第二話



 ―――何日も水しか飲まず、もう自分が空腹なのかどうなのかもわからぬ朦朧とした状態で川辺に座り込み、ぼんやりとしていると、少し離れたところで川を見つめていた壮年の男性に声をかけられました。


「―――坊主、親もいなくて行く所がないなら、一緒に来るか」



 当時は―――人攫いや人売りが跋扈していた時代です。


 あるいはもう、それでもいいと思っていたのかもしれません。終戦直後の混沌と殺伐とした社会は、十二歳の子供が一人で向き合うのには、余りにも色々残酷すぎました。



 ぼんやりと、うなずき、男性と歩き出しました。



 無言のまま歩き、どこかの港から船に乗り辿り着いたのは、東京に比べると幾分マシと言えるものの、戦争の爪痕だらけの荒廃が広がる海に近い小さな街でした。




 男性は、人攫いではなく、小さな旋盤工場を営んでいました。工場といっても、ごく小さな家内工業のようなものです。本来は、すぐ近くに家があったそうですが、その家は焼け、小さな工場のさらにその片隅を敷居で囲い、寝床兼住居にしていました。



 その壁にこしらえられた棚に、二つの位牌と、綺麗な若い女性が男の子らしき赤ん坊を愛しそうに抱いている、1枚の白黒の写真が飾られていました。

 女性の後ろには、まだ戦前の平和な家並みが広がり、写真を撮ったのは男性だったのか――カメラに向って花が咲いたように笑っている女性の顔が、とても印象的でした。



 男性は決して多くを語りませんでしたが、戦争で何もかもを失くされたんだろうと思います。

 地獄のような戦地で唯一の支えだったのは、なんとしてでも生きて国に帰り、奥さんとお子さんをもう一度抱きしめ、そして三人で暮らしていくという想いだったでしょう。



 それが戦後復員すると、全てなくなっていた。家も焼け、小さな工場だけが、かろうじて残っていた。



 そこに何を見たのか―――何を思ったのか―――。



 それは無常―――だったのかもしれません。




 そして、男性と同じように戦争によって天涯孤独になってしまった私を――、亡くされたお子さんに重ねられたのか――。


 坊主坊主と、可愛がってくれました。


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