35.カーモス城への潜入―yutaka
※二日前に戻ります。「20.真意と思慕―saza」の頃のユタカの話です。
ユタカ達はカーモスの森から警備の交代に無事に潜り込み、無事にカーモス城内の兵士の宿舎まで侵入する事が出来た。
他の兵士達はユタカ達が最初に入れ替わった青年達と同じように寄せ集めで、人員の点呼もそこそこで全く怪しまれなかった。彼らは軍服を着崩し、長剣を鞘から抜くことすらままならないような有様で明らかに兵士としての訓練を積んでいない者が殆どだった。ユタカ達が逆に自分達が軍人らしくしすぎて怪しまれないように気を遣う羽目になった。
ユタカ達が食堂や宿舎でサザについての情報が少しでも無いか雑談や聞き耳を立てて情報収集した。話を聞くとこの寄せ集めの警備兵達はやはりウスヴァの命令により構成されているらしい。恐らく、ウスヴァの部下達はウスヴァの命令に表面上で従って、適切な訓練まではさせていないのだ。ウスヴァの真意は相変わらず不明だが、ウスヴァがカーモスの君主でありながら孤立しているのは間違いなさそうだ。
サザに関する情報では残念ながら有益なものは殆ど無かった。サザの存在に関する情報はここにいる下端の兵士達には全く届いていないようだ。
ただ、彼らから聞いた話で一つだけ引っかかる所があった。数日前から森での警備の他にウスヴァの私室の警備にも普段より多くの兵士が駆り出されており、そこにはきちんと魔術や剣の心得がある物が選ばれているらしいのだ。
夜になり、三人は男女別に割り振られた宿舎の居室で時間を過ごしてから、ナギが指定した深夜に宿舎を抜け出して中庭へと向かった。秋晴れの夜は通り抜ける涼やかな風が心地よく、幾重にも重なる虫の声は明るい月灯りと共に夕闇を僅かに色づかせている。こんなことでもなければ散歩したくなるような夜だった。
三人は抜け出した事を怪しまれないように注意しながら中庭で合流し、ナギの言っていたスグリの木を目指した。
「しっかし、ナギさんに会ってからほんとすんなり行っちゃって。肩透かし喰らいましたねえ」
アンゼリカが肩をすくめながら言った。
「本当だな。でも最後まで何が起こるか分からないから気を抜かないようにしないと」
ユタカの言葉にカズラが頷く。
「アンゼリカ、お前の事だぞ」
「なーによー! ちゃんと分かってますよーだ!」
二人のやりとりにユタカは思わず笑ってしまう。真面目なユタカは一人だったらもっと思い詰めていただろう。この二人が一緒にいてくれて良かったと改めて思った。
中庭は石造りの兵の宿舎に三方向を囲まれて、一方向が城に面している。ナギが言っていた通りに城の壁にはいくつかの排水路があり、その一番奥の排水路の鉄格子の前に真っ赤なスグリの実がたっぷりと実った低木があった。
「あそこですね」
ナギの言った通り、鉄格子を調べるととても動かなそうに見える柵が細工されていて、足元の草に隠れた小さな閂を抜くと扉の様に動き、中に入ることが出来た。石積みの通路はトンネル状で大人でも余裕を持って歩ける広さだ。ずっと奥へ続いている様だが今は夜なので闇に包まれて暗く、どこまで続いているのかよく見えなかった。
「よお。流石に時間通りだな」
ナギが腕組みをして石積みの壁に寄りかかって立っていた。服は相変わらずそこまで綺麗とは言えないシャツとズボンで、肩の怪我の包帯は新しいものに変えられているが、怪我自体は回復魔術の治療は受けていないらしく、染み出した血がうっすらと感じられた。
「怪我の治療は受けていないのですか?」
傷つけてしまった罪悪感を捨てきれない様子のカズラが尋ねる。
「組織に治療を頼むと何で怪我したのか絶対に突っ込まれるからな。それはまずいから薬草と包帯だけにしてんだ。まあ、悪くはねえよ。流石にまだ痛むけど化膿とかはしてねえし。もう気にするな」
ナギの言葉にカズラはもう一度頭を垂れた。
「何か分かりましたか?」
ユタカが尋ねるとナギは肩をすくめた。
「そうそう、この城の中の牢屋は全部偵察して来たんだけど、いねーんだよ。サザが」
「え……?」
アンゼリカが思わず声を漏らす。ユタカは顔を顰めた。
「解せないけどな。サザを乗せた馬車は確かにカーモス城に向かった筈だ。だから、牢屋じゃない場所に捕らえられてるんだ」
ナギの言葉に、ユタカは他の兵たちから聞いた情報を思い出した。
「そう言えば、ウスヴァの部屋の前にいつもよりかなりしっかりと警備が配置されている様子でした。何か理由が無い限り警備を強化したりしないと思うのですが」
「へえ、怪しいなそれ」
「じゃあサザはウスヴァの部屋にいるってことです?」
アンゼリカが首を傾げながら言うと、ナギが答えた。
「その可能性はあるな。ウスヴァの目的が分からねーけど、サザを説得するとかか? しかし、警備が強化されていたらリスクはでかいから、おいそれと助けに行けないな。でもな。ここでお前らの運が良すぎるんだが、ここが王族が逃げるための隠し通路って言っただろ?」
「え、じゃあ」
「ここを奥に進んでったら道が二手に分かれてて、それぞれがウスヴァの部屋と、王の間に着く」
「マジすか」
アンゼリカが口に手を当てて言った。
「ああ、だからウスヴァの部屋への侵入自体は簡単だ。でも、サザが本当にウスヴァの部屋にいるかはまだ不確かだ。確実に確かめてからの方がいい。行って居なかったら全部終わるからな」
「その通りです。入念に準備した方がいい」
「丁度明日はアスカ国王陛下が謁見に来るんだよな。絶好のタイミングだ。サザが本当にウスヴァの部屋にいるなら、国王陛下の謁見となれば絶対に何か動きがある筈だ。お前らもきっと何処かの見張りに配置される筈だからな。それに乗じてサザが本当にウスヴァの部屋にいるか確かめるんだ」
「なるほど……分かりました」
ユタカが答えるとカズラとアンゼリカも頷いた。
「ただ、ウスヴァはサザをイスパハルに返す気は無いから、アスカ国王の前にはサザを出さないだろう。サザだけが部屋に取り残されればその時がサザを助けるチャンスだ。明日のアスカ国王の訪問は何時の予定だ?」
「正午です」
「それなら、もう一度今から明日の正午までにサザの居場所を念押しして調べて、また明日の正午にここに集まろう。お前らも噂話とか聞き耳立ててくれ。明日正午から四人で作戦を開始しよう」
「分かりました。また明日ここに来ます」
「おう、頼むぜ」
ユタカの会釈にナギはいつものようににっと笑って、手を上げて応える。四人は注意深く通路を出て別れた。
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