魔法の呪文

「先輩、今日はありがとうございました」


 先輩は、家の前まで送ってくれた。


「それじゃ、明日な」


 ここへ戻ってくる前、野球部の明日の地区大会の時間は聞いておいた。

 谷上体育館で先輩とは待ち合わせの約束をしている。


『頑張って宝箱を開けるのですわ。無理だと思ったら、トシローに言うのですわ』

「トシローさんに?」

『プロデューサー同士は連絡を取り合うことが可能なのですわ』

「いつの間に連絡先交換を!?」


 私が思わず驚いて聞き返すと、トシローさんがドヤ顔をする。


『天才プロデューサーとなれば、コミュニケーションの取り方は完璧かんぺきなのだ』

「……いや、連絡先を交換しようって言いだしたのは、ペガの方だけどな」


 はい、そんな気はしていました……。


『そ、そんなことはどうでもいいのだ! 早く家に帰って、宝箱の開け方を考えるのだ!』


 そう言うと、トシローさんは玄関の方へと走って行ってしまった。


「すみません、迷惑かけてばっかりで……」

「同じ魔法使い仲間と一緒に行動するってこんなに楽しいもんなんだな」


 天馬先輩は、少し照れくさそうに笑った。

 目つきが鋭いからか、笑わない、いつも怒っていると思われている先輩。

 そんな先輩の別の表情が見られたような気がして、なんだか嬉しい。


「まぁ、無理だけはするなよ? できなさそうだと思ったら、遠慮えんりょなく頼れ」

「ありがとうございます」


 天馬先輩は片手を上げると、ホウキにまたがって空へと飛び立った。

 先輩の姿が見えなくなるまで見送ってから、私も玄関に向かう。


 通りすがりに、ホウキを今朝あった場所に、元通りの場所に戻す。


『あー、気に入らないのだ』

「トシローさん、何が気に入らないんですか」


 私が玄関扉を開けながら聞くと、トシローさんはつんと鼻をそらす。


『アキトなのだ。ミスズの相棒、師匠はワガハイなのに、でしゃばりなのだ』

「いやいやだって、トシローさんが全然、教えてくれないからです」

『ワガハイだって、色々教えてやれるのだ。絶対なのだ!』


 まるで、お菓子売り場の前で駄々だだをこねる子どものようです。


「それなら、この箱の開け方を教えてください」

『そんなの知らないのだ』


 きょとんとした顔をするトシローさん。


『自分で考えなければ、意味がないのだ』


 なんだか、もっともらしいことを言ってらっしゃいますが。

 見た感じ、本当に知らなさそうな顔なのが気になります!!


「そんなこと言って、本当は開け方を知らないのではないですか?」

『そんなことはないのだ! ワガハイは、魔女プロデューサーなのだ』

「だって、教えてもらわなければ、成長したくてもできません」

『ぐぬぬ……』


 トシローさんはすねた様子で、部屋の片隅で丸まってしまった。

 ジト目でこちらを見ていますが、気にしません。


 かばんの中から、天馬先輩から借りたノートを取り出す。

 何か、ヒントになるようなことは載っていないでしょうか……。


 そんなことを考えながら、ぱらぱらとページをめくっていく。

 すると、気になるページが一つ見つかった。


『困った時は、開けゴマ! 大体なんでも開く』


 なんだかとっても、雑な説明です。

 でも、大体なんでも開くと書いてありますし、これは使えそうです。


 自分の前に、鍵のなくなってしまった鍵付き宝箱を持ってくる。

 そして、宝箱に触れながら唱えた。


「開けゴマ! 開かずの宝箱よ、開いてください」


 数秒の間、部屋の中に静けさが広がった。

 沈黙を破ったのは、トシローさんの笑い声。


『ほら、アキトのことなんて信用できないのだ。何も起きないのだ』

「そんなことはありません。何か理由があるんです!」


 私は、トシローさんに向かって言った。


「お願いです。あなたの持ち主が、困っているんです。明日の試合に、中にある野球ボールのストラップを持って行かないといけないんです」


 開けゴマ! 何度も何度も、言い続けました。


 数分後。宝箱の様子が最初と、少し違っていることに気付く。


「……少しずつ、浮かび上がってる……」


 宝箱のふた。ふたと本体との間に、小さな小さなすき間が空いている。

 さっきまでは、ぴったりと閉まっていたはずなのに。


『そんなはずないのだ、開くなら、もっと派手に一発で開くはずなのだ』

「トシローさんは黙っててください」


 全然手伝ってくれないトシローさんの話なんて、聞きません。

 私は、開けゴマと言い続けました。


 さらに数分後、小さくカチッという音が響いた。

 おそるおそる、宝箱のふたを持ち上げてみる。すると。

 いとも簡単に、ふたは上に持ち上がって、中身が取れるようになった。


「……」

『……』


 私とトシローさんは、一瞬、無言になった。数十秒後。


「やったー! 開いた!!!!」

『やったのだ! ついにやったのだ!』


 私は思わず、トシローさんの体を抱きしめた。


『う……、苦しいのだ』

「よかったです、私にもできました……!」


 よかった、本当によかった。

 私にはできないかも、そう思いましたが。

 無事に鍵が開いて、本当によかったです。


 ふと、開けゴマのページを見ると、小さくこう付け加えられていた。


『ただし、効果はうすい。成果を出すには、何度も唱える必要がある』


 うわああああ! ちゃんと読んでませんでした! 最初から教えてくれてました!


『やったのだ! これで一人前の魔女に一歩近づいたのだ』

「これで終わりじゃありませんよ」


 私は、腕をまくりあげた。がぜん、やる気が出てきました。

 きっと、他にもできることがあるはずです。


『鍵は開いたのだ、これで解決なのだ』

「いいえ、まだやれることがあります」


 そうと決まれば。私は、その解決策を探るべく、ノートを読み進めた。





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