ドラゴン襲来ー①

「フリックさん、お昼を持って来たので休憩されませんか」


「ありがとう。レッカモまだナラ一緒にどうだ」


「実はそのつもりで自分のも持ってきちゃいました」


 レッカとフリックが互いの思いを確かめ合ってからというもの、当然二人の距離は一気に縮まり、隙あらば二人で過ごすようになっていた。


「……レッカ、俺の昼飯忘れてねえか」


「安心なさい、私が持って来てあげたから」


 悲しそうに腹を鳴らすシェニーに、レッカに遅れてやって来たアルマがバスケット突き出す。


 告白騒ぎの時に映像ならばフリックを見ても平気だった事を利用したフェアリー考案の治療のお陰で、男性恐怖症が治ったと言えないまでもフリックを見てもパニック発作が起こらなくなったアルマは、最近よく外に出るようになっていた。


「あの二人が付き合うようになったのは嬉しんだけどよ、こうも四六時中見せつけられるとなんか腹立ってくるんだよな」


 アルマ手製のサンドイッチに齧りつきながらぼやくシェニーに、効率アップの為にとつけさせられたイヤホンからフェアリーの声が聞こえて来た。


「独り者の嫉妬は醜いですよシェニー。素直に祝福してあげて下さい」


「そういうお前はどうなんだよ。俺と同じ独り身じゃねえか」


「私はアッカを見守れればそれで十分です。人間の様に番いになる必要性はありませんし」


 独り身仲間と思ったフェアリーに突き放されてしまったシェニーは、どこぞにいい男でも転がっていないかと思いながら2個目のサンドイッチに手を伸ばすのだった。


 皆、冬備えの支度も大方終わり、ようやく穏やかな時を過ごせるようになり始めた事で、この時間がいつまでも続いて欲しいと願うようになっていた。


 それぞれ色々な過去を背負っている上に、ここ最近はずっと辛い目に合ってきたのだからそう願うのは当然であった。


 だが、そんなささやかな願い程、儚いもので、叶わぬ願いなのかもしれない。


 異変を真っ先に察知したのはフェアリーだった。


「軍曹、マルコス氏が見えられたようですが様子がおかしいです。早急に向かって下さい」


 フェアリーに急かされ村の入口へと向かい走り出したフリックに気づいたレッカ達も後を追う。


 村の入り口へと付いた頃にはマルコスの馬車隊が到着していたのだが、いつもと全く様子が違っていた。


 馬車の荷台には大量の支援物資の代わりに女子供や年寄り、怪我人が乗っており、馬車の周りには周囲を神経質に警戒する男達が何人もいる。


「おいおいこりゃどうなってんだ。まるで戦場になった街から逃げてきたみてえな有様じゃねえか」


「その通りだシェニー。とんでもない事が起きてしまったんだ」


 声の方を見ると、服はボロボロ、顔は煤で汚れて髪や髭は熱でやられたのかちりちりとなっている上に、腕には包帯を巻いたマルコスが立っていた。


「マルコス叔父さん、何があったんですか!」


「話は後だ。皆ここまでの強行軍で疲れ切っている。ロクに食事も取れていないし休ませてやりたいから手伝って貰えないか」


 聞くや否やレッカとシェニーとアルマは必要な物を取りに倉庫へと走った。


 フリックもフェアリーと共に片っ端から負傷者の元に行き怪我の具合を診断して手当していく。


 幸いにも命に係わる程の怪我人はいなかったが、皆一様に焼けどを負っており、戦争というよりは火災から逃げてきたように見えた。


 程なく炊き出しが始まり、マルコスの部下の手伝いもあって直ぐに食事が全員に行き渡り、ひと段落付いた所でマルコスに呼ばれたフリック達はいつものテーブルに着いた。


「それでおっさん、何があったんだよ。あれはどう見たってただ他事じゃねえぞ」


「落ち着け、それを話す為に君達を呼んだんだろうが。……ドラゴンに街が襲われた」


 それは良く晴れた、冬目前にしては暖かい日の事だった。


 マルコスは街にある自分の店で溜まった書類仕事を片付け終え、昼食をお気に入りのレストランで取ろうと思い立って外に出ると快晴だった筈の空が突然暗くなった。


 不思議に思ったマルコスが空を見上げると直ぐに理由は分かった。


 街の空を、まるで品定めでもするかのように悠々とドラゴンが飛んでいたのだ。


 そこからはマルコス自身細かい事は覚えていない。


 ドラゴンの吐く炎で街中が火に包まれて行く中を必死で人々を助けながら馬車隊で走り抜け、少しでもドラゴンから遠くに逃げる為に辺境であるザッケ村にまで逃げてきたのだ。


「一緒に逃げてきた者の中に役人もおったんで色々と聞き出したんだが、近くの街や村から来るはずの荷物や書簡がここ2日程届いていなかったらしい。恐らく奴の仕業だ。帝国の方を襲っていると聞いていたから油断していたが、所詮は野生動物。大空を自由に駆ける奴に国境なんて関係なかったんだ」


 悔しそうにテーブルを叩くマルコスに誰も何も言う事が出来ない。


「事情は理解しました。しかしこの村で避難民全てを受け入れる事は出来ません」


 情の欠片も無いAIの言い分にマルコスの顔は歪むが、実際フェアリーの言う通りザッケ村に避難民を受け入れる余裕は全く無いのだ。


 食糧、住居、生活用品、それら全てがフリック達だけでも余裕があるとは言えない状況で避難民全てを受け入れてしまえば冬を越す事が出来ずに共倒れになってしまう可能性が高い。


「フェアリー、なにカサクはあるんだロ。オマエガ否定から入る時はいつもサクガアル時だ」


 寧ろそうであってもらわねば困るのだが、フリックの言う通りフェアリーには勿論策があった。


「まずは避難民の中にいる役人の方を中心に少人数のチームを編成して馬車で村を発ってもらいます」


 フェアリーの策とは、まずは周辺の街を編成したチームで周り無事な街が無いかを調査し、まだドラゴンに襲われていないのならこれ以上の被害を防ぐ為に直ぐに遠方へ逃げるないし防備を固める様に伝え、同時に避難民の受け入れ交渉をする。


 更に王都までチームを進ませ、この王国の政府にもドラゴンが襲来している事を認知させて対策を打たせるというものだ。


「チーム編成はマルコス氏に一任します。作戦進行中は無事な避難民の方にも手伝って頂いてどうにか最低限の暮らしが出来るように難民キャンプをこの村に設立して急場を凌ぎましょう」


 今後の行動方針が決まると、フリック達は直ぐに行動へと移った。


 緊急度を考えれば村の復興どころの騒ぎでなく、いくら時間があっても足りないからだ。


「全く、いつになったらこの村に平穏は訪れるんだ」


 次から次へと降ってわいてくる災難に嫌気が指しながらもフリックはそれでも今回も何とかして見せると心に誓う。


 また穏やかな時間をレッカと共に過ごす為に。

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