第三話
時代が時代です。私は学校にもいかず、日がな男性の仕事を手伝い、長じてくれるにつれ旋盤をはじめ溶接や金属加工の技術を学びました。
その人がいなければ、きっと私はあの頃の多くの戦災孤児と同じように虚しく果ててしまっていたでしょう。
そんな恩人も、終戦から8年、日本が徐々に平常を取り戻し、新しい時代へと向う最中、戦中から患っていたという肺の持病が悪化し、あっけなく亡くなってしまいました。
二十歳で私はまた、天涯孤独の身となりました――。
―――当時は皆、早くに結婚したものです。
しかし、私は、どうもそんな気になれなかった。きっと、この国を信用していなかったのでしょう。
つい数年前まで、国民の命をいくらでも換えのきく部品のように扱い、なんら戦後の保障もせぬまま今度は「働け働け、産めよ増やせよ」です。
恩人が遺してくれたこの小さな工場を守り、一人で静かに生きていこう。そして、いつかあの世で、母と恩人にまた会えたなら――それでいいと。
日々を淡々とつつがなく送り、気付けば数年が過ぎ、二十代もなかばになっていました。
戦後の特需に乗り、仕事はいくらでもありました。景気のいい話があちこちで囁かれます。大口発注に設備投資や工場増築、後で考えれば、そんな時代というのは一番危ないと言えるのかもしれません。ですが、まだ若い私にはそれが見抜けなかった。
気付いた時には、一文無し同然でした。
何というのでしょう……どっと疲れてしまったのです。
人生の唯一のよすがにしていた恩人の工場すら守れなかった――。そんな若くに全ての可能性を捨てるなんて、と人には思われるかもしれません。しかし、人生の土壇場にくると年齢など意味のないものだと知りました。魂の若さこそが物を言う、というのでしょうか。
そして私の魂は、すでに老い疲れていた―――。
―――だから、この山に向ったのです。
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