22.警備ーyutaka
三人は火を起こして男達から奪い取った軍服を燃やした。アンゼリカが魔術で火種を作り、カズラとユタカが集めた小枝に燃え移らせる。燃え残りと武器は土に埋めて不自然でないように落ち葉をかけた。荷物を整理して、焚き火の周りを整えて手短に野営の準備を終えると、警備に入ることにした。
その間に早朝の森は日が昇ってきた。今日は気持ちの良い秋晴れで、色づいた木々の葉に残る朝露や蜘蛛の巣がきらきらと輝いている。
「日も昇ってきたことだし、追っ払った奴らに成り代わって警備に入りましょう。あいつらの持ち場は私達の以前の偵察からするとこの場所から南北に五キロずつくらいですね。日が沈み始めたらここに戻って来て野営します。まあ、正直暇だと思いますよ。あたしたちの偵察中もさぼってる人っぽい奴沢山いましたしね。じゃ、持ち場はいつものじゃんけんで決めましょ」
「じ、じゃんけんでいいのか?」
ユタカが思わず聞き返すと、アンゼリカが笑顔で人差し指を立てて答えた。
「ええ。私達は誰がどこに入ってもよい任務はいつもじゃんけんで決めます。適宜そういうのを挟んでいくのが仕事を楽しむコツなんですよ!」
「なるほどな。勉強になるよ」
ユタカは素直に感心してそう答えると、カズラが溜息をつきながらアンゼリカを指差して言った。
「こいつの言うこと偉そうなんで適当に流していいですよ」
「なによその言い方、失礼ね!」
カズラとアンゼリカは睨み合って膠着状態になった。下手に間に入らない方が良さそうだと直感的に感じたユタカは暫し無言で二人を見守る。二人は少しの沈黙の後、ほぼ同時にはあ、と溜息を付いた。
「私達二人は大体意見が割れるんです。でも、私達が揉めるといつもサザが取りなしてくれるので」
「そうなんです、あたし達もサザがいないと調子狂うんですよねー。私達はサザがいて三人で完成するんで」
「そうだよな。いつもそう思うよ」
ユタカはこれまでの任務での三人をユタカは思い起こした。この三人で完成する、というアンゼリカの言葉は紛れもない真実だろう。
「それに、サザがいるといないとでは戦力的にも全く違うのです。今回は王子がいてくれるので問題ありませんが」
「そんなに強いのか? サザは」
ユタカの問いにカズラが頷いた。
「ええ。サザは正真正銘の天才の暗殺者なんです。戦うにしても、潜入するにしても、正直、天賦の才としか言えないですね。もちろん努力もあると思いますけど」
「ですです。サザが超絶オールラウンダーなんで、あたし達も結構頼っちゃうんですよね。あたし達二人がかりでも本気を出したサザは倒せないと思います。シズさんなら倒せるでしょうけど。その代わりにサザはその他諸々がポンコツ過ぎるんですけど。まあ、そこが可愛いところでもありますよね? 王子?」
アンゼリカがこちらに向かって意味ありげな笑顔で首を傾げた。
「え? あ、まあ……」
「おい、からかうなよ」
カズラが真顔で言うと、アンゼリカがカズラを睨んで言った。
「からかってないわよ! 聞きたいだけよ! いっつもサザは恥ずかしがって教えてくれないんだから!」
「はは……」
ユタカは答えに困り、頬を指先で掻きながら笑った。カズラとアンゼリカはまた互いに眉根を寄せて睨み合った後、さっきと同じ様に二人してため息を付いた。
「サザが帰ってくるまでは歩み寄るわよ」
「ああ」
カズラとアンゼリカはそう言って睨み合いながらも頷きあった。サザが帰って来た後も歩み寄ってはどうかと思わなくも無かったが、三人には三人のやり方があるのだ。外野が余計な口を出すべきでは無いだろう。
三人はアンゼリカの言う通りにじゃんけんで警備の持ち場を決めた。一番勝ったユタカが北側、アンゼリカが南側、カズラがその間のそれぞれ三キロ程度の範囲だ。じゃんけんをするといつもはサザは常に負けるらしく、二人は負けたのが初めてだと言って笑った。
「では日暮れの頃、ここに集まりましょう」
「ああ、また」
ユタカはカズラとアンゼリカと敬礼して別れると、持ち場である北の方角に歩みを進めた。
警備につくとは言え、ユタカが本気で警備をしては怪しまれる。通常の任務であれば気を張る所だが、ユタカはわざと何の気なさそうな足取りでただ森の中を歩いた。国境を超えているもののイーサと一続きになっているこの森は、ユタカには大いに見覚えのある景色だ。
秋の森は美しさそのものだ。白樺の梢は赤、黄、橙に葉を色づかせてきらきらと木漏れ日を潜らせる。そこに重なり合う松の葉の濃緑がはっとするほど印象的に映る。ユタカはその美しさに思わず目を細めて深呼吸をした。木苺や小さな木の実がたわわに連なっている低木も沢山ある。孤児院の子供達がいればきっと大喜びで摘むだろう。木陰から飛び出してきた栗鼠がユタカを見つけてはっと硬直し、小さな手足でぴょこぴょこと一生懸命に駆けて逃げていった。こんな状況でなければあの男達の様にピクニックでもしたい気分になるのも否定できない。
イスパハルでは森そのものが信仰の対象である。生命、自然、食料などのすべての恵みの根源である森から人はやってきて、死して森に還っていくと考えられている。森はイスパハル人々の生活の一部で、先祖や神を想い、自分の心を整えるためや、大切な人と楽しい時間を過ごすためにも気軽に訪れる場所だ。何の心配もせずにサザとリヒトと一緒に来られたら、どんなに良かったことだろう。
そこまで考えてから、ユタカは改めてサザのことを思い起こした。カズラとアンゼリカが言うように有能な暗殺者であるサザをウスヴァは一体どうやって捕らえたのだろう。そして今、どこでどうしているだろう。
ウスヴァにとってサザの命は貴重な筈だ。殺されることは無いだろうが、酷く扱われている可能性はある。
もし、サザが傷つけられていたとしたら。ユタカはそれを目の当たりにしたら、理性が焼ききれてその場でウスヴァを殺してしまいそうな自分を自覚した。しかし、イスパハルの君主である立場としてそれだけは絶対に出来ないのだ。
ユタカがウスヴァを殺せばカーモスは必ず起兵する。正直な所、先の戦争で疲弊したカーモスになら恐らくイスパハルもう一度勝利は出来るが、戦いになればまた少なからず死傷者が出る。苦しむのはユタカではなくイスパハルの国民達なのだ。個人的な感情を発端に国を巻き込むのは許されることではない。
(でも、もしサザが傷つけられていたとして、おれは本当に自分の怒りを抑え込めるのか?)
それでも、君主である以上ユタカが取らなければならない行動は決まっているのだ。ユタカはその事実にずきりと傷んだ胸に思わず手を当て、小さくため息を付いた。その時、ユタカはふと自分の背後の気配に違和感を感じた。
(誰かいる?)
ユタカは思わず剣の持ち手に手を掛けて振り返るが勿論誰も居ない。小鳥の
(気のせいか。動物かな)
ユタカはもう一度前を向き、先程と同じ様に自分の持ち場を歩き続けた。朝日から日中、日暮れと時間の経過と共に森はどんどん表情を変えていくが、いつだってその美しさは変わらないのだ。
歩きながら考えるのはサザのことばかりだ。すずらんの髪飾りを照れてはにかんだ顔や、最後に部屋を出て行った時の笑顔。もう二度と見られないなんて、絶対に考えたく無かった。それに、サザを極度に心配しすぎてもこの後の作戦に響くだろう。
努めて平常心を保ちながら歩き続けるのに美しい秋の森はぴったりの場所だったことに、ユタカは少し救われたように思った。
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