第二十六話 閉塞作戦

佐竹らを筆頭とする18000の軍は、不落と謳われた忍城へと進軍する。


「兼ねてより不落と謳われた城、忍城...であるか。」


馬上には清楚潔白、質実剛健を体現したような剛毅な武士が一人。


兜には毛虫の前立て、顔を覆う鬼のような面はこの戦への覚悟を滲ませていた。


縁戚含め実に90万石とも言われる領地を持つ常陸の雄、佐竹義宣である。


佐竹家は、前年までに伊達氏らとの北側での戦闘を余儀なくされていた。また北条との仲は非常に悪い。ゆえに南北からの攻撃には非常に苦心しており、今回の征伐でやっと一命を得たのだ。


常陸、下野など、勢力の及ぶ範囲でとにかく多くの者らを寄せ集め豊臣に頭を下げた。


しかし、現在なんの音沙汰もない。

普段から物静かではある義宣だが、このときばかりはと怒りを滲ませる。

なぜかと言えば、無論石田勢の連絡が無いことである。単独で参戦するのは負担が大きいが、これ以上待ってもいられない。


北方勢と足並みをそろえたいという考えで北から寄せたが...


「...しかし。忍城とは難儀な...」


忍城の攻めがたきことは関八州で知らぬ者はいない。義宣ですら攻め落とすことは不可能だと踏んでいる。


忍城は沼地に浮かぶ島を連結した城のため、守りやすく攻めづらい、と後世でも謳われている。


馬足は草地を踏み鳴らす。そして、視界にようやく城が入った。義宣は急転直下、連合軍へと伝達を送る。


「兵を分散せよ!忍城は!」



義宣率いる少数の部隊以外は配置につき、作戦を発動した。






「前線を立て直せ!氏照殿が援軍を寄越してくださった。今すぐに鉢形城へ!」


神流川東の戦線。鉢形衆らは上杉軍、そして後続の前田軍の一点突破を狙った突撃を浴び、戦線からは多くの敵兵が抜け出て行く。前線はついに突破されてしまった。


「し、しかし向かう先は恐らく...」


「これでよい!あ奴らが東に赴いたとて結果は同じ。ひとまず無駄死にを減らすよう戦え!」


戦場には現在、徳川軍後続の増援と、北条氏照の軍勢とが参加し、拮抗している。


南方突破が困難と見た両軍は、迂回することとしたようだ。


ここで追わねば東の戦線が厄介なことになる。それにこちらの司令官は未だ帰還していない。


と思ったがそこまでの時間をかけず当の本人が帰還してくる。


「今戻ったぞ!みな大事ないか!?」


「おお殿!よくぞご無事で。そのご様子だと、突撃は見事成功に終わったようで?」


「ああ!徳川殿は見事前田・上杉両軍を出し抜いた!徳川殿は碓氷峠を通過された!」


「おお、それはなりよりですぞ!」


ひとまずの作戦成功に氏邦は安堵したが、こちらの戦況は決して芳しくはなかった。


「しかし、こちらでは我らはしてやられたというわけか。すぐにでも戦局を立て直したいところだが。」


「仰せの通りで。こちらでは現在、河越城軍が突破した上杉軍を追撃しております。時はまだ残っておりますゆえ、まずは鉢形城へ退くべきかと。氏照殿からも勧告がさきほど。」


「うむ。そうしよう。鉢形城には松山城からの増援5000が詰めていたはず。こちらの手勢は鉢形城に戻り、軍勢を他に回させよ。」


「ハハッ!」


ここに神流川の戦いは終結した。

援軍を得た北条軍は上杉前田両軍の南方進出を防ぎ、徳川家康の通過を成功させた。


しかし、一時東の守備がもろくなった瞬間を貫く突破力から見ても、戦力は敵軍の勢い未健在のようであった。


したがって北方の戦いは、北条が守備へと回っていくこととなる。


北方の前線維持のため、氏邦は急ぎ鉢形城へと戻る。


しかし、





「殿!あ、あれは...」


氏邦は数日後、軍を纏め鉢形城の間近まで迫ったが、その正面ではまさに悲惨な戦いが起きていた。


「豊臣...本軍の襲撃!?」


目前には高らかに掲げられた旗。およそ一万余に及ぶ豊臣本軍が鉢形を襲撃していた。


周囲は音を潜めつつも絶望を感じざるを得なかった。


数える間もなく氏邦は察する。

もはやなり。


かの大軍がここ北方まで押し寄せるなど到底聞き及んでいない。数こそやや劣るが、各城の連携が取れなくてはまずい。


「ま、まずい、氏照殿に今すぐ伝達せよ!急ぎ河越から援軍を寄越さねば前線は崩れるぞ!!」


「は、ハハッ!」


「我らは今現在手勢7000。かき集めた民兵は使うわけにはいかぬ。即ちこの戦い、合流した河越城軍、氏照殿の援軍と合わせ我らが突破せねばなるまい。もはやこの大戦、終わりすらも迎えつつあるが、北条の名を借る者として断固として終わらせはせぬ!皆の者、わしについて参れ!」


「オオォォォ!」


城攻めに喘ぐ鉢形城を前に、鉢形衆は最後の突撃を開始した。




このとき、豊臣本軍による閉塞作戦が開始されていたとは、多くの者は知らなかった。




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