第50話 年末年始を実家で過ごす!? 

 年末を迎えて、功と真紀はニラの販売量を順調に伸ばしていた。

 初秋の頃に野口の指導を受けて、ネギアザミウマの防除を徹底したことが功を奏し、A級の品質の良いニラを継続して出荷できた。

「功兄ちゃん、農協の年内の出荷の受入れが明日で終わってしまったら、その後は伸びてきたニラをどうすればいいの?」

 萌音の素朴な疑問に功は微笑を浮かべて答える。

「うちのニラは、半分を植え付け時期を遅くしてある。今日出荷する分が先に定植したニラの二回目収穫の最後の分で、後から定植した分の二回目収穫が始まるのはもう少し先になる。お正月休みを見越して出荷量を調整して来た成果なんだよ」

 たまたまうまくはまってくれた面は否めないが、害虫防除が追いつかなくて一部を刈り捨てた苦い記憶は病害虫防除の大切さを教えてくれたのだった。

 秋以来出荷調整作業を一緒に続けてきた萌音は、作業に慣れて処理できる量が格段に増えている。

 作業台で出荷調整中のニラは肉厚で葉幅も広く、功は真紀と取り組んだニラ栽培に手応えを感じていた。

「年末年始に野口くんがハウスの管理をしてくれるというのは本当なの?」

 真紀が真面目な表情で尋ねるので、功は穏やかな口調で答える。

「野口さんは農林業公社の休日中の施設管理を委託されているのだけれど、ついでに僕たちのハウスも見てくれると言うんだ。見てもらうと言っても温度管理はセンサーで自動開閉だし、灌水はタイマーを使って自動で動くから。装置が故障して冬空の下で全開状態になっているとか、給水パイプが水圧で抜けて辺りが水浸しみたいな突発事故がないか確認してもらうだけだからね」

 真希はそれでも心配そうな表情のままだ。

 ことの発端は野口が年末年始に栽培施設の管理を引き受けるから旅行に行くなり、実家に挨拶に行くなりしてはどうかと水を向けてくれたからだった。

 栽培施設の基本的な管理は自動化しているため、二、三日ならば野口に手間を取らせるようなことはあまりないはずだと思い、功は乗り気になったのだった。

 功は久しぶりに埼玉の実家に顔を出し、その足で福島県の真希の家族にも挨拶に行くことを思い立ったのだが、真希は意外と心配症な面を見せるのだった。

 事が自分達が栽培するものの管理に関わると、日頃注意深く作物を管理する真希は人に仕事を任せたくないのかもしれない。

 しかし、功の話が意識に浸透したのか真紀の態度も軟化した。

「野口君なら何があっても対応してくれるのは確かね。多分三日間の間何も起こらないと思うから彼のお言葉に甘えて出かけることにしようかしら」

 真紀の態度の変化を見て、萌音はすかさずフォローの言葉を加える。

「私も一緒に行っていい?家から持って来たい服とかあって、一度福島に帰りたいと思っていたの」

 萌音のいう家とは、東日本大震災以前に住んでいた浪江町の実家ではなく家族が避難していた郡山の住居のことだ。

 萌音には時々、両親から荷物が届いていたが、足りないものも少なくなかったに違いない。

 乗り気になったらしい真紀は電卓を取り出して何やら計算を始めていた。

「何の計算をしているの?」

 功は若干気になりながら真紀に尋ねる。

 功は出来れば東京まで飛行機を使いたいと思い、その経費をやすくするためのパッケージツアーを探していたのだが、真紀の様子を見て悪い予感がしたのだ。

「安上がりの移動手段を考えているの。飛行機よりも高速バスの方が安いけれど、航空券と宿泊付きのパッケージを使うと似たような金額になる。でも三人分だと結構金額がかさむのよね」

 功は高速バスの異動が苦手だったので、真紀の意見の落ち着く先が気になるところだ。

「多少の違いなら飛行機の方が楽でいいよね?」

 功はさりげなく飛行機を使う方向に誘導しようとするが、真紀の考えは功の希望とは異なる方向に向かっていた。

「三人以上で移動するなら断然自家用車の方が安く上がるのよ、高速道路の料金やガソリン代を考えても三人がそれぞれチケットを買う公共交通機関とは大違い!」

 功はマニュアルトランスミッションのインプレッサで首都圏さらには福島県まで旅行することを考えると気が遠くなりそうだった。

「自分で運転するにはちょっと遠くないかな?」

「私と功ちゃんが交代で運転すれば大丈夫よ。萌音だって運転免許持っているから途中で手伝ってもらうこともできるわ」

 想定外だった真紀のインプレッサで東北まで旅行する案が登場して、功は戸惑ったが、真紀の経費の計算の前に反対することもできず、割り勘要員として秀志も同乗させる話に発展していく。

 結局、十二月三十日の夜遅くに功たちは出発することになった。

 秀志を乗せるために臼木農林業公社に立ち寄ると、近所の野口も待ち受けていた。

「留守中はハウスのトラブルがないか確認するからな」

 野口が軽い雰囲気で話すと、真紀は施設管理上の注意事項の一覧表を取り出した。

 彼女が野口に伝えておきたいことをリストアップしたものでA四用紙にびっしりと文字が並んでいる。

「野口君、これは何かあった時のためのメモ書きだから、一応持っておいて」

 野口は目を丸くして、真紀のメモを眺めていたが少しこわばった笑顔で真紀に答える。

「ちゃんと読んでおくよ。たった三日くらいだから何事も起きないと思うけどね」

 野口に見送られて功たちは出発した。

 第一目的地の功の実家までは十三時間の行程を予想している。

 功たちの住むわだつみ町は延伸工事中のまほろば県の高速道路の末端辺りに位置しており、トールゲートをくぐって本線に進入しても対面交通で自動車も少ない。

 一時間ほど走行してまほろば市界隈に来ると高速道路もやっと片側二車線となり、交通量も増える。

 最初にステアリングを握った功はそのまま運転を続け、さらに二時間ほど走行して淡路島を経由して本州に渡ろうとしていた。

 運転者以外は寝ていてもいいのだが、久しぶりに遠出したためか萌音と真紀は会話が弾んでいる。

「私首都圏で初詣に行きたいと思っていたのよ、ゆく年くる年でよく見る成田山新勝寺とか川崎大師まで行けるかな」

 萌音が無邪気な雰囲気で口にした言葉を聞いていた功は、初詣客にもまれながらそんな遠くまで行くことを考えただけでゾッとしたので慌てて口を挟むことにした。

 功は比較的出不精なたちなので、さいたま市からはるばる千葉や神奈川まで初詣に行こうなどとは考えたことがなく、日頃、秋葉原界隈に出かけるのも趣味が絡めばこその話なのだ。

「家は埼玉県にあるからちょっと遠いと思うな」

「そうなんですか。私川崎大師ってうちの氏神みたいな気がしていたから残念だな」

「違うでしょ。川崎市にある真言宗のお寺だから川崎大師と呼ばれているのよ」

真紀はお姉さんらしくね萌音の勘違いを正していたが、功にもさりげなく質問する。

「功ちゃんは自宅から初詣に行くときは何処に行っていたの?」

「初詣に行くとしたら調神社かな」

 浦和駅にほど近い調神社はつきの宮神社とも呼ばれ、初もうで客の数は相当なものだ。

「功ちゃんの家が起点だから、年越ししてすぐに行くなら調神社にしましょう」

 真紀が提案すると、萌音はあっさりどうしたようだった。

 姉妹の他愛のない会話を聞きながら、インプレッサを走らせていると、淡路島の北端にあるハイウエイオアシスの観覧車が視界に広がり、その向こうには瀬戸内海を挟んで須磨から神戸にいたる街並みが浮かんでいた。










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