第4話

 異界から召喚された者は例外なく特異な技能を持っているらしい。


 らしい、というのは人伝ひとづてに聞いた話であることに加え、以前召喚の儀を行ったのが随分と前のこと過ぎておとぎ話になっているからである。幼い子供に読み聞かせるような絵本のような冒険譚があるそうだが、昨日の今日でその物語を読むことはできず、概要をなぞった程度だ。


 簡単に言えば世界が闇に包まれそうになった時、異界より現れた者が世界を救うというもの。


 冒険譚というのだから、世界を救うのに紆余曲折あったのだろう。それこそ魔王とか妖精とか神様とか、さまざまな困難を乗り越えた結果、勇者と呼ばれるようになるのだ。


 つまり、異世界からやってきた俺たちは勇者ではなく、その素質を持っているに過ぎない。勇者だから世界を救うのではなく、世界を救ったから勇者なのだ。


 なので俺たちが実際に勇者足り得るのか、勇者でなくとも何かしらの才能を持っていれば、それだけで国の助けになるらしい。そして、召喚された者は漏れなくその才能とやらを持っている。神託ではそうなっているらしい。ハズレのないくじのようだ。


 さて。俺たちのその才能とやらを審査するために、鑑定の儀というものを行うらしい。場所は聖堂。俺たちが召喚された場所とはまた別の施設らしい――というよりも教会としてはこちらがメインだそうだ。あの空間は召喚の儀にあたってわざわざ増設した特別な場所だという。


 勇者の技能は等しく神に与えられるものであるという考え方からとても神聖視されており、集団による鑑定の儀は執り行わないという。司教をはじめとする数名の教会関係者のみが同席するのだとか。それまでは別室で待機し、終わった者は待機していたのとはまた別の部屋に案内されるらしい。


 日の出とともに起こされて、俺たちは順番に鑑定の儀を受けに行く。朝食はまだ出てこない。待機するために案内された部屋には椅子だけが並べられており、なにか暇をつぶせるようなものを置いている様子はもなく、本当に『待機』するためだけの場所のようだ。

 こうして集まった面々を見ると、召喚されたのは寸分の狂いなく俺のいたクラスの全員で、誰かが足りないだとか、多いだとか、そういったことはなさそうである。ぞろぞろと部屋に入っていき、特になにも指示されなかったので各々が好き勝手に席を陣取った。同じクラスということもあり、仲良しグループで固まっている。俺は窓際まで椅子を引きずった。


「やあ、おはよう」


 後ろから肩を叩かれて振り返れば、のんきにそんな挨拶を受けた。入学以来何かと縁のある男だ。召喚される前も、教室では良き隣人として持ちつ持たれつやっていた。


「おう、昨日はぐっすり眠れたか?」


「いやいやまったく。寝具の質はあまり良いとは言えないね。寝つきが良くなくってさ、まだ眠たいよ」


 そいつはわざとらしくあくびをしてそう言った。昨日はそれなりに遅かったし、今日は今日で日の出とともに起こされたこともあり睡眠時間が足りなそうではある。


「シノメはあんまり気にしてなさそうだね」


「ヤマセが繊細すぎるんだろ」


「いやいや、シノメさんがズボラなんでしょうや」


 心外だ。俺は環境の変化に耐え切れず一度部屋を抜け出した男だぞ。


「のんきにお散歩してたってことじゃないか。余裕だねえ」


「余裕なんかじゃないよ。今でも頭はいっぱいいっぱいだから。よくとわからんところで、よくとわからん事に加担させられるんだから、不安にもなる」


「確かにねえ。ラノベかよって感じ」


 目の前にファンタジー世界が広がっているという好奇心はあるにはあるが、それでも自分の身の安全がどれほど保障されているのかという心配がないわけではない。今は勇者様ともてはやされているが、じゃあ用済みになったらどうなるのだろうか。きちんと地球に帰してくれれば文句はないが、そうとも限らないかもしれない。

 おとぎ話の概要はいつも勇者は世界を救ってお姫様と結ばれました、めでたしめでたしとなっていて、勇者が元の世界に帰ったという内容ではないのだ。きちんと物語を読んでみれば、実は帰っていたとか、帰れるけどこの世界を選んだとか、そんな可能性もあるので、あまり確信はできない。状況が落ち着いたら読んでみようと思う。


「それに昨日から何も食べてないからさ、いい加減お腹と背中がくっつきそうだなって」


「それはあるなあ。お腹すいた」


「なにか軽食くらいは容易してくれてると思ったんだけどねえ。お姫様の話では今日の朝には料理人が到着するんでしょ?」


「らしいけど、ほんとのとこはわかんない。もしかしたら鑑定の儀は空腹時にやらないといけないのかもしれないし」


「いやいやシノメ君さ、空腹と鑑定になにか関係があると思うの?」


「いんや、まったく」


「だよねえ」


 そうこうしているうちにヤマセの順番になったようだ。部屋の中を見渡してみると、すでに何人かの姿が見当たらない。いなくなった面々を見るに、出席番号などなにかしらの規則性があるようには見えず、無作為に選んでいるようである。

 一人あたりの鑑定にはさほど時間がかからないのか、次々とクラスメイトが部屋を後にして、最後に俺だけが残った。


「それでは最後に、東雲しののめ志々目しのめ様。私についてきてください」


 部屋に入ってきた司祭はそう言って部屋を後にする。案内するのが彼の役目だろうに、なんだかぞんざいな扱いだ。最後だから気が抜けているのだろうか。三十人以上も人がいて同じことの繰り返しだろうから、気持ちはわかる。けど、そうされる俺はなんだか複雑な気分だ。


 案内されたところは、教会と聞いて思い浮かべるようなものであった。地球でも西洋で発展した宗教の教会と似通っていて、装飾品など細かいところにはさすがに違いが出てくるのだろうけれど、宗教素人の俺からすれば、おおよそ地球での教会のイメージである。


 そうして俺はその空間の一番奥へ行くように促される。半円上に広がっていて、天井がドームのようになっている場所だ。この空間でひときわ明るく、装飾品も飾られており、一番手が込んでいるように見える。

 左右と奥にひとつずつ女性の石像が置かれていて、奥の女性の像のさらに奥に、顔の彫られていない男性の石像があった。おそらくはあれが一番偉い神様。


 そこにいたのは三人の男性で俺を部屋から案内したのは別の人たちだ。


「東雲志々目様ですね?」


「はい」


 ひとりだけデザインの違う修道服を着た男性(おそらく彼が司教)がそう訊いてきた。口頭だけの本人確認に意味はないように思うのだけれど、嘘をつく必要もないので正直に答える。


「それでは中央までお越しください」


 そう促された先には、魔法陣と呼ぶにはあまりにも簡素で、しかし何かしら意味のありそうな紋様が床に描かれていた。


「準備ができましたらそこに片膝をついてもらいまして、この短剣で血液を一滴、陣に垂らしてください」


 え。


「そこから陣がどのように変化したかで、あなたの能力が分かります」


 血を流すのか。

 しかも、扱い慣れてない短剣とやらで。


 ちょっと刃渡りが大きすぎるのではないでしょうか。どうせやるなら画鋲みたいな針がいいです。縫い針なんかはありませんか?


 こんな風に図々しく言えるほどの度胸もないので、せめてもの抵抗で不満気な視線を向けるけれど、司教は苦笑いを浮かべるだけだ。


「すいません。これも儀式に必要なことなのです」


 そう言われて先に進まないので、仕方なしに短剣を受け取ると、一度深呼吸して腹をくくる。

 いわれた通りに片膝をついて、短剣を右手に持った。その切っ先で、左手の人差し指の腹を突っつくと、ぷくりと赤い点が膨れ上がってくる。表面張力が決壊しそうになったので指の腹を逆さにしてあとは重力にお任せ。

 ぽたりと自分の血が陣の内側に垂れたのを確認した。


 ふう、と一息ついたのもつかの間、急に魔法陣が発光し、魔法陣の外円がまるで鼓動のように外側へ広がると、外に広がった大きな円の中を、おびただしい数の曲線が這ってまわって、新たな魔法陣を形成する。


 なるほど、これが魔法陣の変化か。ということはこの紋様を読み取れば俺の能力が分かるのだろう。


 しかし俺にはさっぱりなので、司教サマの顔色をうかがうためにちらりと見ると、


「なんと……!」


「内側から外へ広がる力と波の紋様――」


「これは、他の勇者様でさえ比肩しないほどだ」


 ぶつぶつとお三方が話し合っている。きっとこの結果についてだろう。聞こえてきた内容からするに悪い結果ではなさそうだ。


 こうして自分たちの空気感を作られてしまうと、割って入るのはなかなか難しい。どうしたものかと悩んでいると、司教が勝手に気づいてくれた。


「シノノメ様には、他の追随を許さぬほど膨大な魔力が備わっているようです。魔導を極めれば、立派な魔法使いになるでしょう」


 この世界には魔法があるのか。何となくありそうだとは思っていたが、それが確信に変わった。


「ありがとうございます。お役に立てそうで何よりです」


「はい。我々も心強いですぞ」


 司教もにっこりだ。


「ささ。ほかの者が案内しますので、場所を移動しましょう」


 そういって、俺は教会から追い出されてしまった。案内役は俺を控室からここまで連れてきてくれた彼である。また会ったな。


 それにしても、まだ見ぬファンタジー世界に魔法――それに俺は魔法を使うのに向いているそうだし、少しだけこの世界を楽しめそうな気がしてきた。

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