第6話 装備の強さ

 ヨルハと約束を交わした俺は馴染みの防具屋にやって来ていた。

 まだ昼前だし、ヨルハの実力を確認するためにダンジョンに入ろうということになったからだ。


「ヨルハは回復魔術師だし、とりあえず怪我をしないようにローブだけ新しいのを買っておこう。本格的に装備を整えるのはダンジョンから戻ってからな」


「わかりました。ではこのローブで」


 そういってヨルハが差し出してきたのは地味な灰色のローブ。

 見るからに安物でなんのエンチャントもされていない【ノーマル】装備――冒険者のレア度を現す用語で市販品の意味――だった。


「それじゃあ今着てるそのローブと変わらないだろ。親父、この娘のサイズで一番いいローブを頼むよ。≪クリエイト級≫があればそれでもいいが無ければ≪マジック級≫でもいい」


 俺が防具屋の親父にオーダーしたのはマジック級――エンチャント付き魔道具でノーマルの上のランク――もしくはクリエイト級――マジック級の上のランクの職人逸品物――のことで、これらはノーマルも合わせて普通に地上で手に入るものだ。


 ダンジョン産だとレジェンド>レリック>アーティファクト>マジック>アンコモン>コモンとなる。

 マジック級は地上で職人が作れるマジック級やクリエイト級に相当する。

 勿論、腕のいい職人はアーティファクト級に届きそうないいものを造れることもある。

 アンコモンとコモンはノーマルとマジック級程度、まあ、ピンキリだ。


「こりゃあ珍しい。俺ぁてっきりお前さんは冷やかすだけでうちで買い物なんざするつもりはないんだとばっかり思ってたぜ」


「何言ってるんだよ。俺は昔から贔屓にしてるじゃねえか。ヨルハ、親父はこう見えて腕がいい。俺も駆け出しの頃から何年も世話になったんだ」


「最近はダンジョンで手に入れた装備ばっか使ってるじゃねえかよ。俺ぁ悲しいぜ」


「うぐっ」


 親父はクリエイト級の装備の製作に何度か成功したことがあるほどの腕前だが、S級ダンジョンに挑むようになってからはやはりクリエイト級では厳しく、最近はダンジョン産の装備しか使用していないのは確かなので罪悪感がすごい。


 とはいえ俺もラッシュをはじめ、世話をした冒険者たちにこの店を紹介したり貢献はしてたと思うんだけどなあ。


「さて、それよりも嬢ちゃんのローブだったな。用途は? どうせお前のことだ、自前でもいいもん持ってんだろ? 長く使わねえヤツにわざわざ良いもん売ってやるつもりはねえぞ」


「え、あ、えっと……?」


 親父はざっとヨルハのことを観察したあとにそう言う。

 まだ距離感を掴めていないヨルハはどうしたらいいのかわからない様子で戸惑っている。


「ヨルハは回復術師なんだ。今回は実力を確認するためにG級ダンジョンに向かう。一応安全のために良いものをと思ってだな」


「てめえ、G級程度のダンジョンに俺の傑作のクリエイト級やマジック級を持ってこうとしてたのかよ! このバカったれが! G級に行くならノーマルで十分だ。その中で一番良いものを持ってきてやるから待ってろ」


 俺を叱りつけたあと親父は店の奥へと消えていく。


「あの……アルメスさん、大丈夫ですか?」


 恐らく俺と親父の仲を心配したのだろうヨルハが近寄ってきて俺を見上げる。

 俺の腹くらいの位置にある頭を精一杯持ち上げている様はまるでをしている子犬みたいだ。


「心配ないよ。親父は俺がガキの頃から世話になってるからな。なんていうか……いつまで経っても子供扱いしてくるんだよ。俺もヨルハと同じで親もいなくて一人で別の国からブロンディアに流れて来たからな。嬉しいんだか煩わしいんだか、なんだかこういうことを言うのはくすぐったいな」


「アルメスさんもわたしと同じだったんですね。一人で、それでも冒険者として強くなれたなんて……とても立派です」


 ヨルハは胸の前で両手をぐっと握りしめて頷いた。

 それは自分も強くなろうという決意なのか、同じように一人流れてブロンディアで冒険者になった俺への慰めなのかはわからない。


「そうだな。俺は一人でも強くなれた。ヨルハには俺がいるから、二人だ。俺よりももっと強くなれるかもしれないな」


「それじゃあ、わたしがもっと強くなったらアルメスさんももっと強くなれますね!」


 先ほどまで心配そうにしていたヨルハが少し頬を赤くしながらにこりと微笑む。


 俺ももっと強く、か。

 S級ダンジョンをソロで踏破してからは周りに並んで立つ連中がいなくなって、後方から後輩の背中を眺めているばかりだった。


 ヨルハとなら、俺ももっと高みを目指せるだろうか。


 いや、目指そう。


 こんな小さな女の子が必死に上を向いているのに、俺が止まってしまえばヨルハの目標が低いものになってしまう。


「じゃあまずはヨルハが強くなれるようにしなきゃな」


「はい! よろしくお願いします!」


「おうおう、それじゃあこいつを使って頑張ってきてくれや」


 ヨルハが元気に頷いたところで、店の奥から戻ってきた店主が机の上に真っ白なローブを広げる。

 雪のように白い無垢なローブは、白銀の髪と紅い瞳のヨルハに良く合いそうだ。


「……あの! 親父さん! 試着室をお借りしてもいいですか?


「ん? お、おう。あっちだぜ」


 俺の話を聞いてどんな心境の変化があったのか、先ほどまで怯えていた防具屋の親父に自分から声を掛けて試着室に駆けこんでいくヨルハ。

 親父と呼ばれたことに驚いている親父がまたおかしくて笑いそうになる。


「オイ、何か言いてえことがあんなら言えよ」


「ぷっ……くく、な、なんでもないよ」


「てめえ! アルメス!」


「いてっ」


 笑ったら小突かれた。

 ガキの頃は痛かった親父の拳もS級になった今じゃ本当はこれっぽちも痛くないのが少し寂しい。


「師匠! どうですか!」


 試着室から飛び出してきたヨルハが俺の前で嬉しそうにくるりと一周すると、白銀の髪ともふもふの尻尾が空気を含んでふわりと揺れる。


「ん? 尻尾?」


「ああ、裏で加工してきたんだよ。獣人の嬢ちゃんにゃそのほうが楽だろう」


 いや、ヨルハは雪狐族だってことを隠しているんだが――の割には本人が嬉しそうなんだよな。


「わたし、強くなるので! まずは外見から……じゃないですけど、隠れて生きるんじゃなくて、ちゃんと本当の自分の姿で胸を張って生きてみたいんです! だから……親父さん、ありがとうございます!」


 ああ、なるほど。

 ヨルハはもう自分と向き合って強くなるために努力を始めているのか。


「ヨルハ、似合ってるぞ。とっても綺麗だ」


「嬢ちゃん、素敵だぜ」


「……!!」


 とはいえ、褒められ慣れていないのか顔を真っ赤にしてヨルハは下を向いてしまったが。


 親父が寄越したローブはたしかにノーマル級の品だったが、親父がヨルハのために加工してくれたことでヨルハは既にひとつ強くなったらしい。


 まったく、いい仕事をしやがる親父だ。

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