第5話

 クラスメイト全員が漏れなく勇者としての素質があったようでなによりだ。

 勇者の能力は一様に『魔法』という形で現れるそうで、例えば「物質に新たな性質を付与する魔法」「人の心を読み取る魔法」「重力を操る魔法」というものがあるのだという。これらを再現する魔法はこの世界には存在しらいようで、俗にいう固有魔法だとかオリジナルスペルだとかそういった感じの、勇者だけにしか扱えない魔法なのだとか。


 料理人を手配しているというのも嘘ではなく、鑑定の儀が終わった者から順に食べ始めているそうである。救国の英雄となる勇者を国に招くという意味合いもあるため、選りすぐりの料理人がやって来ているらしい。やったね。


 そんな話を俺は別室で聞かされました。歴代の司教の肖像画が飾られている校長室みたいな部屋で、俺はソファに座らされたのだ。同室内には俺のほかに、にっこり司教と王女様、その護衛と思われる全身鎧姿の誰か。身長が高いが細身で、正直男性か女性かの判断がつかない。


 王女様がいるのであまり勝手な発言は憚れるだろうと思い黙って聞いていたが、そろそろ俺も朝ごはんを食べたくなってきた。

 みんなこの説明を受けたのだろうか。ご飯を食べてからでもいい気がする。


 やけに神妙そうに話していたが正直「はい、そうですか」で済ませてしまうような内容でしかなかった。この国の朝食もやはり西洋風なのだろうか。きっとそうに違いない。この国はところどころにヨーロッパ風を感じさせる。


 パンかな。やっぱパンだろ。小麦っぽい植物を加工してパンを作ってるに違いない。羊のミルクでバターとかを作ってるかも。この世界に牛っているのかな。地球だと乳製品は牛が主流だけど、ここはどうだろうか。


「……あの、聞いてましたか?」


「――あっ、はい。聞いてましたとも」


 聞いてなかった。お腹が空き過ぎてごはんの事ばかり考えていた。王女様も疑うような視線を向けてくるし、きっと感づいているに違いない。

 これは今まで話していた内容を反芻して聞いていたアピールしなければ。


「料理人が来てるんですよね、俺たちも行きましょう。お腹が空きました」


「ごはんの話しか聞いてないじゃないですか!」


「貴様、ルクス様を軽々しく食事に誘おうだなんて恥を知れ! いくら勇者といえども身の程をわきまえたらどうなんだ」


 全身鎧が急に声を上げた。女性の声質。女騎士ってやつか。

 そもそもルクス様って誰さ。文脈的に王女様だろうけれど。それにしても今にも斬りかかってきそうな剣幕だった。というか腰に差した剣に手がかかっている。


 王女様を食事に誘うのはご法度であることを覚えておかなければ。二度目は斬られる。でも、一人でごはんを食べに行くのは気が引けたんです。にっこり司教もご一緒にいかがですか?


「いやあ、すいません。昨日から何も食べてないもので……」


 と、あくまでも何も食べさせてくれないあなた方が悪いんですよと言外に伝えてみる。


「ふんっ、だいたい貴様は勇者ではないようだからな。礼儀がなっていないのも頷ける」


 女騎士さんはなかなかキツめなことを言ってきた。フィクションでたまに見る身分階級に固執するタイプの人なのかもしれない。勇者じゃないから礼儀がない、下の身分を蔑視するような物言いだ。


 ん?


 女騎士のある言葉が引っ掛かった。


「俺は勇者ではなかったんですか?」


「ええ。鑑定の儀の結果を見るにそう言わざるを得ません」


 王女様は俯きながらそう言った。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。確かに勇者さま勇者さまと持てはやしていたのに、ひとり勇者ではない人間が混ざっていたら、なんだか恥ずかしくはなりそうである。知ったかぶりをしていたのがバレたような、そんな気分なのだろう。


「でも、魔法陣は反応しませんでしたっけ」


「いえ。鑑定の儀自体は勇者であるかを区別するものではなく、その人に眠っている才能を見極めるものですので、勇者でなくとも手順を踏めば作用します」


 そう説明したのはにっこり司教だった。きっと鑑定の儀には一家言あるのだろう。


「ですので、シノノメ様が膨大な魔力を有しているのには変わりないのですが、むしろこれが問題でして……」


「はい。先ほどご説明した通り、勇者様の能力はすべて魔法という形で現れるのですが、シノノメ様の場合はこの勇者様固有の魔法ではなく、あくまでも魔力の保有量が膨大である、というだけの才能にとどまっていて、シノノメ様自身は勇者としての固有魔法がない状態なのです」


 王女様が言葉をつないだ。


 つまりは「固有魔法がなければ勇者として認められない」ということか。


「ということは勇者として働かなくても良いということですか?」


「ええ。確かに勇者として扱われなくなってしまうので、そうとも言えるのですが……」


 なんだか歯切れが悪い。


「勇者でないシノノメ様を他の勇者様と同等に対応することに問題が生じてしまいまして、シノノメ様だけは勇者様のためにご用意した歓待を受けることができなくなってしまったのです」


「俺は勇者ではないから歓迎されない、ということですか」


「端的に申し上げますと、そうなります」


「なるほど……」


 全然なるほどじゃない。やっぱり異世界はクソです。楽しめそうにありません。国に帰してください。


 勇者ではないというのは、覆しようがないようなので受け入れるしかなさそうである。しかし、俺は今後どのようにふるまえばいいのだろうか。勇者の金魚の糞として雑用を押し付けられそうである。


「一応は私の客人となっているので、不便をかけることはないとは思いますが、やはり勇者様方に比べるとどうしても幾分か劣ってしまうものになります」


 なんとか雑用係を回避できそうである。しかし、救国の英雄と歓迎されない客人とは、クラスメイトと随分差が生まれてしまった。きっと皆はおいしい朝ごはんにありつけているのだろう。


 朝ごはん?


「あの。そうなると俺の朝ごはんはどうなりますか?」


「今回手配した料理人は国王の命により勇者様を歓迎するために派遣されたので……」


 どうやら無いらしい。勇者でない弊害がすでにおきてしまった。思いのほか勇者ではないというのは苦労しそうである。


 異世界から来た、勇者ではない人物。


 王女様からしても対応に困るだろう。わざわざ召喚しておいて、不発だったのだから。適当なところ厄介払いされる可能性もあり得るだろう。異世界人なのだから、きっと罪にもならないだろうし、王族なのだからいくらでももみ消せる。


 俺はこの世界について何も知らないし、自分ひとりで生きていくことすらできない。客人として扱ってもらえる今のうちに、何かしらの準備をしておく必要がありそうだ。


 考えるだけで嫌になってくる。


 幸いなことに王女様はなんだか俺相手に後ろめたさがあるようなので、多少のわがままを聞いてくれる可能性が高い。例えば、この世界の知識を得るために、本を用意してくれるとか。魔法の使い方を教えてくれる先生を用意してくれるとか。


 できるだけ早いうちが良いが、今ここでお願いするのもなんだか不自然だし、今日のところは様子を見るだけにとどめておこう。


「一応は王女様の客人という扱いと聞きましたが、具体的にはどのようなものなのでしょうか」


「はい。他の勇者様と同様に、まずは王城にご招待します。客人用の部屋をひとつ貸しますので、基本的に寝泊りはそこでしてもらいます。衣食住の保障は致しますのでご安心ください」


 王城で過ごすことになるのなら、今後も王女様に接する機会はありそうだ。その時に、少しずつわがままを聞いてもらおう。


 王女様の話では昼前にはここを出発して王城へ向かうらしいので、あまり時間がない。時計もないので正確な時間はわからず、のんびりしている暇もなさそうだ。


 さすがにこの空腹にも耐えられなくなってきた。移動の最中はさすがに食事の機会は皆無だろう。


 だからこそ俺はこのわずかな時間で、食べ物を見つけなければならないのだ。

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クラス召喚されたのに俺だけ勇者じゃないってマジですか? 友上 錯汰 @xabcd1234

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