新人・遠藤 未來の復活

「(ウルヴズ、と、ブルース…どっちの方がカッコいいんだ…?いやそれよりも、鋼一本人はどっちがいいんだ…?

本人の意向に合わせるべきだよな。

でも、一度言ったことを撤回するのは、俺のポリシーに反する…。どうするかなぁ…。)」


訓練終了後、未來は1人、トレーニングルームの窓を開け、何があるわけでもなく空を見上げながらボーッとしていた。


チームメイトたちは皆、普段とは明らかに様子の違う未來を心配しているが、あまり干渉しすぎると逆効果なのでは?と考え、しばらくは遠目から見守ることにしたのである。


「(みんな、帰ったのか。…俺も帰るかぁ。)」


未來はトレーニングルームのドア開閉ボタンを押すと、扉が上方向にプシュッと開く。そして俯きながら、彼は部屋を後にするのだった。


「あたっ!いっ、て…。」


俯いていたせいで、ルームを出た途端に誰かとぶつかり、盛大に鼻を痛める未來。


「遠藤隊員、どうした?大丈夫か?

呆けたまま歩いては危ないぞ。」


あまりの痛みに、涙目で顔を押さえてうずくまっていた未來に手を差し伸べる、ぶつかった相手。

一茶子だった。


「うわ、し、司令!すみませんでした!ボーっとしてたせいで…お怪我はありませんか?!」


未來は、突然のトップの登場に、慌てて立ち上がり深々と頭を下げる。


「キミこそ怪我はないか?…それよりどうしたんだ?キミらしくないな、そんなにテンションが低いなんて。

何か、悩み事かね?」


「あ、いえ、そういうワケでは…。」


慌てっぱなしのまま、なんとかその場を取り繕うとする未來であったが、彼は考えていることが全て顔に出るタイプだった。


「…よかったらなんだが。

私は先日の『お疲れ様オムライス会』に参加できなかったのでな。今、無性に食堂のオムライスが食べたいんだ。

よかったら付き合ってくれんか?

キミは好きなものを食べて構わない。」



それを聞いた未來は、悩みよりも食欲が勝ち、途端にパッと表情を和らげた。



「ははは、若者はいいな。健全な悩みだ。」


「いや…俺、自分でも分かってるんス。こんなちっぽけで、くだらない悩み…ガキっぽいっスよね。そんなんでチームに迷惑かけるなんて、良くないって…。」


大盛りのカツ丼を平らげ、デザートのあんみつをムシャムシャと頬張る未來。

そして口周りををケチャップまみれにしながら、一茶子は悩める若者の言葉に耳を傾けていた。



「そうだな…確かに大人の悩みに比べれば、スケールとしては小さいかもしれない。だが、今のキミの中では、それは非常に大きな問題なワケだ。そしてキミはその事を、重要な事だと、解決しなければならないと認識しているのだろう?

素晴らしいじゃないか。」


大盛りのオムライスを平らげた一茶子は、食後のコーヒーに興じる。


「うーん、そうなんスかね…自分でもよくわかってなくて…。」


「キミは、仲間のことが『好き』なんだな。つまりだ。キミは元々、チームメイトのコードネームの呼び方を

『勝手に決めてしまった』事、そして

『1度決めたことは曲げたくない』と悩んでいた。

だがその悩みが大きくなり、周囲に影響を及ぼすまでになってしまい、新たな悩みが生まれてしまった。

そして今もなお、その悩みが膨れ上がり続けているのだね。」


スプーンを置き、静かに頷く未來。

一茶子はその姿を横目に見て、ふっ、と笑みをこぼす。


「解決したいのなら、簡単だ。

青倉隊員にその悩みを打ち明け、

自分が思っていること、そして自分はどうしたいのかを、伝えてみるといい。

彼らだってキミを心配しているんだ、キチンと伝えれば、わかってくれるさ。」


コーヒーを飲みながら、一茶子は

『若さ』をヒシヒシと感じ取っていた。

実にくだらない悩みだが、それに対して本気になれる、それも一つの『若さ』。


「…そうっスよね!俺、みんなのことすげぇ好きなんス。だから、話せば分かってくれるっスよね!司令、ありがとうございます!俺、いってきます!…あ、カツ丼ご馳走様でした!」


思い立ったら即行動するのが未來である。

一茶子の話を聞き、未來は眉をキリリと締め立ち上がったかと思うと、何かを決断したように颯爽と食堂を後にするのだった。


「ふふふ、若さって…いいなぁ。」




「・・・おや?志藤隊員と小野田隊員、それに楠田教官まで。どうしたんだ、帰ったんじゃなかったのか?」


あたりが仄暗くなり始めた頃、帰り支度を済ませ基地を出たところで、一茶子はルーキーズと担当教官に出くわした。

3人は基地の壁に身体を隠し、頭だけ出した状態で、何やらコソコソとしている。


「あ、し、司令!え、えっとですね!

実はかくかくしかじかで…。」


「ほう?青倉隊員を呼び出した遠藤隊員が心配で、様子を見に来た?なるほど。」


一茶子の登場に驚きつつも、教官が小声で状況説明を行う。

詳細を聞いた一茶子は、思わず壁に隠れるように身を躍らせた。暗がりの壁から4つの顔が、まるで団子のように並ぶ。

ちょうどその頃、呼び出しに応じた鋼一は未來と顔を合わせ、何やら神妙な面持ちで、話が始まるのを待っていた。



「鋼一、わざわざ悪ィ…。ただ、どうしても伝えなきゃいけないと思ってよ…。」


「う、うん…大丈夫だよ。それで、どうしたの…?」




「おう。

 俺の気持ち聞いてもらってよ、そんでお前の気持ちも、確認したいんだ。




 …俺、お前のこと好きだからよ…!」





未來は、口下手な上に、本番に弱いタイプだった。



「教官…これは、一体…何が起こってるんでしょう…?!」


「うふ、うふふふふふふ…

少なくとも、私にとってはとっても嬉しい出来事が起こっているよォ凛ん!つまり未來が悩んでたのって…

うふ、うふ、うふ…。」


「私ィ、教官のそういう趣味理解出来なかったけどォ…い、いいかもォ!」


「(遠藤隊員…事情を知っている私がここにいて、良かったな…。誤解は私が責任を持ってしっかり解いておく。

しかし…良いモノを見せてもらった…。)」


事情を知らない3人、そして知っている一茶子の全員が、縦並びで鼻血を出して、その様子を見守っていた。


「えっ、と…話が見えないんだけど…?」


「そ、そっか?!ホント悪ィな、俺、こういうの苦手でよ…。自分で呼び出しといてアレなんだけどよ。ここだと落ち着かねぇし、ちゃんと話せそうにねぇから、食堂でコーヒー飲みながら話そうぜ!」


「オッケー。こういう時に、隊員はコーヒー無料なの良いよね。」


2人は、仲良く食堂へと消えていく。

そして面々は、その後ろ姿を目で追いながら、この後の自分たちの身の振り方を思考するのであった。


「ど、どうします教官!目標、移動を開始しました!」


「落ち着きたまえ凛くん!まずは鼻血を拭こうじゃないか!そして速やかに我々も目標を追跡!うふ!うふ!」


「楠田教官、キミも落ち着きなさい。

そして鼻血を拭くのだ。これ以上は野暮…ゲフンゲフン、あまりよろしくないだろう。コンプライアンス的にも。」


「うわ!司令も鼻血すごォい。

…うーん、でも確かに、2人の恋路を邪魔するのは良くないよねェ~。

私が同じことされたらイヤだし~。」


とっ散らかる4人。

側から見たら、完全に不審者の集団である。


「ふぅ…。首を突っ込むのはここまでだ。我々は食堂ではなく、近くのカフェにでも入るとしよう。」


一茶子の司令官命令に目を丸くしながら、ルーキーチームは互いに顔を見合わせてから「了解!」と小さな声で相槌を打った。


その後未來は食堂で鋼一に悩みを打ち明け、一茶子はカフェでルーキーズの誤解を解いたのは言うまでもない。



「おーお前ら!おはよー!」


「おはよう御座います遠藤くん。今日はやけに元気ですね。」


「おうよ!鋼一から聞いたぜ、心配かけちまったみてぇだな、悪ィ!」


「元気になってよかったね~遠藤くん。

悩みがあったらさ、あんまり抱え込んじゃダメだよ~。いつでも頼ってくれていいんだから~!」


「そうだよ。未來は小さな事でもややこしく考えちゃうんだから。まずは恥ずかしがらないで、僕らに言ってみてくれればいいんだよ。僕らは仲間だし、友達なんだからさ。…あれ、志藤さん、鼻血。」


和気藹々と、振り返りと今後の課題を話し合う若者たち。

その顔つきは皆ほんの少しだけ、昨日よりも大人になっているように、大人たちには見えていた。


そしてその様子を、トレーニングルームの外で肩を並べ、鼻血を出しながら優しく見守る、わりと良い歳の女性が2人。



「若いって、良いですよね…司令。」


「ああ、本当だな…楠田教官。」

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