第49話 証拠品の確保を

 山本事務局長がガソリンの携行缶を持ってきた時、功は目線で臼木農林業公社の事務所を示した。

「出火する直前に現場にいた人はあのウインドブレーカーと同じものを着ていました。間違いありません」

 山本事務局長は事務所内の状況を見て取ると肩をすくめる。

「ウインドブレーカーの件は了解した。ただ、あのデザインのウインドブレーカーは非売品とはいえ結構出回っているんだよな」

 山本事務局長は、暗に事務所にいる人を犯人と決めつけないように功をけん制しているようにも感じられる。

「ちなみに、今事務所に来ている人は誰なんですか」

 山本事務局用の態度から、その人が誰であるか山本事務局長は把握している様子なので、功もトーンを落として尋ねる

「あの人は青山晴彦さん、春樹の親父さんだ。とりあえず功も事務所に寄って行けよ」

 山本事務局長は功と晴彦さんが鉢合わせしても意に介さない様子だが、よく考えてみれば、それが普通な態度に違いない。

 功は山本事務局長に促されて事務所に向かう途中で、用向きが終わったらしい晴彦さんとすれ違うことになった。

「こんにちは青山さん、こちらは当農林業公社で研修を終えてニラ農家として新規就農した宮口功です」

 山持事務局長がさりげなく紹介すると、晴彦さんも温厚な笑顔を返す。

「そうですか。先日はうちの春樹も短期研修でお世話になったみたいですな。お若いのにちゃんと農業を始めていてうちの倅に爪の垢でも煎じて飲ましてやりたいものだ」

 話に聞いていたのと違い、晴彦さんはそつの無い雰囲気で功に言葉をかけ、功は畏まって会釈をする。

 功と山本事務局長が事務所に入ると、理香はホッとした様子で功たちに話し始めた。

「青山さんがね、田んぼの畔を焼いたのは、草刈りするのが面倒くさかったからじゃないのかって私に尋ねてくるから答えに困っていたの。草刈り機で作業をしていて火の気がないところで急に出火したので、消防団も出て大変だったのだってやっと説明したところなのよ」

 功は朝から几帳面に除草作業をした苦労を全面的に否定された気がして面白くない話だ。

「あの人はそういう言い方をする人なのだよ。今日小火騒ぎがあったのは臼木農林業公社が青山さんから借り入れて耕作している水田だから、多少気になって様子を聞きに来たと言うところではないかな」

 山本事務局長は鷹揚な雰囲気で話をとりなしているが、理香はまだおさまらない様子だ。

「その上、事務所の入り口に禁煙だと書いてあるのにくわえたばこで入って来るし、私がそれを注意すると、鉢植えの土に吸い殻を捨てて行ったのよ」

「まあ、理香の注意を聞いて煙草を吸っていたのを中断したのだからましな方かもしれないな」

 どうやら山本事務局長は聞き役に回ることで理香のガス抜きをしているみたいだと気付き、功は注意を事務所の隅に置かれたパキラの鉢植えに向けた。

 それは密植された三本のパキラの茎を三つ編みにしたもので、観葉植物としてよく見かけるものだ。

 功が注目したのは、晴彦がそこに捨てたと言う煙草の吸殻だった。

 中ほどまで吸った吸殻をくの字に曲げてすててあり、表面には銘柄を示すと思われるロゴも読み取れる。

「ハイライト?」

 功がスマホを取り出して、吸い殻の写真を撮影していると、それに気が付いた山本事務局長がのぞき込んだ。

「ハイライトというのは煙草の銘柄なのだが、タールやニコチンが強い煙草だ。それを吸っているのは年寄り連中が多いな」

 山本事務局長はビニール袋を取り出すと、袋の中に手を入れた状態で吸い殻をつまみ、器用に袋を裏返すと自分の手が触れないようにして吸い殻をビニール袋に収納していた。

「功氏が証拠の品に使うかもしれないから、これは俺が保管しておいてやるよ」

「本当ですか?ありがとうございます」

 功が生真面目に礼を言うと、山本事務局長は吸殻が入ったビニール袋を自分の事務机に片付けながら答える。

「俺としては使うことがない事を祈るがね。それから、今日の草刈りは臼木農林業公社が宮口氏に発注した仕事で、仕事をしていたことも確かなので青山さんが何を言っても、お前は気にしなくて良いのだからな」

 功はわざわざ言い添えてくれた山本事務局長の気遣いが嬉しかった。

 功が臼木農林業公社を後にして自宅に戻った時にはお昼に近い時間だった。

 真紀や萌音と一緒に昼食を食べながら小火騒動の一件を報告すると、真紀は心配そうな表情を浮かべる。

「やっぱりその晴彦ってやつが犯人ではないかな?春樹さんに事業予算を回したいがために、功ちゃんに小火騒動の失火責任を負わせようとしているのよ」

 それは、功もうっすらと考えてはいたが、口に出しては言えない話だった。

「山本事務局長に、疑わしいと思っても確証を掴むまでは軽々しく口にするなとくぎを刺されたよ。僕たちを支援してくれる人たちもいるのだから、普段通りに仕事に励むのが一番だと思う」

 真紀は功の言葉を聞くと小さく口を開けて功の顔を見ていたが、やがて穏やかな微笑を浮かべる。

「私は補助事業の話とか一連の出来事で功ちゃんが気落ちしているのではないかと心配していたのだけど、すごく落ち着いた態度なのね。なんだか心配して損したみたい」

「お姉ちゃんは功兄やんのことを過小評価し過ぎなのよ。私から見たらすごくたくましくて頼りになると思うよ」

 萌音が真紀の後押しをして功を褒めるので、功は持ち上げられすぎて居心地が悪いくらいだが、悪い気分ではない。

 それでも真紀が口にした懸念は現実に存在するし、小火の原因となった火種が誰によって持ち込まれたのかは依然として不明なままだ。

 功はこれからの自分の行動に家族の将来もかかっているのだと思い、軽率な言動は出来ないと改めて自分に言い聞かせるように考えるのだった。

 そんな時に、功たちの家の庭に誰かが車を乗り入れるのが聞こえた。

「あれは、春樹さんが使っている軽トラックみたいね」

 真紀が功たちの家の母屋と作業場の間にある庭を覗きながらつぶやく。

 功は一連の出来事の中心となる春樹が自分たちの家に出向いて来たことに胸騒ぎを感じずにはいられなかった。









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