16.作戦―yutaka

 サザの救出は急務だが、ユタカは先ずカズラとアンゼリカを十分に休ませることにした。彼女らはサザのことを一刻も早くユタカ達に伝えるために普通に行けば二日はかかる国境までの道のりを馬を飛ばして一日強で帰ってきたのだ。

 作戦はこの二人抜きでは到底実行出来ないし、絶対に失敗も出来ない。万全な大勢で臨んでもらうべきだ。

 一夜明けた一日後の夜半過ぎ、作戦についての話を聞くためにアスカとユタカ、カズラとアンゼリカがもう一度アスカの部屋に集まり、同じように向かい合ってソファに座った。先日と同様に四人の他は召使いは下がらせている。

 群青色の軍服のカズラとアンゼリカは真剣な面持ちで眼の前に座っている。カズラは滑らかなの黒の長髪を頭の高い位置でかんざしで纏めている。その隣に座るアンゼリカは金髪のお下げを捻り上げて後頭部で一つに括っていた。

 ユタカはふと、最後に見たサザの括り上げられた亜麻色の癖毛を思い出した。仕事をする時三人は揃いの髪型にしているのだ。ここにサザがいればいつもと何も変わらない。そのことに悲しさを感じながらもユタカは頭の中の想いを振り払った。


「今回のサザ・イスパリア救出についての作戦を立てました」


 普段の依頼と同じようにカズラが話を切り出した。切れ長のアーモンド型の黒い瞳が真っ直ぐにこちらを捉える。サザと同じ、強い意志を感じる瞳だ。


「まず、この任務の最終目的を確認します。イスパハルとカーモスの戦争を回避するために可能な限り戦闘は避けた上で、ごく内密にサザ・イスパリアをイスパハルに帰還させることです。宜しいでしょうか」


「ああ、間違いない」


 ユタカとアスカが頷くのを確認し、カズラは話を続ける。


「サザが捕らえられた事にはウスヴァが関係していると思われますが、現段階では情報が少なすぎます。なので、潜入と同時に情報収集を行わなければいけません。その為に今回の作戦では王子と国王陛下に協力して欲しいのです」


「ああ。勿論だ。サザが帰ってこないというのはそれ位の事態だ。それに、王子妃であるよりも何よりもまず、サザはおれの大切な娘だ。どんなことがあっても絶対に無事で帰ってきてくれないと困るんだ。その為にできることだったら何でもするさ」


「ありがとうございます」


 アスカの言葉に、カズラとアンゼリカは深く頭を下げた。しかし、アスカのその言葉はユタカ達の偽りの上にある。その際限ない重みを感じながら、ユタカは誰にも気づかれないくらいの小さなため息を付いた。


「しかし、協力はするがどうすればいい? おれ達に暗殺者は出来ないが」


 アスカが戸惑いながらその精悍な眉根を寄せると、アンゼリカが空色の瞳を細めてにこりと微笑んだ。アンゼリカの瞳はカズラとは対照的に、いつだって明るい色を放つ。サザとカズラはどちらかというと真面目であまり冗談を言わないタイプだ。アンゼリカがいるお陰でバランスが取れているのは明らかだろう。微笑んだままアンゼリカが話を続けた。


「ええ。勿論です。陛下と王子にしか出来ない方法で力を貸して下さい」


「おれ達にしか出来ない方法?」


「潜入は私とカズラ、そして、王子に加わって欲しいのです。王子は暗殺者ではなく剣士としてです。王子はとびきり腕が立って、今回の件に最も通じている。そして暗殺者としてのサザを私達と同じ位よく理解している人が王子の他におりません。今回は事前に作戦を最後まで詰められないままに潜入しますから、王子にいてもらわないと厳しいのです。このようなことを王子に直接お願いするべきでないとは承知の上ですが」


「気にしなくていい。おれに出来ることだったら何でもやるから」


 ユタカが素直な気持ちを述べると、アスカも強く頷いた。ありがとうございます、とカズラとアンゼリカがもう一度頭を下げる。アンゼリカがもう一度口を開いた。


「ウスヴァの差金ならサザが捕らえられているのは恐らくカーモスの城内でしょうが、それ以上の事が全く分かりません。組織に居た時に私とアンゼリカはカーモス城に潜入したことがあるので大体の建物の構造は頭に入っていますが、サザの居場所が分からなければどうにもなりません。そのため、私達はカーモス軍の兵士に紛れて情報収集をしながらサザを見つけ、救出します」


 アンゼリカの説明に、カズラが言葉を続ける。


「先ず、陛下にお願いしたいことです。イスパハル中を直ぐに調べさせてとびきり腕の良い仕立て屋を探し出して下さい。今引き受けている仕事があれば十分にお金を渡して全て断らせて、城に連れてきて頂きたいです。これは陛下にしか出来ないことです」


「仕立て屋? 何をさせるんだ?」


「先日サザが着て帰ってきたカーモスの軍服がありますね? それを見本に、私とカズラと王子の分のカーモスの軍服を作らせて下さい。生地も糸もボタンも全く同じもの探して、ちゃんと採寸して。模造品じゃなく完全に本物の軍服を作らせて下さい。手伝いのお針子も十人位貸せば、本当に腕の立つ仕立て屋なら二日位で出来るでしょう。こういう制服は、毎日着ている人が見ればほんの些細な違いで違和感を持たれます。細部まで準備しないといけません」


「なるほどな。なんとかして直ぐに準備させよう。しかし、軍服があったとしてもどうやって潜入するんだ? そう簡単には行かないだろう」


 アスカが顎に手を当て、カズラとアンゼリカに尋ねた。当然想定された質問だろう。カズラがアスカの視線を捉えて質問に答えた。


「国境付近の警備に当たっているカーモスの兵士になりすまして潜入します。私達が偵察したところ、警備に当たっているのはごく下っ端の剣士や魔術士です。人手が足りないからか、碌な訓練を積んでいないであろう市民上がりの兵も多く見受けられました。ここに混ざるのが一番簡単かと思われます。警備の軍人は基本的に三人組になって行動しています。三人組の構成は全員剣士だったり攻撃魔術士一人と剣士二人だったりと一貫していませんのでこれも好都合です。三人組が日中は持ち場を三人でばらばらに警備して、夜は一箇所で野営します。三日に一回警備の全員が交代のために森を抜けた集合場所に向かいます。入れ替わりで別の警備の兵が来ますのでその馬に乗って城に帰還するという流れです」


「なるほど……それならスムーズに兵士に紛れ込めるという訳か」


「ええ。カズラは長剣が使えるので、王子とカズラは剣士として侵入してもらいます。私は実は攻撃魔術の素養持ちなので、魔術士として行きます。本業の薬屋の方で使ってるんですよ。薬の精製のための魔術は「魔術の平和的利用」に入るので。あ、でも王子は絶対に本気出しちゃダメですよ! 王子みたいに強い人が下っ端に混ざってたら怪しまれちゃいますからね」


「分かった、気をつける」


 笑顔のでそう言ったアンゼリカに、カズラが横目で軽く睨みを効かせた。ユタカ自身は全く気にしていないが、恐らくカズラはアンゼリカのユタカに対する言葉遣いが軽すぎると思ったのだろう。それに気がついていない様子のアンゼリカは笑顔をそのままに話を続けた。


「で、私達は兵士の交代日に潜入するとその三日後にカーモス城に帰還することになります。そのタイミングで陛下は一切の前触れ無くウスヴァを訪問して、サザのことを尋ねてください。ただ、ウスヴァはサザを返す気はない筈ですし、一介の侵入者として扱うなら陛下の前にサザを連れて来はしないでしょう。しかしウスヴァは陛下が出向けば流石に直接応対する筈ですし、王の間にはそれなりの警備を集中させるでしょう。それに、サザが捕まっている場所にも警備を増員させるとか、サザの身柄をより城の奥に移動させるとか、城内に何かしらの動きがあるはずです。それに私達がうまく便乗して、サザがいる場所を突き止めます。そのために出来るだけ粘って話を長引かせて欲しいです。サザを見つけたらそこからはその場の判断になりますが、何とかしてサザにカーモスの軍服を着せて、一緒にカーモスの兵士に紛れ込みます。そこまで巧く行けば、サザの力ならもう安全でしょう。もう一度国境の警備の兵士交代に紛れ込んでしまえば難なくイスパハルに戻って来られるはずです」


「分かった。作戦の大筋は理解した。夜明け前だが、すぐに仕立て屋探しから準備させよう」


「ありがとうございます。絶対に、やり遂げます」


「サザには絶対に、帰ってきてもらわなければいけませんから」


 アスカの言葉にカズラとアンゼリカはもう一度頭を下げ、強い意思を宿した瞳でそう言った。

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