一人目の相談者

 それは、背の高い男子生徒だった。

 彼はきょろきょろと周りを見渡して、ポストを見つけた。


『ミスズが書いた貼り紙を読んでいるのだ』

「何か悩み事があるのでしょうか」

「俺の魔法に効果があったのなら、悩み事を書いてポストに入れてくれるはずだ」


 私たちは固唾かたずをのんで見守る。

 男子生徒は、しばらく悩んだあと肩から下げていたリュックサックを下ろした。

 そしてリュックサックの中をあさり、一冊のノートと筆箱を取り出す。


「ああしまった。悩み事を書く紙を用意していませんでした」

「ペンもな。後でポストに挟むしかないな」


 男子生徒は、ノートのページを小さく破く。

 それから、筆箱からシャープペンシルを取り出し、何かを書き込んだ。

 さらに、リュックサックから何か小さな箱を取り出す。


「あれは何でしょうか」

「宝箱……に見えるな」


 男子生徒は、小さな箱と紙を一緒にポストに入れようとした。

 だけど、ポストの口が小さくて、箱が入らない。


「あー、私が今出て行ったら警戒けいかいされちゃいますし」

「俺が行ったら余計に、嫌がられるし……」

「そうだ!」


 私はあわてて、自分のかばんから紙を取り出した。

 そして、文字を書き込み、トシローさんに渡す。


『これは、何なのだ?』

「後で説明します。今は、あの人のところへこれを持って行ってください」

『仕方がないのだ』


 トシローさんは、メモをリボンの間に挟むと、たっと男子生徒の方へ走って行く。


「なんて書いたんだ?」

「品物とメモ、預かります。今度ポストの口を大きくしておきます、すみませんと」

「なるほどねぇ」


 男子生徒の前にトシローさんが到着する。

 ニャア、と鳴けば男子生徒はトシローさんに気付いた。


「あ、しまった」

「なんだよ」

「あの人が猫嫌ねこぎらいの可能性を考えていませんでした」

「いや、それは大丈夫だろ……、いや、大丈夫じゃないかもしれねぇのか」


 男子生徒は、トシローさんをなでている。どうやら猫嫌いではなかったようです。

 そして男子生徒は、トシローさんに持たせたメモに気付いた。


 少しだけ考え込む様子を見せた男子生徒。

 でもすぐに、トシローさんのリボンのすきまに、箱と自分の書いた紙を挟んだ。

 トシローさんは嬉しそうにこちらに戻ってきた。


『やったのだ。無事に回収できたのだ! ほめるのだ!』

「お疲れ様です、トシローさん。ありがとうございます」


 私がトシローさんを撫でると、彼はゴロゴロとのどを鳴らした。


「それじゃ、悩みの内容を早速読んでみましょう」

「そうだな」


 丁寧ていねいに折りたたまれた紙を開く。


『部活仲間とおそろいで持っているストラップをなくさないようにと、宝箱に入れた。そしたら、宝箱のかぎをなくしてしまって、ストラップが取り出せない』


「それは一大事です」

「一大事なのか」


 天馬先輩が拍子抜けしたように言う。


「そりゃあもう、一大事です」


 そう言いつつ、トシローさんのリボンの間に挟み込まれた箱を取り出す。

 雑貨屋さんなどで打っている、透明なプラスチックの小さな宝箱。


「こういう箱についてる鍵、すげぇ小せぇんだよな」

「そうなんですよ。私は箱につけっぱなしにしてます」

「それ、鍵をかける意味、あんのか……?」


 呆れた様子の天馬先輩は無視して、箱の中を見る。

 小さなマスコットやお守りがある上に、野球ボールのストラップが見えた。


「多分あれですね……」

「野球ボールのストラップがついているやつか?」

「はい。部活仲間、つまり野球部のみなさんとおそろいで買ったものなのでしょう」

「そういえば明日、谷上たにがみ体育館で地区大会があるって聞いた覚えがあるな」


 腕組みをする天馬先輩。明日は土曜日。学校はお休みだ。

 谷上体育館は、その名の通り、この地域にある体育館だ。

 周りにはグラウンドや、テニスコートがある。

 その周り一帯すべてを合わせて、『谷上体育館』と呼んでいる。


「それじゃきっと、明日の大会に持って来ようって約束でもしたのでしょうね」

「一人だけ持って行ってなかったりしたら、仲間外れにされかねないからな」


 天馬先輩がうんうんと頷く。


「なんとかこの鍵を開けて、地区大会まで持って行ってやらねぇと」

「そうですね」

「初めての相談者だ、お前が解決しろ。魔法のかけらは、分けてやる」


 天馬先輩が、自分の腕についている魔法石のついたリボンを振る。

 すると、魔法石からきらきらしたものが流れ出て、私のリボンに入った。


「魔法のかけらって、人に分け与えることができるんですね」

「一応な。ま、人に魔法のかけらを分け与える事なんて、めったにねぇけど」

『魔法のかけらは、貴重ですわ。人に与えられるほど、みんな余裕はありません』

「そりゃそうですよね、大事なものをそう簡単に人に渡したりしないですよね」


 私は魔法石の中でかがやいている魔法のかけらを見つめる。

 このきらきらの数は、天馬先輩が頑張った数。

 誰かを助けたり、何かを先輩自身がやり遂げた証だ。

 それを、恩人でも何でもない私に、彼は惜しげもなく渡してくれた。


「ありがとうございます、絶対にお悩み、解決してみせます!」

『もちろんですわ。そうして頂かないとあたくし、許しませんわ!』


 ペガさんがふんと、鼻を鳴らす。

 よし、なんとしてでもこの初めての相談の解決を成功させなくては!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る