第二十七話 河越城孤立

およそ一週間のうちに、戦況はめざましく変動していた。


変わったことといえば、それは豊臣本軍の行軍である。


河越のわずか数里まで豊臣本軍は進軍しており、諸将は心持ちを新たにしていた。


しかし、小田原でのこともあり警戒心は高かった。本軍からは物見をあちらこちらへと張り巡らせていた。刑部こと大谷吉継の手際の良さに、三成は感嘆の声を漏らす。


異変に気づいたのはそれから間もなくであった。


「あ、あれに見えるは、もしや江戸城ではござらぬか!?」


「あ、ああ。真っ赤に燃えて...!」


真紅に燃え盛る江戸城は、これから来たる河越城決戦への、いわば尻尾斬り。戦を避けたと見て相違なかった。河越城への路は早まったかに見える。


しかし胸騒ぎを覚えたのは石田、大谷の両将。


「刑部、これはもしや誘い込まれているのではあるまいな?江戸城を打ち捨てるとはよほどひっ迫していると見えるが、どうにも腑に落ちん。周囲に城があれば守りには優位だが。」


これまでの戦功キャリアを積んできた三成。しかし征伐に苦境を強いられるなどあれば笑い者になるのは免れようもない。


相対す江戸城を前に、最後の決断が迫っていた。


「......」


吉継はその三成を側目に、こう結論付けた。


「三成よ。こは、罠ぞ。河越から注意を逸し、軍を散開させんとする敵軍の邪智に他ならぬ。時間稼ぎなぞ無意味に終わるであろうて。現に後方から部隊は集結しておる。」


「すなわち、敵軍総大将最後の悪あがき、とな?」


「...恐らくは。」


しかし、大谷吉継の戦略はこれを圧倒するものがあった。


「三成よ、策がある。これこそなり。」





河越にて、総大将たる氏直は敵方の行軍に注視していた。ちょうど、一報が届いたのもその頃である。


「敵方、七万はさらに後続を集結し、こちらへと真っ直ぐ進軍している模様!!急ぎ戦支度を!!」


「!!」


「半分、か。それならまだ良い。まだ。」


達観した氏直ではあったが、来たる最終局面の予感に悪寒が走った。


氏直にとって、既に数える以上の想定外があった。小田原を半ば失う形となり、多くの民を殺した悪行は、決して名君の類ではない。


長いことこうしてわかったような振りをして、敵を挑発し続けて来たが、いよいよその必要も無くなった。


「わしの化けの皮は剥がされた。民は無惨な死を遂げ、臣下は懸命に道を探し、父は大義のため亡くなった。長いこと見てきた夢も終わりじゃ。祖先に代われる才など決して有りはせぬ。されど......逃げてはならん。ただ逃げてはならん。戦うのだ...」


氏直は、意を決し甲冑に身を包んだ。不格好ながらも軍配を片手に佇む。かつての神将、勇将が如き覇気もなく、権謀術数の智将らしき知性もない。今はただ、何者でもない氏直がそこにいるだけだ。だがその眼にかすかな光が宿っていた。決戦は近い。日は登り、月は沈む。...決戦は近い。敵はこちらを目指しやってくる。敵に小賢しい罠は通じない。成り行きの小道をただ進む他ない。


そして。


「とととととと殿!豊臣本軍の残る半数がしたとのこと!我が軍には手に負えず、既に一万余りの兵を見失ったとのこと!」


豊臣も最後の決戦を仕掛けにやってくる。


が始まったのだ。


「な、それはいかん。まずいぞ。散開の可能性は考えたが、一万も逃したか!?もしやな。急ぎ手を打て!急ぎ東方戦線の兵を河越へ!そしてこの報を綱成殿へ!」


「ハッ!」


「北方じゃが...ゴフッ」


「...殿ォォォォ!!」


病弱な氏直に戻るとはこれまた想定外であった。




「見よ!豊臣本軍が蟻のごとく四方八方に流れ込んで......!!」


惨状を目の当たりにするは、14000の兵を引き連れた北条氏規。

街道を急ぎ戻り、八王子城に入城。門を固く閉ざし、死守の構えを見せていた。


じきに豊臣の軍勢と見られる兵が街道にちらちらと見えだしたのである。


それ即ち、各支城の防衛網が崩れたことを意味する。


「殿の戦略が機能していない...だと!いかん!各個撃破で河越を援けに参らねば!!」


「しかし、殿は八王子を絶対死守と命じられた。。。いかなる目的が??」













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