43.辿り着いた答え

 ドアから出ていくリヒトの背中を見送ったサザは一息ついて、ユタカと顔を見合わせた。


「リヒト、とっても大人になったね。びっくりしちゃった」


「知らない間に成長してたんだな。ついいつまでも子供扱いしそうになるけど気をつけないと」


 サザはユタカと笑い合うが、サザは暫しベッドに座って立ち上がれなかった。リヒトの話を聞いて浮んだ考えが頭から離れなかったからだ。

 優しい虫の声と窓からそよぐひんやりとした秋の夜風がサザの心を研ぎ澄ます。隣に座っているユタカに向き直って、サザは口を開いた。


「リヒトの話を聞いて思ったんだけど、私達は本当にこれ以上何もできないのかな?」


「それをおれも考えてた」


 隣に座ったユタカがサザの方に向き直って言った。ベッドの横の小さなテーブルに置かれたオイルランプの光が風に揺れて、ユタカの黒色の瞳を光らせた。


「サザの今の気持ちを教えてくれないか? サザはサヤカの事をどう思っている?」


 サザはユタカの質問に暫し沈黙して心中に浮かんだ気持ちを一つずつ丁寧に掬い上げる。言葉に嘘やごまかしが混ざらない様に心の中で丁寧に言葉にして、サザは言った。


「私はサヤカを殺そうとした。あの時の感情ではそうしようとする自分を止められなかったけど、今冷静に考えれば、やっぱり私は間違っていたと思う」


「でも、サヤカがサザにした仕打ちは酷すぎる。それにウスヴァを殺した事を含めても、そう思うのか?」


 ユタカが聞き返す。その言葉にはサザを思い遣る心から発せられたものだろう。サザが押し黙ると、ユタカは申し訳なさそうに口を開いた。


「……ごめん、続けてくれ」


「サヤカが私とウスヴァにしたことで私はまだ酷く傷ついているし、一生忘れられないと思う。でも、サヤカが願っていたのも、ウスヴァが願っていたのも同じ、平和で豊かなカーモスの未来だったんだ。だからその部分について、サヤカのやり方は許せないけど、サヤカはある意味では悪い人では無いと思う」


「それならサザの気持ちはどうなるんだ」


「私は勿論、すごく悲しいよ。捕らえられていた時はすごく辛かったし、ウスヴァには生きていて欲しかった。ウスヴァと話したいことも聞きたいことも、言いたいことも、沢山あった。でも」


 サザが言葉に詰まって鼻をずるずると啜ったのでユタカは膝に置かれたサザの手の上にそっと自分の手を重ねた。


「ユタカのお母さんも、リヒトの本当のお母さんも、ウスヴァのお母さんも、ウスヴァも死んでしまった。私のお母さんも生きているかどうか分からない。でも、全員が平和に暮らしていた未来が。本当はどこかにあったのかもしれない。そうなら、私達は、ウスヴァやサヤカだけじゃなくて私もユタカも、間違っていたのかもしれない」


「……そうだな。間違っていたことを認めるのは辛いけど」


「間違えたなら、やり直すしかない。今からでもその未来を目指そうとすることは多分、ウスヴァがいなくても出来ると思うの。ウスヴァが遺した考え方を使えば」


「……」


 サザは乗せられた手の上に更に自分の手を重ねた。はっとしてユタカが俯いた視線をサザに向ける。


「ねえ、ユタカも本当の気持ちを教えて?」


「本当の気持ち?」


「前にユタカは私がお母さんに会うためならカーモスの人間になってもいいと言ったよね? あれは本当のユタカの気持ち? 私の気持ちを優先してくれたんじゃない?」


「……」


 ユタカは考え込むようにして唇を噛んだ。宵闇の沈黙の中に、二人の呼吸とオイルランプの燃える微かな音だけが大きく聞こえる。


「ねえ、教えて。知りたいの」


 サザはユタカの手を、両手でぎゅっと包むように握った。ユタカの黒い瞳がオイルランプに照らされて優しく光った。決心を秘めた瞳にサザを見つめる。サザはこれから発せられようとするユタカの言葉をしっかりと受け止めようと、ぐっと目を見開いた。


「サザ、何処にも行かないで。ずっとおれの側にいて欲しい」


 ユタカの言葉にサザが息を呑む。思わずユタカの身体にぎゅっと抱きつくと、サザよりもずっとずっと強い力だ身体を抱きしめ返された。


「私もだよ。ずっと一緒にいたい。ねえ、ユタカ。私は分かったの。それが全部の答え」


「ああ、おれは多分サザと同じ事を考えている」


 私達は誰も失いたくないのだ。誰かも、大切な人がいる。


「私はもう誰にも辛い思いをして欲しくない。それが私の、一番の願い」


「そんな事、本当は分かってる筈なのにこんなに遠回りしてしまうんだ。おれ達は本当に弱いんだな」


「うん。弱いし、簡単に嘘をついたり、安易に人を恨んだりするね」


「そうだ。だからやらないといけないことがある」


 全ての争いを終わらせるべきなのだ。このイスパハルとカーモスで、死ななくていいはずの人を死なせないためには。私達は、赦さなければいけない。最愛の人を傷つけ、私たちの国を貶めようとした人を、赦さないといけないのだ。


「私は、


「最初に? ……それじゃあサザは」


 ユタカが困惑した様子にで目を見開く。


「私は本気なの。今度こそ私は絶対にやり抜く。それに、絶対に帰ってくる。だってユタカと、イスパハルのみんなとずっと一緒にいたいから」


 サザの瞳を、ユタカが真っ直ぐに見つめる。サザはその眼差しを正面から受け止める。窓からの秋風が二人を包むようにすっと吹き抜けた。


「……分かった。サザを信じよう」


 ユタカの言葉にサザはにっこりと笑った。


 —


 翌日の朝、サザ、ユタカ、カズラ、アンゼリカ、リヒトは揃ってアスカの執務室にいた。


「……という訳です。早急におれとサザとリヒトでカーモスのサヤカ・カーモシア陛下に謁見して、話をします。それに一緒に来て頂きたいのです」


「同行するのは構わないが、本当にやるのか?」


「はい」


 アスカの言葉にサザが力強く頷く。その表情を見て心配そうにアスカは眉を寄せた。


「おれに異論は無い。確かに二人の話を全部聞いた上では、それが最も確実な方法だとは思う。でも、一番辛い思いをするのはまたサザなんだぞ」


「あの、私達は一緒に行ったらダメなんでしょうか。だってまたサザが一人で、なんて」


「そうです、いつだってサザばかり」


 カズラとアンゼリカがユタカに詰め寄るようにして顔を寄せた。二人は心配そうにサザの隣で肩を抱いている。


「気持ちは分かるが、厳しいと思う。戦力のある二人がサザについていくと諜報行為や別の目的を疑われるだろう。サザはより危険で不利な状況に置かれるはずだ」


 ユタカの言葉にカズラとアンゼリカはしゅんと俯いた。二人の方に向き直ってサザは元気づけるように言った


「ねえ、私は大丈夫。待っていて」


「ただ待つのだって辛いんだぞ、サザ」


「サザ、帰って来なかったら承知しないからね! もう絶対口聞かないから!」


「うん。必ず帰ってくる。そのために私は行くんだよ」


 サザは力強く頷く。アンゼリカが涙を滲ませて頬を膨らませてサザに抱きつき、その隙間からカズラがサザの癖毛をわしわしと撫でた。



※補足

サザのセリフ「前にユタカは私がお母さんに会うためならカーモスの人間になってもいいと言ったよね?」の内容

11.一緒にいる

https://kakuyomu.jp/works/16816700426501889362/episodes/16816700426502627657

書いてからとても時間が経ってしまったので、一応載せておきます…

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