告白

 フェアリー衝撃の告白の翌日、彼女の予報通りの荒れ模様の天気となったせいで全ての作業は中止となり、フリックは久方ぶりの休みを手に入れた。


「……ああ、ベッドとはこんなにも素晴らしいものだったんだな」


 今までずっと堅いコックピットで寝起きしていたフリックは、昨日何とか補修を終えて最低限の家具を運び込んだ自宅のベッドで、休みなのを良い事にその素晴らしさを嚙み締めながら朝からずっとダラダラと寝転がっていた。


「私としては一刻も早く作業を進めて頂きたいのですが、流石にこの天候では仕方がありません。事故でも起きて貴重な労働力に何かあってはいけませんから」


 感情に目覚めたと自覚して以来、自身がアッカと遊ぶ時間が欲しいばかりに倒れるギリギリまで自分を働かせる私利私欲に塗れた恐ろしいAIが、畳んだパイロットスーツと一緒に置いてあるヘッドセットからぼやいてくるが、フリックは雨音のせいで聞こえないふりをする。


「軍曹、どうやらレッカが食事を持ってきてくれるようですよ。お湯を沸かしておく事をお勧めします」


 理由は分からないが、別段大した手間ではないので、フリックは素直にフェアリーに従い、サバイバルキットに入っていた小型のコンロで湯を沸かし始めると、程なく雨音で聞こえずらいが扉をノックする音が聞こえた。


 扉を開けると、濡れない様にと外套を着ているが激しい雨に負けてずぶ濡れになったレッカが袋に包んだバスケットを抱えて立っていた。


 慌てて中に通したフリックは焦げ跡がある箪笥からタオルを引っ張り出すとレッカに渡す。


「すまない、オレがとりにいくべきダッタ」


 フリックが申し訳なさそうにバスケットを受け取るとレッカはタオルを持った手をぱたぱたとさせて気にしないで欲しいと言う。


「別にこれくらい平気ですから気にしないで下さい。フリックさんにはお世話になってばかりなんですから、せめてこれくらいはさせて貰わないと申し訳ないですし」


 それでもやはり女性をずぶ濡れにさせてしまうのは罪悪感がある。


 それによく見るとレッカは唇が青くなり、体は小刻みに震えていた。


 もう秋も終わりかけのこの気温では濡れた体が冷えるのは当たり前だ。


 そこでフェアリーがお湯の用意をしておけと言った真意を悟ったフリックは、コップにお湯を入れると椅子が一つしかないのでベッドに腰掛けさせたレッカに手渡した。


「ただのお湯でワルイガスコシ暖まってイクトイイ」


 レッカの隣に自分も腰掛けたフリックもお湯を飲みながら、二人は雨音に耳を傾け、ゆっくりとした時間を過ごす。


「……フリックさん、この先何かしたい事ってありますか」


 ふとレッカは思った事を口に出しただけなのだが、フリックは腕を組んで真剣に悩みだした。


 確かにマルコスにはこの世界に残ると啖呵を切ったものの、よく考えれば何をしたいかまでは考えていなかった。


 引退後は農業をしながらゆっくりと本でも読んで余生を過ごしたいと言っていた艦長の真似をしてみるのも悪くない気がするし、最近少し上手くなってきた狩りで生計を立てるのも悪くない。


 他にも以前の自分なら考えもしなった事が色々と脳裏を過ぎるが、一番のやりたい事というか望みを思い立った時、うっかりと口から出てしまった。


「レッカと一緒にイタイ……」


 それを聞いた瞬間、レッカの顔が赤く染まり、色恋沙汰に鈍いフリックも自分が無意識に行った言葉の意味を理解して真っ赤になる。


 元の世界の言葉だったらフリックの思いはレッカにバレなかったのだろうが、この世界の言葉を覚える為にと、フェアリーと二人きりの時以外はこの世界の言葉で喋る様に癖づけていたのが裏目に出たのだ。


 だが、言ってしまった事を取り消せる筈もなく、混乱したフリックはいっそ自分のレッカに対する思いを全て伝えてしまおうと暴走し始める。


 フリックはレッカの両肩を掴んで自分の方を向かせると、彼女の顔を真っすぐに見つめる。


「レッカ、君ノことがスキダ! ダカラコノ世界ニのこるんだ。オレノきもちをウケとってほしい!」


 フリックの生涯で初めての告白を受けたレッカの瞳から涙が溢れる。


 自分はとんでもない失敗をやらかしたのではとフリックはパニックになりそうになるが、レッカはフリックの手を取り、それが違うことを示す。


「私もフリックさんの事が好きです。でも私みたいな田舎娘じゃフリックさんのお眼鏡に適わないと思っていたから、嬉しくて涙が止まらないんです」


 こうして互いの思いを確かめた二人は無言で見つめ合い、ゆっくりと顔を近づけると口づけを交わした。


 だが二人は忘れていたのだ。


 兼ねてから自分達をくっつけようとしていたフェアリーがヘッドセットのカメラ越しに見ていた事を。


「ヒューヒュー! ザッケ村に熱々カップルの誕生だな!」


 突然聞こえたシェニーの声に驚き顔を話した二人は、声の発生源がヘッドセットである事に気づく。


「お二人共おめでとうございます。お二人のカップル成立と初々しいキスの瞬間はドローンを使って村長宅でしっかりとリアルタイム中継させて頂きました」


「レッカちゃん、安心しなさい。キスの瞬間はアッカちゃんには見せないようにしたから」


「アルマ、お前男恐怖症は大丈夫だったのかよ」


「この映像ってもの越しだと大丈夫みたい。あまり現実感が無いのが良いのかしらね」


 ヘッドセットから聞こえる野次馬達の声にレッカとフリックの顔は過去最高に赤くなり、恥ずかしさの限界を超えたレッカはベッドの中に潜り込んで頭隠して尻隠さずの状態になってしまう。


「私今日はここに泊まります! 恥ずかしすぎて戻れません! もうお嫁に行けないですーー!」


「貰い手なら隣にいるじゃねーか」


 レッカへの止めの一撃に共に被弾してしまったフリックはヘッドセットを箪笥の中に押し込んで封印した。


 結局この後、まだ二人で一晩ひとつ屋根の下で過ごすのは早いと迎えに来たシェニーに、ジタバタ手足を動かして無駄な抵抗をしながらレッカは担がれて強制連行されるのであった。

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