第52話 季節外れのずんだ餅
さいたま市の功の実家で元旦を迎えた功たちは、午後には真紀と萌音の家族が住む郡山市に向かった。
「四国から東京まで道程に比べたら、近く感じるね」
功はステアリングを握りながら、ナビゲーターシートに座る萌音に話しかける。
「郡山は中通りにあって、私達の家があった浜通りとは気候が違ったりするけれど、四国と比べればすぐそこなのですね」
萌音は感慨深そうに答える。
郡山への道のりは、さいたま市から東北自動車道に乗り入れることができるため、功にとっても負担感が少ない。
「功ちゃん、福島名物で何か食べたいものある?」
後部座席にゆったりと座っている真紀がのんびりとした声で尋ねた。
功は福島名産の食べ物と言われても、なかなか思い当たるものが無く、子供のころにプレイした電鉄会社をモチーフにしたゲームを必死で思い出す。
「わっぱめし」
「それは会津の名産品でしょ。私達の出身は浜通りなの」
功は先ほどの萌音の言葉と相まって福島のローカル事情に疑問がつのる。
「ちょっと待って、会津とか何とか通りとかどういう区別があるの?」
「ええ⁉、そんなことも知らないの?」
後部座席から真紀の呆れたような声が聞こえてくるが、萌音は温厚な雰囲気で功に説明する。
「福島県はね、地形や気候の違いで太平洋岸の浜通りと、浜通りから阿武隈山地を越えたところにある中通り、中通りからもう一つ奥羽山地を越えた会津地方と呼ばれる三地域があるの。会津は豪雪地帯だけど、浜通りはあまり雪が積もらなかったりでずいぶん違いがあるのよ」
彼女の話からすると、真紀の一家は浜通りから東日本大震災のために中通りにある郡山に移り住んだことになり、生まれ育った土地から離れた感は強いに違いない。
「状況がわかったら、浜通りの名産品で食べたいものを挙げなさい」
真紀は更に功を追及するが、そもそも知識がないだけに功は答えに苦しむ。
「ずんだ餅」
隣にいる萌音が軽くこけるしぐさを見せたことで、功は自分のセレクトが失敗だったことを悟るが、真紀はさらに追い打ちをかける。
「ずんだ餅は宮城の名産品でしょ。それに、ずんだ餅は季節もので夏場がシーズンなのよね」
「そ、そうなの?」
「だって、枝豆が出来るのは夏場が中心でしょ。特にだだちゃ豆は出回る期間が短いんだから。農業を生業にするならそれくらいは理解してほしいな」
功は正月早々から真紀にやり込められて気分が悪いが、萌音がさりげなくフォローする。
「お姉ちゃんが無理やり名産品の名前を挙げさせたからでしょ。お姉ちゃんはごちそうしたいなら推しの一品を考えたらいいのよ」
「はいはい」
真紀はどうやら、実家にSNSで連絡して夕食のメニューをリクエストしているようだ。
功は仮住まいとはいえ妻の実家を初めて訪れることを意識して、緊張するのを感じた。
功たちは二時間半ほどで郡山にある真紀と萌音の家族が住む賃貸のマンションに到着した。
真紀との結婚前後には当然ながら真紀の家族に挨拶もしているのだが、慌ただしい中で形式的に挨拶を交わした感が強く、功は微妙に緊張していた。
「あけましておめでとう。功君もお父さんになるのね。私たちにとっては初孫だから早く顔を見たいわ」
真紀の母親の麻衣さんが笑顔で出迎え、その後ろには真紀の父や祖父母も顔を揃えている。
真紀の実家の居間では食事の支度が整えられており、功と真紀、そして萌音は川崎家の食卓を囲んだ。
「私がリクエストするまでも無く、準備してくれていたみたいね」
真紀は麻衣さんが年末に材料を仕入れたというアンコウ鍋を功に取り分けながら笑顔を浮かべる。
「うちのあんこう鍋は、アンコウの肝を乾煎りしてから他の具材を煮込むからおいしいのよ」
真紀が言う通り、白身のアンコウに肝のうまみが加わった鍋ものはとてもおいしい。
「功君はニラを栽培していると聞くが私にも手伝える仕事があるのかね」
真紀の祖母の宗一郎は70歳を超える高齢だが、かくしゃくとした雰囲気で自分も働きたいと思っているのだ。
「もちろん、仕事は沢山ありますよ」
功は、農業をしていたという宗一郎にニラの出荷調整作業を押し付けて大丈夫かと心配になるが、横にいた萌音が口を挟む。
「おじいちゃんトラクターもコンバインも上手でしょ。功兄ちゃんは自分のニラ栽培も忙しいのに、時々地元の農林業公社のオペレーターに駆り出されたりしているから、おじいちゃんがオペレーターを引き受けたらすごく喜ばれるわよ」
それは功にはなかった発想だが、考えてみれば機械化が進んだお米つくりの作業ならば、高齢者でも戦力になるのが道理だった。
「そうか、わしにも仕事をさせてくれるのか」
宗一郎は感慨深そうな顔をする。
宗一郎は震災以後は原子力発電所の事故の影響で自宅周辺が避難指示地区に指定され、長年従事して来た農業から遠ざかっていた。
それゆえに、遠く離れた土地と言えども再び働くことができるのが嬉しいに違いない。
長年生まれ育った土地を離れて移住しようとする彼の胸の内には複雑な感情があるに違いないと功は考えるのだった。
しばらくすると、姿を消していた真紀が台所からお盆を抱えて姿を現した。
「お祖母ちゃんは豆すり餅と呼んでいたそうだけど、ずんだ餅とほぼ同じものを作っていたんだって。買い置きのだだちゃ豆風味の冷凍枝豆を使って作ったのよ」
お盆の上の皿には黄緑色の餡を纏ったおはぎ状の物体が載っている。
「わざわざ作ってくれたの?」
「ウイ、ムッシュー」
真紀は何故かフランス語で答えつつ食卓に加わる。
功が生まれて初めて食べたずんだ餅は枝豆の味と香りを残した風味のある餡が餅を包み込んでいた。
手作りの餅と餡は程よく素材の粒感を残しており、口の中に枝豆の風味と甘さが広がる。
「美味しい!」
功の短い感想を聞いて、真紀と麻衣が嬉しそうに微笑する。
予定では功の園芸用ハウスを現在の二倍の面積に規模拡大して収穫が始まる頃に真紀の家族が四国に引っ越すことになっていた。
功は施設を規模拡大するときに必要な補助金が給付されるか確定していないという山本事務局長の言葉を思い出して、少なからず不安を感じるのだった。
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