海のチャーム〜白き輝きが僕らを導くとき〜

クララ

1

「すごいな、すごい数だ。空が船で埋まってる」


 雲行きが怪しくなりつつある海上に、次々と飛来する宇宙船を見ながら僕は思わず呟いた。圧巻としか言いようがない。多くの人がいつにない音や圧力に慌てて窓や戸を閉めたけれど、僕は全てを押し開いてじっと空を見つめた。

 超新星爆発があったらしく、その流れに巻き込まれないようにと、航行中の宇宙船は全て最寄りの星の銀河ポートに退避することになったのだ。


 リビングルームの壁に埋め込まれた超薄型スクリーンには緊急ニュースが流れている。通常の飛行空路は閉ざされ、街中の小さな個人ポートまで使用禁止になっているようだ。通常の基準を超える宇宙船の寄港で、大気の乱れや空気質の低下も考えられるため、早々に仕事を切り上げ、まっすぐ帰宅するようにと促している。

 さらに、何かが大気圏内にも強く作用したようで、地上でも嵐の気配が濃くなってきた。海はすでに灰色となり、しけ始めている。いつも穏やかな波打ち際にも、高い波が押し寄せ砕け散った。

 海には決して出ないようにとのテロップが流れた。状態が悪いだけではなく、どうやら銀河ポートに入れない船が着水するようだ。それはそうだろう。近くを航行中の船が全て降りてきたのだ。今頃、銀河ポートや隣接する港は大混雑だろうと予想された。

 いつにない嵐になりそうだった。毎日海を見ている僕にはわかる。風の力が違う、雨の匂いがどんどん強さを増している。僕は港に入れなかった船たちが心配になった。

 やがて、祖父から受け継いだコテージを吹き飛ばさんばかりの力で、雨が、風が、夜を容赦なく翻弄した。


 しかし翌朝は、打って変わって快晴だった。嘘のように晴れ渡ったのだ。緊急速報はもう流れていない。大きな被害はなかったのだろうと胸をなでおろす。ただ、港に入れなかった船はどうなっただろう。大丈夫だろうか。まあ、管制塔からの指示も連絡も頻繁に出ているだろうから、素人の僕が心配するようなことはないだろう。


「じゃあ、僕も行くか」


 僕は浜に出る準備を始めた。今日は少し特別なことになるかもしれない。ちょっとした嵐の翌日にだっていつもより多くのものが流れ着くのだ。あんな嵐が一晩中我が物顔で海上を席巻した後……、思わぬものが集められるかもしれない。それに、管制塔が把握していない難破船とか、万が一ということもある。


 まだ幾分波は高く、あちこちで白波が砕けていたけれど、それでももう、いつもの朝と同じように、青い空の下でキラキラと輝いている。

 真っ白な砂浜を僕は歩いた。波打ち際よりもずっと砂浜の奥に、実に様々なものが散らばっていた。波は相当暴れたようだ。海に張り出していた崖下の木が一本持っていかれたらしく、いつもなら見えない銀河ポート方面がおぼろげに揺れて見えた。

 僕ははるか向こうの水平線を眺めた後、背中のかごを背負い直して足元に注意を向ける。流木に貝殻、朽ちた看板にボトル、大きなサンゴのかけらに……。


「あっ!」


 駆け寄って白い塊を手にする。


「やっぱり……」


 初めて見る大きさのそれに心が踊る。太陽の光にかざした。白が輝く。

 ふと、その向こうの真っ白な砂の中で何かが揺らめいた。髪? 真っ白な髪? 人だと認識した瞬間、僕は駆け出した。まさか……遭難者?!


「大丈夫ですかぁ~!」


 できる限りの声をあげ、僕は走った。その声が届いたのか、砂浜にうずくまっていた人がゆっくりと立ち上がり、振り返った。

 僕とその人の距離が近くなり、全てがよく見えた。真っ白な髪、真っ白な目、肌も抜けるように白く、着ている洋服も全て白。その中で、淡い薔薇色の唇が恐ろしく鮮やかだった。

 なんて、なんて綺麗なんだ。上がりかけていた息をひゅうと吸い込んだ。


「ああ、ありがとう。問題ない」


 風の中でその人が答えた。薔薇色の唇が綺麗な弧を描く。僕は止まってしまったかのようだった胸をトントンと叩いた。


「よかった。あのぉ……他星の方ですよね? 僕らの星の言葉が喋れるんですね……。でもこんな時間にどうして。船はどこです? 難破したんですか?」


 矢継ぎ早に言葉を重ねれば、その人は静かに右手を掲げて遥か沖合を指差した。僕がさっき見た水平線よりもずっと南に、真っ白な大型船が見えた。損傷はなさそうに感じられた。

 しかしその大きさ重厚さからいって、あれは超長距離移動用の船だ。それも銀河基準でかなりの重量級の運搬可能艦。ずいぶん遠い星から来た方なのだろうかと見上げればにっこりと微笑み返された。


「港には入らなかったんですか?」

「ああ、まだスペースはあったようだが、何せあれだけの船だから。突然割り込むには大きすぎた。無理だったんだ」


 僕はその人をじっと見つめた。いつもよりまだ波の音も風の音も大きい。その中で、一言も聞き漏らすまいと耳を傾けているように見えるだろう。言葉は端的だけれど、その仕草や微笑みは柔らかい。なんだろう。とてつもなく魅力的な人だった。正直、引き付けられて目が離せない。そしてどこか懐かしさを感じさせた。僕は次々に湧き上がる感情を隠そうと、いつになく神妙な顔をして言葉を紡いだ。


「そうですか、それで海に……。とにかく無事でよかったです。凄まじい嵐でしたから」


 その人がかすかに首を傾げた。何かおかしなことでも言っただろうか? 下心が見えたとか? 僕は焦った。けれど次に届いた言葉は思わぬものだった。


「……あなたは、もしかして耳が聞こえないのか?」


 はっと僕は胸を押さえた。まさかそう直球が飛んでくるとは思わなかった。


「あ。ごめんなさい。聞きづらかったですか。僕の言葉」

「いや、どこもおかしくはない、綺麗な発音だ。ただあなたの視線が……」

「ああ……。唇を読んでいるんです。こうして会話が成り立つのも、あなたがとても上手に僕たちの星の言葉を話してくださるからです。ネイティブスピーカーでも、唇の形が曖昧な人は多いですから」


 不躾に見すぎたことも、これで言い訳になる。納得してもらえだろうと、僕は密かに安堵の息を洩らした。


「でも……きっとこうした方がいい」


 僕は耳たぶに装着した白い輝きをオンにした。

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