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 僕の心はこれ以上ないほどに震えた。ああ、フレイヤさんに話してよかった。大きな勇気を与えられ、湧き上がる歓喜の中で、僕は石を打ち合わせるフレイヤさんの姿を見つめた。


「ギル、この石を測定に出したことはあるか?」

「え? いいえ。でもなぜです?」

「これは金属音だ。それもかなり純度が高いものの。銀河内にもこれだけのものは少ない……。明日返しにくるから、一つ貸してもらえないだろうか、ちょっと調べてみたいことがある。構わないか?」

「ええ、もちろんです」


 フレイヤさんは五つの石を薄布にくるみ、しっかりと上着の隠しに入れて船へと帰っていった。一人乗りの白銀に光るカプセルみたいな小型船があっという間に沖合の大型船に横付けされ、次の瞬間かき消えた。どうやらフレイヤさんたちの星は、僕らの星よりも数段に優れた技術を持っているようだ。だからこそ、銀河で一番遠い航路を行き来できるのだと納得した。


 その夜、僕は沖合で輝くまるで月のようなフレイヤさんたちの船を見ながらベッドに入った。明日の朝、フレイヤさんがやってくる音を聞き逃さないよう、眠る時にはオフにする機能を切らなかった。潮騒が夢の中にまで入り込んでくるかのようだった。


 翌日、やってきたフレイヤさんが小さな五つの石の隣に、手のひらよりももっと大きい黒い岩の塊のようなものを並べた。


「これは?」

「私が運んでいるものだ。私たちの星の海から突き出す岩だよ」

「?」

「特殊な鉱石なんだ。多くの星で工業を支える貴重な資源になっている。こう見えて含有金属の質も量も銀河で一番なのだよ。非常に固く簡単には腐食しない素晴らしい金属を作ることができる。長距離大型輸送船の多くがこれを使っている」

 

 僕はフレイヤさんたちの白銀に輝く船を思い出す。あの輝きはここからきているのか……。この黒い石の中に光?


「ただ、採掘現場は荒れた海だ。足場も悪くあまり効率的ではない。さらに、採れたものが全て基準を満たすとは限らない。だから取引量はそれほどではない。もちろん、低くてもそれなりのものを作ることはできる。けれど私たちは一流のものを持っていきたいからね、基準を厳しく定めて常にチェックを怠らない。だから、その基準に満たないものは今の所使い道がないんだ」

 

 僕が理解できるようにと、簡単な言葉で説明してくれているのはわかる。けれどその真意が読み取れない。首をひねる僕にフレイヤさんが笑った。


「その基準を満たさない数値も、他にはないものなのだよ。だからすぐにそれとわかる。ギジェルモ=フィンバーティアスの金属含有量はその数値と同じだった! それがどう言うことかわかるか? ギル」

 

 僕は驚きのあまり声もなかった。脳内の混乱がひどいのか、代理音声機能さえも作用しない。口をパクパクと動かすばかりだった。フレイヤさんがまた微かに笑った。


「山のようにあるのだよ。そして……使い道がない」

「それって……」


 ようやく声になった。いや、機能を停止し自分の意思で自分の声で喋った。聞きにくくても間違いがあっても、そんなこと構わないと思った。この感動を自分で伝えずしてどうする。


「ああ、そう言うことだ。ギル、やってみないか? 外側を砕いて完璧に芯を出すにはそれなりの設備が必要だからすぐには無理だ。だが、この一週間で荒削りのものを作ってみようと思う」


 せっかく寄港したのだからこの星でも商談を、と急遽滞在許可をとっていたフレイヤさんは、日中の仕事を終えた後、作業をしてくれることになった。

 忙しいフレイヤさんのために、僕は何か力になれないだろうかと思った。けれど僕がのみを持って応援に行ったところでどうしようもないことは明らかだ。そう伝えるとフレイヤさんが顔をほころばせた。


「ありがとう。ギル。その気持ちだけで十分だ。大丈夫だ。船には作業スペースもあるし、研究チームも乗っている。この石は私たちの星ではキルギリヤと言う。風を呼ぶものという名だ。海は常に荒れていて、まるでこの岩が風を呼んでいるようだからな。キルギリヤの取引はまだ始まったばかりだ。私たちはこの石の新たな使い道を模索していた。特に残されたものの。これは私たちにとっても願ってもない機会なのだよ、ギル」


 収納庫の中に山と積まれたままの石。本来のキルギリヤに比べれば、出来損ないの半端者かもしれないけれど、僕にはまるで救世主のように思われた。風を呼ぶものだなんて、まさにギジェルモ=フィンバーティアスだ。フレイヤさんたちが白い秘密の片鱗を垣間見たような気がした。


 一週間後、僕は晴れ渡った空を見上げていた。真っ白な浜、真っ青な空と海。僕の腕のデジタル表示が約束の時間を表示した瞬間、大きな圧力が動いたのを感じた。水平線から、真っ白な船が音もなく浮かび上がって近寄ってくる。それはまるでおとぎの世界のような光景だった。程なくして船は僕の真正面の空中に静止した。

 次の瞬間、優雅な古代の帆船の甲板を模したような装飾の船べりから突起が無数に張り出した。三角錐の先が割れて透明なチューブに固定された荒削りの岩が姿を現す。まだ黒いもの、白銀を思わせる光沢をのぞかせたもの、様々だ。それらが白い船べりにずらりと並び、かすかに揺れている。

 船が緩やかに旋回を始めた。やがて僕の家の真上に陣取れば、そこから絶妙なスピードで空へと登っていく。風と船体の振動で、石が激しく揺れて打ち合わされた。


「っつ!」


 振動が次々に押し寄せてきた。まるで雨のようにとどまることなく降ってくる。そして、それが一つではないことに僕は気づいた。幾つもの違う何かが僕の中に響く。響きあう。ああ、これが音なのだと僕は思った。音階、旋律。きっと今、外には世界を揺るがさんばかりの音が渦巻いているはずだ。それが僕にも届く。僕にも「聞こえ」るのだ。


「研磨の技術、大きさや重さが音の共振に与えるデータ取り。この先の課題は多い。けれど始まるのだよ、ギル。まずは聞いてみてくれ」


 フレイヤさんの言葉が、僕を包む揺れの中に広がっていく。

 僕は頭上の真っ白な巨大艦船を見つめた。この船で僕も共に行くのだ。

 黒く無骨な岩の中に隠された白の輝きが僕を呼んでいた。ギジェルモ=フィンバーティアスと同じもの。そう、魚人族と同じ何かを、フレイヤさんたちも持っているのだと僕は確信していた。

 懐かしさを感じたわけが、似た能力を持つ理由が、そこにはあった。だからこそ、未来を賭けようと決心できたのだ。彼らとなら気持ちを分け合うことができる、夢を語り合えることができるだろうと。


「半人前? いやギルには私たち以上に繊細なアンテナがある。必要な音を感じ取って形にしていくには、ギル以上に適した人材はいない。みんなが待っている。誰もがワクワクしている。ギル、一緒に未来を作ろう」


 僕は目をつぶり、全身で自分を包み込むものを感じた。無数の音は今、未来の歌を歌っているのだろうか。それは足元に広がる砂たちの願いのようにも感じられた。遠き島から流れ着いた想いのかけらたち。彼らの生まれた美しき国が再び生まれくるのだ。想像もしなかった大いなる結びつきに僕の胸は震えた。

 遠い星の、白き光の先駆者たちとともに、新しい音を探す旅は今始まる。

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海のチャーム〜白き輝きが僕らを導くとき〜 クララ @cciel

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