17.囚われた目覚め―saza

「……う……」


 規則的な振動に揺られながら、サザは目を覚ました。


「目覚めましたか?」


 掛けられた言葉にはっと顔を上げると、眼の前にカーモスの軍服姿のウスヴァが座っていた。


「え……」


 サザは事態が飲み込めず、慌てて周りを見回した。サザはウスヴァと馬車の中に二人向かい合って座っている。ウスヴァはカーモスの灰色の軍服を纏い、さらさらした亜麻色の髪を低い位置で一つに結んで、神妙な面持ちで目を覚ましたサザを見つめていた。身体は足と手が固くロープで縛られていて身動きがとれない。サザは眼の前のウスヴァをきつく睨んだ。ウスヴァの薄荷色の瞳はサザの目線をそのままに受け止めて無表情で口を開いた。


「あなたの仲間二人は、あなたを見捨てて帰りましたよ。あなたを助けにカーモスに侵入して来るだろうと思ったのであなた達の偵察出来そうな範囲をぎりぎりかわした所にかなりの人数の剣士を待機させてたんですけどね。罠だと考えたのでしょう。流石、あなた達はプロ中のプロだ。これは僕達の読みが甘かった」


「……」


(私は任務に失敗したんだ)


 全く予期しない方法で襲われたのは事実だが、予期出来ない状況すら予期しなければ暗殺者の仕事は務まらないのだ。これは自分自身の腕への奢りが招いた結果だ。サザはウスヴァに捕らえられたのは、自分の失敗だとはっきりと確信した。


 サザは眼の前のウスヴァを一心に睨みつけたまま、静かに涙を流した。縛られていて拭うことができない涙が頬を伝って、ぽつりぽつりとサザの膝の上に落ちる。ウスヴァは目を細め、少しだけ憐憫の情を覗かせてそれを見つめた。サザの涙と共に漏れる押し殺した息遣いと、規則的な馬の足音だけが延々と続いていく。ウスヴァは正面からサザの涙をじっと見つめ、小さな声で言った。


「王子に会えないのが悲しいのですか?」


「いえ。ただ、自分の腕が足りなかったことが悔しいだけです」


 サザは頬を伝う涙をそのままに、ウスヴァの視線を真っ直ぐに受け止めてはっきりとした口調で返事した。この状況であってもウスヴァに弱みを見せたくは無かったのだ。しかしウスヴァは意外だったらしく、サザの答えに目を見開いた。


「あなたは何処までも暗殺者なんですね」


 ウスヴァは小さな声で言ったが、サザはその言葉にには応えずにただ顔を窓の方に背けた。ウスヴァは少しの沈黙の後、サザに向かって口を開いた。


「あなたは現在、立場上はカーモスに不法侵入した犯罪者となっています。そして僕はカーモスの君主だから犯罪者をどう裁こうと自由な立場にあります。あなたはこの国で裁かれる。もうイスパハルに戻れません。抵抗すればしただけ辛い目に合います。だから素直に僕に従って、カーモスの君主になって欲しいのです。僕はもうあなたにこれ以上は手荒な真似をしたくない」


 ウスヴァはサザを見ながら、諭すような口調で言った。サザはウスヴァの言葉の矛盾に思わず声を荒らげた。


「これだけのことをやっておいて、今更手荒な真似はしたくないと? よくそんなことが言えますね」


 平穏な暮らしの中にいたサザ達に悪意を仕掛けたのはウスヴァなのだ。サザは心の底から湧いてきた怒りを隠さずにぶつけると、ウスヴァはぐっと唇を引き結んだ。


「ごめんなさい、その通りです」


「……」


 サザの予想に反してウスヴァは全く反論せずに一言、ぽつりとそう言った。こんなに素直に謝られては何も言えなくなってしまう。サザは肩透かしを食らったものの、そのままに話を続けた。


「私は死んでもカーモスの人間にはなりません」


「母に会えるとしても、ですか?」


「私に母はいない。一生そう思って生きていくとユタカと決めました。私はもうイスパハルの人間です」


「……お願いです。どうか抵抗しないで下さい。あなたにはもう選択肢が無いのです。あなたはもうイスパハルへは帰れません。それにあなたが従ってくれないとサヤカ達はあなたが従うまで手荒な扱いを止めないでしょう。僕はそれを望んでいない」


「私は絶対に従いません。拷問されてもそのまま死ぬだけです」


 サザはウスヴァを真っ直ぐに見つめ、きっぱりと言った。ウスヴァはその毅然とした態度に埒が明かないと思ったのか、遣る瀬無い表情で小さなため息をついた。


「少しの間なら僕はサヤカ達は止めていられます。どうか、それまでに考えを改めて下さい」


「……」


 サザはウスヴァの言葉を無視してぐっと俯いた。もう一度ウスヴァの小さなため息が聞こえた。

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