42.会いたい人

「母さん、辛かったよね」


 王都トイヴォへ続く道のりの中、ユタカとサザはリヒトに交互に今までにあった事を話し続けた。長い長い話は馬車の中だけでは終わらずに、日が暮れて王都トイヴォの城へと戻ってからもサザとユタカの部屋で続けられた。


 サザがウスヴァと異母姉弟から始まり、サザとユタカが戦い、サザが負傷したこと。サザの怪我をサヤカが時間の魔術で回復したように見せかけて騙して捕らえたこと、ウスヴァがサザに平和について話したこと、サザを助けるためにユタカがカズラとアンゼリカと共に潜入したこと。ナギに出会い、そして、別れたこと。ウスヴァがサザを守ろうとして死んだこと。

 長い長い話を最初から最後まで聞いたリヒトは、話の終わりにサザの身体をぎゅうと抱きしめてくれた。サザはリヒト優しさを感じた嬉しさと共に、少し前まではサザが抱きしめる側だったのにという思いがサザの胸をきゅんとさせた。


「ごめん、ウスヴァ陛下に会いたいなんて言って」


 自室のベッドに並んで腰掛けているサザとユタカに、向かい合うように椅子に座っているリヒトが言った。話し込んでいたらあっという間に夜は深まり、虫の声だけが聞こえてくる時間になった。明るい月明かりの差し込む部屋で三人は話し続ける。


「大丈夫、リヒトは何も知らなかっただけだもの」


「でも、僕がウスヴァ陛下に会いたいと思った理由話してもいい?」


 ユタカとサザが頷くと、リヒトは微笑んでから口を開いた。


「僕の留学先のタイカ王国はここからはすごーく遠いから、イスパハルからもカーモスから来てる人は誰もいなくて。イスパハルがどういう国で何処にあるのか、タイカ王国では殆どの人が知らなかったんだ。そんな事生まれて初めてだったから最初はすごく戸惑ったけど、よく考えたら当たり前だよね。イスパハルとカーモス以外にも世界には沢山の国があって、アンゼリカさんとカズラさんも遠くの国から来た人だし。世界は本当は途轍もなく広いし、僕達はその中のほんの小さな部分で生きてるだけなんだ」


 リヒトの大人びた言葉にサザとユタカは思わず顔を見合わせた。留学から帰って来たリヒトは一回りも二回りも成長した事をサザは改めて実感した。


「ウスヴァ陛下はタイカ王国の魔術学院の千年近い歴史に名前が残るくらいに優秀だったんだって。その一番の成果は、攻撃魔術の応用。時間の攻撃魔術を利用して怪我人を怪我する前の状態にすることで回復魔術に近い行為を攻撃魔術士でも出来るようにしたことだ。今まで誰も思い付かなかった極めて画期的な方法だ」


「その、攻撃魔術の応用って……」


 サザの言葉にリヒトが頷く。


「そう、この方法が見事に悪用されて母さんを捕まえるのに使われちゃってるんだ。ウスヴァ陛下を教えた学校の先生達はみんな、ウスヴァ陛下みたいな人が治めるカーモスという国は、絶対に絶対にいい国になっただろうって言ってたんだ。でも、ぼくはイスパハルとカーモスが今どういう状況か知ってるから、何も言わなかったけど」


「カーモスとイスパハルの戦争が終結して、それまでに前王のムスタの話は悪いやつだって沢山話に登って知ってたけど、その後に国王になったウスヴァ陛下の話は今まで全然話に上らなかったよね? それだけ有能なウスヴァ陛下がその力を発揮できない事には絶対に理由があると思ったんだ。良くない理由が。それを探ることが多分、平和を作る鍵になるはずだって。だから話を聞きたいと思ったんだけど、もう会えないのはすごくすごく残念だ」


 リヒトはそこまで話して目を伏せると、はっと顔を上げてサザを見た。


「ごめん、母さんを責めてるんじゃないんだ」


 その慌てた顔が急にリヒトが小さかった時の面影を取り戻して見えて、サザは思わず微笑んで首を振った。


「ウスヴァ陛下のこと、僕にちゃんと教えてくれてありがとう」


 リヒトはそう言って椅子から立ち上がると、サザとユタカを順番に抱きしめ、小さく欠伸をした。


「ちょっと疲れたみたい。僕はそろそろ寝るね」


「うん、おやすみ」


「長旅で疲れたよね。ゆっくりしてね」


 微笑んでドアから出ていくリヒトをサザとユタカは手を振って見送った。窓から仄かにそよぐ秋の風の冷たさがサザに夜の深まりを感じさせた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る