第5話 雪狐族のヨルハ
「あんたたち、騒ぐならどっか行っとくれよ」
雑貨屋の店主にジト目でしっしっと追い出され、へこへこと頭を下げて店から出る。
回復術師の女の子はどうしたらいいのか戸惑っているのかきょろきょろと挙動不審に後をついてくる。
鴨の雛みたいで可愛らしい。
それはともかくとして、いつまでもこの状況は良くないので、広場の適当なベンチに腰掛ける。
「えっと、きみも座る?」
「おじゃまします」
一人分の余分なスペースを空けて二人並んでベンチに腰掛ける。
「さっきはその、きみの仲間に手を出して済まなかった」
「それは……正直に言うとスカッとしてしまったところがわたしにもあって。だから、謝らないでください」
「そう言ってくれると助かるんだけどね。きみは彼らにその……あまり良くされてなかったようだけどこれからどうするんだ?」
もしもこの少女があのパーティに戻りたいなら、あいつらがこの子に治療費を請求する可能性もある。
だからその場合には少女にお金を渡すつもりでの質問だったのだが。
「……あの、ヨルハです。きみ、じゃなくて、名前」
「ああ、済まない。俺も名乗ってなかったな。俺はアルメス。野良のS級冒険者だ」
「野良? S級……!? わたしまだ冒険者のことってよくわかってないんですけど、それってとってもすごいんですよね!?」
気のせいか目深に被ったフードに隠された瞳がなんだかキラキラしてそうに感じる。
というか、冒険者のランクのこともよくわかってないってことは本当に駆け出しなんだな。
「すごいと言えばすごいんだけど、それより今はきみ……ヨルハのことだよ。あいつらのところに戻るのか?」
「どうなんでしょう……戻ろうにもクビになっちゃいましたし、かといって行くあてもないので。バルドとマールの言った通りに治療院で働こうにもそれこそ伝手なんてないですし」
さっきの雑貨屋での話を聞いた限りだと下位のヒール数回で魔力切れを起こすそうだし、もうちょっと魔力量を伸ばさないと確かに厳しいだろうなあ。
「……それに、わたしが働いたことでそこで迷惑を掛けちゃうかもしれないと考えると……」
「ん? どういうこと?」
「バルドやマールが押しかけてくることもあるのかなって……それに……その……」
ああ、そうか。
あいつらが治療院への転職を勧めたのはそれこそ治療院への伝手作りに利用して安く、あわよくば無料で治療を受けようと考えることだってあり得る。
まあ、それが考えすぎだとしてもその後待っているのはヨルハの気持ちを利用していやらしいことをしようとしていることだろう。
――この先のことをヨルハに口にさせるのは可哀そうだ。
「なあ、ヨルハの気持ちはどうしたいんだ?」
「気持ち、ですか?」
「そうだ。行くあてが無いからなんて消極的な選択じゃあなく、ヨルハのしたいことはなんだ?」
俺が関わらなければヨルハはもしかしたら、もうしばらくの間はバルドたちに馬鹿にされながらでも耐えていれば一応の暮らしはできていたかもしれない。
そう考えると、手を出してしまった責任もあるし多少の手助けはしてやるべきだと思う。
「わたしは……強くなりたいです」
そう言ってヨルハは目深に被っていたフードを脱いだ。
雪のような白銀の長髪、そこから飛び出した先端の尖った獣耳。
これは……驚いたな。
狐耳族。
しかも
裏の世界ではその美しい容姿と希少性からエルフよりも高い価値で取引され、ただでさえ少ない種族の数を減らしてしまっていると聞く。
「わたしはアルモアの北部の山奥で暮らしていた雪狐族です。幼い頃に里は山賊に焼かれ、こうして特徴的な耳や尻尾をローブで隠して人里に隠れ住んでいたんです。だから、あまり人と話さないようにしていたので口下手で……自分の意思なんて持つ余裕もなくって、バルドにはうっかり耳を見られてしまってから目をつけられて……」
ヨルハはそうして、つっかえながら自分のことを話して聞かせてくれた。
スムーズに言葉が出ないのは身を隠さなければならず、最低限しか人と交流を持っていなかったから、それと人に対する恐怖心。
バルドとマールは年が近く、好奇心が旺盛で人里の近くで隠れて暮らしていたヨルハを偶然見つけ、よく遊びに来ていたらしい。
ヨルハも自分を襲ってこない二人を信頼して好意を持っていたが、バルドに雪狐族だということを知られてしまい、誰かに話されたくなければ一緒に来いと冒険者になるためにブロンディアに来たらしい。
雑貨屋で聞いた話じゃヨルハが一緒に行きたがったみたいに言ってたがそれすらも嘘なのかよ。
「だからわたしは、今まで自分から何かが欲しいとか、何かをしたいとか……そういうのは考えたことがなくって、でも、今回のことでよくわかったんです。このままじゃ、わたし、ずっと弱いまま。誰かに居場所も……自分の体さえも奪われていくんだって」
「だから強くなりたいのか」
「はい! バルドとマールを見返すくらいの冒険者になって、大金を稼いで、北部に散り散りになって隠れ住んでいる雪狐族たちのための国を作るんです!」
フードを脱いだヨルハの白い獣耳が震えている。
寒さに強い雪狐族が凍えているはずがない。
会ったばかりの俺に、本当の姿を現してまで勇気を振り絞って宣言したんだ。
――それにしたって。
「とんでもないデカい夢だな」
「あ……あうう……む、無理なのはわかってます! でも、アルメスさんがわたしの気持ちを言えって言ったから……」
獣耳がぺたりと垂れる。
落ち込ませてしまったんだろうか。
「無理なんかじゃないぞ。回復術師ってのはすごいんだ。ヨルハが本気ならその夢は叶うさ」
「……本当ですか?」
「S級冒険者の俺が言うんだから絶対に本当だ」
「S級の冒険者になれたら、国を作れますか?」
国を作れるか?
うーん……それはやってみたことがないからわからんが、どうだろうとは言えんな。
金ならたんまりと稼げるから可能かな?
金と力があればどうとでもなるか?
なるか。
「おう、できるぞ。S級冒険者が本気を出せば白金貨だってたんまり稼げるからな」
「し、白金貨!?」
白金貨は金貨百枚分。
金貨は銀貨百枚分。
銀貨は銅貨百枚分。
銅貨は鉄貨十枚分。
他にも銅貨以上は五十枚分の大硬貨というものがあるがとりあえず今は関係ないとして。
世界有数の大国であるブロンディアの白金貨といえばこの国の貨幣で最も価値があると言って良いだろう。
俺の指輪に付与されている収納魔法のマジックルームの中にも白金貨の小山がいくつかあるので、多分ちょっとした城くらいなら建つと思う。
「だがS級冒険者になるのは大変だぞ」
本当ならいつもみたいに師匠面して育成してやりたいところだが、昨日の今日で気持ち悪がられたら耐えられない。
ヨルハが本気でS級を目指すなら選別にいい装備が買えるように白金貨の一枚くらいくれてやってもいいだろう。
そんな風に思っていた俺に対するヨルハの答えは
「……………………あの、アルメスさん。こんなこと言うのはおこがましいというか気が引けるのですが……もし、もしよかったら、わたしの師匠になってくれませんか!?」
「いいの!?」
思ってもいないものすぎて食い気味に反応してしまった。
「はい! まだまだ何もできないですが、いつかアルメスさんのような立派な冒険者になったら必ずお礼もします! だから、だからどうかお願いします!」
「ははは。それじゃあヨルハが国を作ったら貴族にでもしてもらおうかな」
本当は師匠面して育成させてくれるだけで嬉しいんだけどね。
「それじゃあ――!」
パァっと表情を明るくして紅い綺麗な瞳がキラキラと輝く。
「ああ、俺がヨルハの師匠になって絶対にS級にしてやるよ」
「――約束、ですからね!」
にこっと微笑むヨルハの可憐で無垢な笑顔に込められた約束の意味を俺が知るのはずっと先のことだった。
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