小田原征伐謀略戦
第一話 小田原評定満場一致
~~~♪
冷たく澄んだ山々の呼吸に包まれ、より一層鮮明に笛の音が響き渡る。
ここは八王子城内においても特にお気に入りの場所で、城主の北条氏照はここで家臣の笛彦兵衛を連れ横笛をたしなむのだ。
するとそこへ一人の屈強なるつわものがゆったりとした足取りでこちらのもとまでやってくる。
「こちらにおられたのですか。殿。」
「おう。照守か。笛はよいぞ。其方も吹いては見ぬか?」
「いえ某にはどうも横笛は似合わぬようで........。」
「ハハハ。其方にはやはり父親譲りの高麗八条流馬術とやらの見事な馬捌きこそが似合うものだからな。」
「まこと恐れ入ります。」
中山照守。彼は北条氏照に仕える腹心の部下であり、彼を武の面で支える屈強な武士だ。私が最も信頼を寄せる家臣の一人でもある。
一瞬の静寂ののち、彼らは今起きている現実へと引き戻されていく。
「.....して、いよいよ始まろうというわけか。」
「仰せの通りで。つい先日、沼田城代の猪俣邦憲殿が真田方の名胡桃城を陥れ、いよいよ上方による徹底的な征伐の号令が目前に迫っているとのこと。また、小田原城に集結すべしとの号令が大本営からくだっておる次第にて。」
「.....ううむ。」
北条家随一の戦略家たる氏照は悩んだ。
この戦い、上方の豊臣秀吉が威信にかけて全国から総動員するだろう。
ここで参戦することで、いまだ恭順を決めかねている東国諸大名が身の安全を図るよう仕組むに決まっている。
すでに常陸の佐竹義宜、越後の上杉景勝、他大勢が豊臣方についたのである。
つまるところ北条家は完全に孤立した中で戦わなくてはならないというわけだ。
.....しかし。
北条家の盟友として侮れぬ勢力を保持しつつある奥羽の伊達政宗が如何に動くか。
彼らの勢力拡大は我ら北条家にとって望ましいことでもあった。
そして、彼らを生かすも殺すも我らの選択に今ゆだねられている。
今、どれだけ時間を稼ぐことができるか、それにこの戦の結果は左右されるはずだ。
北条家にその備えはあるのだろうか。
「いいや。ない。必要なことは一族家臣の結束と民衆の大いなる支持だ。それがいまは心もとないのだ。」
「いかにも。これから始まる小田原での評定に必ずや反対因子が現れましょう。そして、いかにして言いくるめるかは殿の手腕にかかっております。」
「やむを得んな。」
「わかった。私自ら小田原へと赴く。留守居は中山照守に任せる。」
「ハハッ!!この照守、身命にかけてこの城を守り抜く所存!!」
「....ああ。では行ってくる。」
主戦派筆頭たる彼は全ての責を負う覚悟でその馬足を早めていった。
いざ小田原へ。
そして時は過ぎ、氏照は呆気にとられた表情で八王子城へと帰還するのである。
「殿!?顔色が優れませぬが......もしや交渉は決裂となったのですか?」
「.......いや。私は至って健やかだ。それに評定も悪くは、、いや、少々異常であったな。」
「.....その仔細、しかと。」
「ああ。勿論だ。」
小田原城にて催された小田原評定は以下の通りに進んでいった。
デデーーーン
「只今帰参しました氏照にございます。」
「おお氏照か。久しいな。よい。面を上げよ。」
「......ハハッ!!」
顔を見上げるとその光景はこれまで氏照が見たことのないほど異様で、厳かそのものであった。
一族の北条氏邦、氏規、氏繁、氏勝、氏房、そして家臣団には梶原景宗、大道寺政繁大道寺直次、成田氏長、御宿政友、板部岡江雪斎、垪和康忠、松田憲秀、猪俣邦憲などが所狭しとその席次を争う。
そして、最も奥の席には大殿すなわち兄上である北条氏政がいた。
そして次の瞬間には違和感が胸を突き出し、その思考が全身をめぐり始める。
........なぜ。
何故当家の当主たる北条氏直殿がこちらにおられぬのだ!
気が付けば氏照は憤慨していた。
「何故、いったい何故当家存亡の危機というのにも関わらず、氏直殿がおられぬのだ。そこもとら私をあざけっているな!?弁明されよ!由々しき儀なり、由々しき儀なり!!」
冷静沈着の氏照とはいえ流石に抑えきることなどできなかった。周りを見渡せば、誰一人としてこちらに目を合わせる者はおらず、これまた氏照と同じく怒り心頭といった表情である。
誰もがその疑問の解を求めて一斉に氏政へと視線を預ける。
静寂が間を囲み、固唾をのんで見守っている。
そんな中、意味ありげな間を作り、意味もなさげに氏政はため息をついていった。
「すまぬ。氏直が今いずこにいるのか全く分からぬのだ。」
それからというもの、皆があっけにとられたからか分からぬが、豊臣方との決戦は家臣みな同意見の徹底抗戦という結論に至り、これという反論もなく評定は終了となった。
場の空気を気にしてか、終始氏政は
「....え?いいの?北条家滅ぶかもしれないのに、徹底抗戦しちゃうの?いや、わしはいいんだが、、」
用なしと言わんばかりに家臣はそろそろとその場を後にし、戦支度へと向かってしまった。もちろん私も。
ちなみに、後世で小田原評定の意味を調べると、
「いつまでたっても決まらない相談のこと。」ではなく
「反論を想定していたものの一切の反対意見がなく心配事が杞憂に終わること。」
になるのである。
「......と、いうわけで私の心配は杞憂に終わったようでなによりだ。」
さすがに信じられぬといった表情で照守は話に耳を傾けていた。
「ま、まさか満場一致とは、、、この照守恐れ入りました!!」
「まだ喜ぶには早いぞ照守。徹底抗戦の決定とは豊臣との一大決戦が幕をあけることを意味するのだぞ。もはや後には引けぬ。何としてでもこの決戦に勝たなくてはならないのだ!!」
「......ハハッ!!」
すでに木々の葉ははらりと舞い、どこまでも続く関東の平野に冬の到来を告げていた。この地が戦場となるとは知らずに、人々の営みは変わらず紡がれていく。
そして意気揚々と私は軍備増強を務める中、彼は突然現れた。
「殿!!ご当主がここ八王子城のもとに!?」
「氏直殿!?」
「氏照殿。久しいですな!」
当家の若き主がなにやら含みのある笑みで応えた。
城内が異様な騒ぎとなる中、渦中のこの男、北条氏直が氏照の目の前に現れる。
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