ないと言う訳だ。


「……信頼していた先輩に裏切られて人間不信になりそうです」


 じと、と湿度を滲ませる半目で僕。


「そうか? だがどんなに傷ついても、お前は一年は自殺屋は利用できないぞ?」


 だが、そんな視線は何のその。先輩は平気な顔で、悪びれもせずにそんなことを言う。

 自殺屋を利用できない条件の一つに『心因性終末ケアセンターへの入所を取り消してから一年が経過していない場合』がある。

 僕は今現在、この条件に引っ掛かる。

 だから僕が“おわり”を選ばなかった理由が嘘だったと分かっても、再び“おわり”を選ぶことは出来ない。自殺。本物の――と言う言い方は少しおかしいが、自殺屋を使わない自殺であればその限りでは無いが……

 何と言うか、この裏切りは奮起には繋がらず、脱力に繋がっていた。

 人間は動物で、動物は生きたがりなのだ。

 死にたくない理由は結構簡単に見つかる。

 取り敢えず、僕は先輩の嘘を理由にそう言う終わり方は選びたくなかった。


「なんつーか、やっぱパイセンはナチュラルに最低ですね」

「はっはー、酷いことを良いなさる」


 傷ついたわー、と机の上でアフロが溶ける。


「ま、これで一年間の時間は出来た。その間に親離れしろ。お前は微妙に良い奴だから親御さんへの感謝が捨てられんようだが……はっきり言ってやる。お前の親は、お前が思っている以上におかしいぞ」

「……おかしな親からおかしな子供が生まれたと言う訳ですね」


 笑えねぇー、と半笑いで僕。

 薄々そうは思っていた。

 それでもこうしてはっきりと言われないとソレを認識出来ないのだから不思議なモノだ。

 僕はもう成人している。

 両親は僕の居場所になってくれない。それ所か世間体の為、或いはドラマティックな演出の為に、僕を責めたてる。

 子供の頃ならば彼等が必要だった。

 だが今。成人した今は、彼等が僕を不要とする様に、僕の方も、彼等は既に僕の人生には必要なかった。

 親が僕を要らないと言うのなら。

 僕だって彼等は要らない。

 分かって欲しい。そう思って、或いは何時か分かってくれるかも、と抱いていた希望は、もう捨てる時期が来たと言うことなのだろう。


「……所で先輩?」

「……どうした後輩?」

「先輩がホモじゃないって言ったの、先輩の時計で十一時半回ってたんですよ」


 つまりは午前だったんですよ。

 正直者の先輩じゃなくて、嘘吐きな先輩の答えだったんですよ。


「ホモなんですか?」

「……ホモではない」


 即座に返って来た言葉に、にんまりと僕は笑う。


「先輩、残念ながら――午前中です」


 午前中の宇津木朔日は嘘を吐くので信用できない。

 そういうことだ。








あとがき

ラストの主人公のセリフは個人的には結構好き。

でも流れ的には〇んでおくのが自然な気がする。

そんな感じ。


そんな訳で”僕”とパイセンのお話はこれでお終いです。

短い話ではありますが、本当に、本当に、本当に、最後までのお付き合い、ありがとうございます。

……うん。間違いなくweb小説に求められる作品じゃねぇな、コレ。


また気が向いたら何か作品を挙げると思いますので、その時もお付き合い頂けると嬉しいです。


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自殺屋宇津木朔日は嘘を吐く ポチ吉 @pochi

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