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 微かな弧を描いたまま、唇を引き結んであるはずの僕から言葉が滑り出す。


「音声認識解読装置です。応答用の代理音声機能も兼ね備えています。これならあなたの話を聞き間違って失礼になるようなことがないはず」

「すごいな。ちゃんと君の声に聞こえる」

「僕の声を登録してあります。時々発音が微妙になるかもしれませんが、ほぼほぼ間違いないかと。父が開発してくれました」

「そうか」

「はい。でもこのAIも100%ではない。相手の方の癖によって誤作動を起こすこともあります。ですから僕は同時に唇からの判読をして、話の内容をすり合わせるんです。あなたの発音はとても綺麗で、唇の動きは模範的ですから、僕には願ったり叶ったりの相手です」


 その人は、それはそれは嬉しそうに笑った。


「母のスパルタ教育がここへきて大いに役立ったようで嬉しいな。他星との貿易が始まったのは最近のことなんだ。だから言語を習得しているものはまだ少ない。しかし母には熱烈な思い入れがあってね。いつまでも田舎者のままではいけないと焚きつけられた。いつの日か立派な銀河貿易商になれ。船を持ち、自らが舵をとって星の海を行け。女性であってもそんな野望を持ち、それを実現できる時代が来たのだと、そう励まされて育ってきたのだよ。私はフレイヤ。あなたは?」

「僕はギルです」


 僕らは並んで浜の大きな流木に腰掛けた。すらりと背の高いフレイヤさんだったけれど、隣に腰かければ、思った以上に線が細くなよやかなことが感じられた。これであの超大型輸送船の艦長さんなのか。僕は心底感動した。


「それにしても美しいな。これは本当に海なのか? 信じられない。真っ白だ」


 彼女の指先からさらさらと砂がこぼれ落ちる。


「それは沖合のサンゴのかけらです。光サンゴ。もともと真っ白なんですが、かけらになると一層磨きがかかったような白さになります。サンゴにも何色かあって、この星の浜の多くが砕けたサンゴのかけらでできた砂浜ですが、白い浜は少ないんです。ここは光鱗石こうりんせきのかけらが混ざっているためさらに特別な白になります」


 彼女の目が大きく見開かれた。


光鱗石こうりんせき?」

「はい。大陸にない石で、海底からのものと思われる石です。この浜にのみたどり着くんです。それが驚くほど硬質な白なので、浜が一層白く輝くというわけです」


ああ、とフレイヤさんは静かに息を吐き出して僕を見た。


「サンゴと光鱗石こうりんせきのかけら……そんなものが世界にはあったのだな。砂浜か……」

「フレイヤさんの星にはないんですか?」

「ああ、私たちの星にあるのは恐ろしい岩ばかりだよ。浜などはない。絶壁か岩場。海から飛び出した大岩は黒くてごつごつと尖っていて、嵐の日に港に入れなければ船は木っ端微塵になる」


 すらすらと出てくる単語、そしてその美しい発音。僕は密かに心の中で舌を巻いた。スパルタ教育ももちろんだろうけれど、本人の語学スキルが相当に高いのだろう。僕は亡くなった祖父を思い出した。同じように優れた語学センスを持っていた人だ。

 ふと、フレイヤさんの視線が砂から離れ、僕に移った。


「ギル、背中に背負っているものはなんだ?」

「ああ、僕の日課なんです。浜を歩いて漂着物を集める。それで民芸品を作るんです。同時に大事なものも探しています。祖父から受け継いだ仕事で……。しかし漂着物拾いはなかなかに愉快なものですよ。特に嵐の翌日には色々なものが流れ着きますからね。ガラスの瓶に入った古い古いラブレターとか、噂に聞いたことがあります」


 フレイヤさんが息を飲むのが感じられた。彼女は軽く頭を振って僕に向き直った。AIを通してではなく、感動を直に伝えたいのだということがひしひし伝わってくる。


「ガラスに入った手紙! そんなものが……、信じられないな。砂浜というのは……本当に穏やかで美しいものなのだな」


 目を細め、手のひらに集めた砂つぶを見つめるフレイヤさんの横顔を僕は盗み見た。フレイヤさんは真っ白なサンゴのかけらを美しいと言ってくれたけれど、僕にはさらに真っ白なフレイヤさんの方がずっと美しく見えた。


「フレイヤさんの髪、砂浜よりもずっと綺麗な白で、僕は美しいと思います」


 気がつけば言葉になっていた。音声機能を一時オフにして、自分の声帯を使ったのだ。彼女の目が大きく見開かれる。おかしかっただろうか、どこか間違ったか? 言い直そうとした時、フレイヤさんが違う違うと大きく首を振った。


「ありがとう、ギル。ちゃんと伝わった。驚いてしまったのだよ……。この色は私の星の者には多い。暗い海ばかりの星、だからもしもの時にわかりやすい色だとしか思ったことがなかったよ」

「そんな……まるで光鱗石こうりんせきのようじゃないですか」

 

 今度は僕が驚かされる番だった。信じられない。こんな綺麗な色をただの認識色のようにしか思っていないだなんて。所変わればなんとやらだ。僕の表情があからさまだったのだろうか、フレイヤさんが軽く肩をすくめて見せた。


「それはそうと、さっき言っていただろう。ギルが本当に探しているものとはなんだ?」

「あっ……」


 僕はすぐに言葉を続けることができなかった。まさかそこに話が向くだなんて予期していなかったから、うろたえてしまう。少々、込み入った事情がある。誰かに詳しく話しことはない。だけど、フレイヤさんになら打ち明けてみてもいいのではないかと僕は思った。

 でもなんと言えばいいのか、どこから話せばいいのか……。躊躇する僕にフレイヤさんが申し訳なさそうに眉を下げた。


「すまない。立ち入ったことを聞いてしまったか?」

「いえ、大丈夫です。ただ話せば長くなるのと、今まで聞いてくれる人に出会ったことがなかったものですから、ちょっととまどってしまって……。時間がかかりますが、もしフレイヤさんがよければ」

「もちろんだよ。ありがとう、ギル」


 フレイヤさんの温かい笑顔に励まされ、僕は大きく息を吸い込んだ。改めてこの問題に向き合うと、自分がぶれないためにも必要な機会だったのだと思えてくる。これからの僕にとって、きっと大きなものになるはずだ。

 正直言えば、こんな大事なことは自分の声で伝えたかったけれど、フレイヤさんにはきちんと知って欲しかった。ここはAIの力を最大限に利用しようと僕は思った。いつもは簡易モードの機能を超感度詳細モードにする。ちなみに今まで一度も使ったことがない機能だ。僕はもう一度深呼吸をしてまっすぐ彼女に向き直った。

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