夏休みと桝田優衣で韻が踏める

しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる

本編




 時間がない、早く書かねば。


 焦燥から逃れる為、男が白紙から顔を上げるとカウンターの置時計は二時を過ぎていた。コップに残っていた氷もとっくに解け、振り返れば窓の外で陽炎が踊っている。


「ねーこれ見て、超バズってる。完全に『ヒキガエル』って鳴いてるよこの犬」


「んー、ウチには『見極める』に聞こえるで?」


 喫茶店の今日のBGMはワーグナー。男とマスターの他は、二人の若い女の子がテーブル席でスマホをポチポチ駄弁るだけ。

 焦っている今の男にはそれだけで騒がしく感じた。

 店が狭いのも一因だ。内装をシックに作り込んで居心地の良さを演出するタイプ。天井で優雅に回るシーリングファンも慎ましいサイズで、冷房の効きが今一。暑さも彼を苛立たせた。


「耳悪いんじゃない? 投稿者がヒキガエルって書いてるよ」


「いや、リプ欄には見極める派が多いわ」


 集中しなければ。

 男は額の汗を拭うとシャーペンを握り直し、大切な手紙を書き始める。



『拝啓

 盛夏の候、いかがお過ごしでしょうか。貴方様におかれましては、ますますご清祥のことと存じます』



 ……ダメだ、これじゃ手紙の文例だ。ググると出てきそう。

 消すか。


「でもヤダよ、ボクは犬に見極められたくないし」


「そこがええねん、キレキレやねん。この犬はシュールわかってるねんな」


 もっと砕けた感じでいいんだ。



『こんにちは🤩🤩

今、どうしてる👀❔❔❔

ワタシ、気になります‼‼‼‼‼😅

ところで、キミは最近、元気、カナ⁉⁉⁉⁉⁉

元気だ、と、信じてるよワタシは😁😁😁』



 よし、親しみ易い感じ。


「ヒキガエルの方が可愛くない?」


「可愛いじゃバズらんのや。『何や、ヒキガ……いや見極めるやんけ!?』、これや。わかっとらんな、キミ」


「違うね。ふくふくの柴犬がヒキガエルってダミ声で鳴く愛らしさが大衆の心を掴んだんだよ」


 ……いや、親しみ易さ要るか今?

 もっと率直でいいんじゃないか、本題から初めて。



『          』



「絶対見極めるやろうが! ヒキガエル派は間違いを認められない意気地なしや!」


「いいや、見極める派は笑いの奴隷! 言い訳・嘘吐きが着るの汚名!」


 男はシャーペンを握ったまま呆然とした。

 言葉が出てこない。

 まただ、またわからなくなってしまった。



『          』



「今ウチを罵倒したな、しかも韻を踏んで! そうなったらもう取り返しつかんで!」


「どうなるのさ!?」


 書くことはわかっているのに、その為の言葉が出てこない。

 書けない。



『          』



「この地に古来より伝わる決闘法……ゲップ我慢MCバトルや!」


「ゲップ我慢MCバトル!? ……どんなルールなのそれは」


 落ち着け。頭を冷やせ。


「お互いコーラを一気飲みして、片方がゲップ吐くまで十六小節でラップするんや」


「過酷過ぎる! でもいいよ。ボクは受けて立つ」


 言葉を飾る必要はない、でも、感情を押し殺す必要もない。


「マスター、コーラを二つジョッキで! DJ、ビートチェックや!」


「任せろ、ドゥクドゥクドゥクドゥク……」


 伝えたいことがあるのだ、それをそのまま伝えればいい。

 のことを思い浮かべながら……。


「……待って、ボクがビートやってたらバトルできないよ」


「あー、せやった。んーと……」


「……」


 そうして、男が深呼吸をした後。


 手が、自然と、動き出す――。







 その時、彼の背後から女の子が申し訳なそうに話しかけてきた。


「すいませーん……ヒューマンビートボックスってお願いできます……?」


「できるわけないだろ!!」


 男が怒鳴ると、彼女達は目を丸くする。


「ええっ」


「大体喫茶店はゲップ我慢MCバトルをする場所ではない! だろうマスター!?」


「はい」


 初老のダンディなマスターは両手のコーラを背に隠しながら頷いた。


「ほら! ここは代々静かにコーヒーを楽しむ所なのに、何なんだ君たちは!」


 男の剣幕に女の子の内、背の低いエセ関西弁の方が苦笑いで手を合わせた。


「すんまへん、ウチらプール行くはずだったのに。遅れてくる友達を待ってて」


「ボクら暇で暇で、もうゲップ我慢MCバトルしか」


 背の高いボクの方も一緒になってペコペコ謝ってくるので、男の怒りは急速に引っ込む。

 むしろ恥ずかしげも無く声を荒らげたことに顔が熱くなってきた。


「ま、まあ、あまり騒ぐのはよしてくれ。私もやることがあるから……」


 するとエセの方の目が光る。


「何やっとるんですか?」


「えっ」


 と男が驚くうちにエセはカウンター席に歩み寄り、手元の紙が覗かれてしまう。


「これ、何ですのん?」


 と、彼女に怪訝そうに言われて、彼も紙の内容にハッとした。



『夏休み       』



「今日平日やし、おいちゃんも夏休み?」


「え、あ、ああ……そういうことになるのかな。でも、違うんだ。書き間違いだよ」


「書き間違い。あ、ここ消えかかってるけど拝啓って見えるわ、手紙なん?」


 エセは二つ結いの髪を揺らしながら男の方を向く。

 幼子のようにきょとんと首を傾げられると、嘘を吐くのが憚られた。


「うん、まあ」


「ふーん、誰宛てなん?」


 男の脳裏に彼女との関係性が色々浮かぶが、結局絞り出せたのはこれだけ。


桝田ますだ優衣ゆい


「ッ!?」


 途端、エセは閃いたように顎に手を当てる。


「な、なんだね急に」


「夏休みと桝田優衣で韻が踏める……」


「それが何か?」


 男が狼狽する横で、ボクの方が訳知り顔で微笑んだ。髪を一つ結いでしっかり纏め優等生っぽいが、信用ならない。


「出たな名探偵」


「はあ」


「彼女、推理が趣味でして。小さい子相手にサンタの正体や、親に『星になった』と言われたペットの行方なんかをズバリ当ててみせるんです」


「すごい、謎のままの方がいいことばっかだ」


 男がヒイてるのも気にせず、ボクはエセの肩に手を置く。


「どう、今回の事件は?」


「え、いや日馬富士はるまふじでも踏めるけど次の展開が厳しいな、て考えてただけやけど」


「まだゲップ我慢MCバトルするつもりなのか君らは!」


「すんまへんすんまへん!」


 また怒った男を二人はどうどうと宥めてから、ボクが『それより』と切り出す。


「手紙で韻に頼るって最後の手段でしょ、手伝いますよ」


 副音声で『いい暇潰しを見つけた』と聞こえてくるようだった。


「い、いいよ、一人でやるから」


「ボクら高校生ですよ? LINEやSNSでメッセージメッセージの毎日で、スペシャリストなんだから」


「せやせや、パパッと書いちゃいますやで」


 エセの方まで乗っかってきた。

 マスターの助け舟を期待するも、無言で首を横。

 万事休す、もう店内は完全にこの年頃の『ウチら最強』感に支配されてしまった。


「わかったよ」


 断ってもどうせゲップ我慢MCバトル。


 男は仕方なく、右の席に置いていたカバンを左傍の大きなトランクに載せた。

 二人は躊躇なく男の左右に着席する。


「じゃあまずは用件だけど」


「待って、言わなくてもわかりますから」


 左のボクが手をかざして男の言葉を遮った。


「はあ」


「男が女に送る手紙なんて一つしかないでしょう。ね、師匠?」


 右のエセが両手を組んでしみじみ答える。


コイブーミ恋文やね」


「ち、違う!」


「ええんです。おいちゃんが桝田さんを呼んだ時の、あの美しき惑い……。恋愛十段、このラブ津玄師づけんしが久々にキュンキュンしてしまったで」


「ラブ津玄師!? だからそういう関係じゃ」


「だからええんです! そんな初心ウブなおいちゃんの為のコイブーミはこれや!」


 エセは男からシャーペンを奪い取ると猛然と手紙を書き出した!



『こんにちは😃

いきなりだけど、優衣チャンは、最近、ヒマかな⁉

ワタシ❔ ワタシは、夏休み中で、昼寝ばっかだよ😅

優衣チャンと、一緒に、昼寝したいナア ナンチテ😂😂

ソレは冗談だけど、今度の花火大会、ワタシとどう❔

花火の後はワタシの打った蕎麦、御馳走しちゃうヨ~~🤣🤣

真面目なハナシ、ワタシ、優衣チャンのことが、、、🤭

、、、この先は、当日ネ‼‼

迎えは、おニューのアルファードで、行くから、お返事待ってます😤』



「キッツ!!!!!」


 ボクが自分の両肩を抱きながら叫んだ。


「どこがや!?」


「おじさんのエグいとこだけ集めるなよ。あと手書きで絵文字再現する必要ある?」


「照れ隠しやろがい! 敢えてキモいステロタイプを演じることで本当の素顔を想像させる戦略タクティクスや! なあ、おいちゃん?」


「……」


 こういう文体ってキモいのか、男はショックで何も言えない。


「おじさんも呆れてんじゃん」


「くうっ、そこまで言うならキミはどうなんや! さぞええんやろうな!?」


「もちろん! 革新的なボクのコイブーミはこちら!」


 と、勝手に男のカバンの中から便箋とペンを拝借していたボクが手紙を見せる。



『夏――


  優衣 共に 見たい 花火


    ヒュー

             ドン

                   パラパラ……


     火花飛び散る 君の鼻躱す 間一髪 交わすくちびる――』



「クッサ!! せめて手紙の体裁ぐらい守ったらどうや?」


「時代を変えるのは何時だって型破りなんだよ!!」


「キミのは形無し。気付け過ち。ドン引きの眼差し。その手紙は災い」


「あ! 罵倒したな、韻を踏んで! ドゥクドゥクドゥクドゥク……」


「止めなさい止めなさい、そもそもコイブーミじゃないんだ! 本当の用件は!」


「用件は?」


 二人が声を揃えて問うと、男は急に尻込む。


「用件は……」


 パン。


 男が音の方を見れば、ボクが手を合わせていた。

 なぜか涙ぐんでいる。


「わかりましたよ、辛いんならボクが言いましょう」


「え?」


「桝田優衣というのは……貴方の娘だ!」


「ええっそうなん!?」


「い、いや」


「別れた後、奥さんが再婚して名字が変わってしまったんですね!? やさぐれて酔いどれの毎日に、突然の連絡。過去は水に流そうと、優衣さんが結婚すると、そしてその祝辞の依頼を……!」


「ド、ドラマチックや~~~!」


「全部妄想じゃないか!」


 盛り上がる二人に男の声は届かない。


「せやけど、ウチ結婚式出たことすらないわ」


「ボクはあるよ、でもスピーチなんて覚えてないね。えーと結婚式、祝辞、定番」


 スマホはすぐに答えを出す。


「『三つの袋』、結婚生活に大切なものを袋に例えるんだって」


「よくわからんけどやってみよか!」


「待ちなさい、今時三つの袋なんて!」



『えー結婚には三つの袋があります

一つ目は、田山たやま花袋かたい

辛い時は布団噛んで泣きましょうね~』



「もうドツボにハマっとるやんけ!」


「自分で書いといてツッコまないでよ」


「なら次はキミやれや!」


「しゃらくせえ、三つ目まで書いてやらあっ」


 と、威勢よく言ってみせたが、ボクはすぐに頭を抱え出し、突如男のカバンを探り出した。


「何かネタを……あー雑誌雑誌雑誌雑誌睡眠薬他薬雑誌、雑誌屋さんですか?」


「何をするんだ君は!?」


「えーい、ままよ!」



『二つ目と三つ目は、遺体袋と香典袋。

その心は、どちらも結婚生活は死と同義と知れ!』



「ヤケクソ~」


「君は共に生きると誓う二人にこんなこと本当に言えるのかね!?」


「そこまで言わずとも! マスター! マスターなら」


 コト。


 マスターは無言でボクの前にぶぶ漬けを置く。

 彼女がいじけると、男は正気に返った。


「いやそんなことより。祝辞でも無いんだ、全然別の」


「別、じゃあ弔辞なん?」


 また変な方にハンドルが切られる。


「え……なら娘さんは、もう」


「違う違う、娘でもない!」


「堪忍な、おいちゃん。そうとも知らずやいのやいの騒いで……お詫びにこの土地に伝わる鎮魂の祭詞さいしを書いたるさかいにな!」



『ユイサン ユイサン ユクナ ユクナ


 アバダノスクナノオンマエニ カシコミカシコミモウサク

シガンニマガアレ

    ミドモノ目ノタマ ササゲタマウ


 ユイサン ユイサン ユクナ ユクナラ マガアレ

                         拝』



「怖っ!? 私もここの者だが全く知らんぞ!」


「そしてこれが鎮魂の盆踊りや!」


 エセは立ち上がり、カウンターの上に飛び乗る。


 カッカッカッカッ――。


 軽快に足を打ち鳴らし、華麗に旋回、青いマキシワンピースがふわり翻り。

 マスターがBGMを変え、ギターが掻き鳴らされると男も気付く。


 フラメンコだこれ。


「どこの風習だ!」


 ところでフラメンコは音を出す為に専用の靴が要る筈だが、エセが履くのはサンダル。嫌な予感がして男が左を見ると、ボクがスプーンで男のトランクを殴打して音ハメしていた。


「それに触るな!」


「えっ」


 男は思わずトランクを抱え込む。

 すると、急に静かになった。


 踊りも、BGMも止んだのだ。




「そろそろ終わりにしようや」


 見上げると、エセが大人びた微笑をこちらに向けている。


「な、何だい急に」


「初めにピンときたのはやっぱり、夏休み、やね。普通手紙の書き出しに使う言葉やないし」


「だからそれは韻を」


 一睨み。

 それだけで男が口を噤む程の眼光だった。


「次はずうっと桝田優衣との関係や用件を喋れんこと。暑中見舞いみたく気軽に書けんこと、恋文コイブーミでも祝辞でも弔辞でもない、なら何や。例えば、誘拐犯の脅迫状とか?」


「なっ」


「お昼の市内放送で小二ショーニが行方不明って流れとったな……何て名前やっけ?」


「知らないよ、聞こえない所、この店にいたんだ」


「放送の流れない地域に潜伏しとったわけや」


「バ、バカバカしい。もし私が誘拐犯なら宛先の名を教えるはずない!」


「そもそもが逆。夏休みの韻から桝田優衣を捻り出したんや。本当の書き出しは」


 エセはしゃがんで便箋にこう書く。



『夏休みだからって目を離しちゃダメですよ、お母さん』



「出た、名探偵……」


 ボクがポツリと呟いた。


「おいちゃん、ここの人の割には随分大荷物やんか。わかるで、カバンにぎょうさん詰まった雑誌は筆跡を辿られんよう文字をコラージュする為、睡眠薬はガキを眠らせる為」


 彼女が指差すのは男が縋りつく


「わ、私は」


 彼の口中は急速に干上がり、上手く喋れない。


「そのガキが入りそうな程おっきなおっきなトランクは――」


「こ、これは!」





 ブー。





 カウンター上のボクのスマホが振動。

 持ち主が自然な手付きで画面を確認。


「電車着いた。今歩いてるってよ、迎え行こ」


 そう伝えられるとエセはストン、とカウンターから降りた。


「マスター、会計頼んます」


「はい」


 二人は急いで荷物を持ちながら小銭を支払い、出口の方に向かう。


「え……あの」


 戸惑う男に気付くと、女の子達はペコリと頭を下げた。


「おいちゃん、ありがとな! ええ暇潰しになったわ」


「ありがとうございました。お手紙頑張ってくださいね」


「えっ」


 男が憮然とすると、ケラケラ笑い声。


 何て子達だ、彼はもう言葉もない。


「ウチは何書いたってええと思うで。リズムに任せて韻踏んだって、夏休みの話したって。おいちゃんも夏休みなんやから、何したってええ時なんやから」


「あーボクもそう思うな」


 二人は一息ついた後、まだ悪戯っぽく微笑ながらそう話した。

 そして、ドアをカラカラ鳴らして外に飛び出していく。










 一人になった男はヨロヨロと立って席に座り、顔の汗をハンカチで拭った。


 少し乱れた白髪を手櫛で整え。


 真新しい便箋を取り出し、シャーペンを握る。


「マスター、頼めるかな」


「はい。 ……ドゥクドゥクドゥクドゥク」


 マスターの口が、喉が、鼻が。

 ドラムに、ベースに、スクラッチになり。

 スマホで多重録音してループ再生を織り交ぜ、店内にビートが流れる。



 男は手紙を書き始めた。




『夏休みに消えた桝田優衣へ。

懐かしいな、あれから今日で五十年の節目。

遥か昔いつも悪だくみしていたこの店で、お昼のついで。


クーラーなんて無くて、緩やかに回るファンの温風に項垂れていた。

君は何度もお冷で水腹、先代のマスターに睨まれても笑顔で『ごちそう様』。


急に何年後も、五十年後の今日もこうしてよう、と言われた時は面食らったけど。

翌日君の家が空っぽになっていて腑に落ちたけど。悲しかった、とても。

噂は色々あったけど、本当の事はいつまでも何もわからなかった。

ただ、毎年この日のお昼はここで過ごしてきた。


君はきっとあれから大変だったんですよね?

俺の方は高校を出たらずっと会社勤め。

親父が倒れて家計の為に働き詰め早幾年はやいくとせ

まあ定年後も働き続けたぐらい楽しかったけどね。


実はこの手紙を書いている時高校生の女の子達に出会い、助けてもらったんだ。

彼女ら目眩がする程忙しくて、俺達の仲を勘違いばかりして大変だったよ。


でも、お陰で事務のお茶目な先輩への告白や、

部下達の結婚式、両親の葬式の為書いてきた色々を思い出せた。

最終的に誘拐犯にされたのは堪えたけどね。


本当に強引で、理不尽で……まるであの頃の俺達そのもの。


最高の友達だった。どんな遊びも一緒にやった。

誰に茶化されても俺達の仲は全く揺るがなかった。


君と過ごした最後の夏休みが今でも忘れられない。

汗で溶ける光景。

爆ぜるアブラゼミ。

灼ける、空の、臭い。


もう一度、君に会いたかった。


今度は俺がこの街を去る番。

実は心臓に爆弾が。それも医者が降参する程の。

冗談みたいな薬の量、酸素吸入器やら壊れ易い器具を沢山トランクで運ぶ毎日。


今度の手術は東京。

仕事もとうとう辞めて、高校以来の夏休みだ。

早々に切符を取って、暇潰しの雑誌も揃えて後は向こう行くだけ。

帰れる可能性は相当低いがね。


本当はもう会えないとだけ書いて、もし君が来た時マスターに渡してもらうつもりだった。でも、あの子達に夏休みなら何をしてもいいと助言されて、好きなように書いてみた。


では、そろそろ電車の時間なので』




「電車、事故で二時間遅れてるよ」


 マスターのビートに合わせて口に出しながら書いていた男は、その声に振り向く。


 入口に一人の女性が背筋をシャンとして立っていた。

 男と同年代で、長髪を真っ赤に染めて鼻と唇にピアスを一杯はめている。


「遅くなって悪かったな」


「……お前はいつもオセェんだよ」


 男は辛うじてそう絞り出した。




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夏休みと桝田優衣で韻が踏める しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる @hailingwang

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