第48話 大気圏突入回廊

 駆け付けた消防団のメンバーには野口も含まれており、他の人もほとんどが功の知り合いだ。

「功ちゃん何やっていたんだ。原因はタバコの火の不始末か?」

 野口が功に問いかけるが、それは功の失火を責め立てる訳でなはなく、むしろ無事を喜ぶような雰囲気だ。

 しかし、功は首を横に振るしかない。

「僕はたばこは吸わないのです。火が出た辺りには燃料の携行缶は置いてあったのですが、火の気は無かったと思います」

「そうか。それでは静電気の火花が散ったとか別の要因で発火したのかもしれないな」

 駆け付けたグループのリーダーが首をかしげながら話し、消防団の一行は手持無沙汰な様子のままで引き揚げていった。

 消防車が遠ざかっていくのを見ながら、功は山本事務局長にぼそぼそと告げる。

「実は火が出る直前に出火場所の辺りに人影を見たのです。農機具メーカーのウインドブレーカーを着ていました。後姿しか見ていないので誰だったかはわからないのですが」

 功の言葉を聞いた山本事務局長は大きく息を吐いた。

「ふむ、それならもしかしたらその人物が放火したかもしれないわけだな。農機具メーカーのウインドブレーカーって紺色で背中に大きくロゴが入った奴だろ?」

 功はゆっくりとうなずいて見せる。

「迂闊に皆がいる時に話さないでいたのは賢かったな。こんな小さな集落で疑いをかけたとか思われたらその相手と関わりづらくなる。犯人を挙げる時には確実な証拠を掴んでからにしようぜ」

 山本事務局長は不敵に笑うが、磯は彼の態度や口ぶりに違和感があった。

「山本事務局長はもしかして僕が見た人影がだれか心当たりがあるのですか?」

 山本事務局長は功の問いに微笑を浮かべて見せる

「言っただろう。犯人を挙げるのは確実な証拠を挙げてからだ」

 山本事務局長は明らかに容疑者の心当たりがあるらしいが犯人の名前は明らかにしない。

 その代わりと言うように、山本事務局長は表情を変えて功に問いかけた。

「出荷した辺りに燃料の携行缶を置いていたということは、そこから発火したと言う事なのかな?ちょっとそこを見てみようぜ」

 功は先に立って歩く山本事務局長の後を追って慌てて歩く。

 その時、功のスマホの着信音が響いた。

 真紀からの通話だったのでそのまま出ると、辺りに聞こえる音量で真紀の声が響いた。

「山火事に遭ったって聞いたけど無事なの!?」

 どうやら功が小火に遭遇した噂が真紀のもとにまで届いたらしい。

 人口希薄な山村なのにどうやったらそんなに早く噂が広まるのか功には不思議でしかない。

「山火事ではなくて、草刈りしていた田んぼの法面で小火があったんだ。もう鎮火したから心配ないよ」

 功は心配を掛けまいと落ち着いた口調で真紀に話すが彼女はなかなか納得しない。

「私に内緒で消防団に入っているのではないでしょうね」

 消防団へのお誘いは移住した早い時期からあったのだが、真紀が功の身を心配して参加させないで現在に至っているのだった。

 真紀の心情を考えると、功は彼女の想いをおして消防団に参加することはできない。

「そんなことはしていないよ。最も消防団として駆け付けた野口さんには冷やかされたけれどね」

 功の口調が平穏だったためか真紀も落ち着いてきた様子だった。

「それじゃあ、お昼には帰って来られるのね?」

「そのつもりだよ」

 通話を終えて山本事務局長に追いつくと、彼は穏やかな笑顔で功を見る。

「新婚の奥様が心配していたのか?」

「ええ、僕が山火事に遭遇したと聞いたらしくて慌てたみたいです」

 功は生真面目に答えると、焼け焦げた燃料の携行缶を覗き込んだ。

 赤く塗られていた携行缶は本来の色が判別できないほどに焼けており、内圧で破裂したのかサイドに裂け目まで入っている。

「給油したときにガソリンをこぼしたりしたのか」

「ええ、ガソリンが思ったよりたくさん入っていたので少し周囲にこぼしてしまったことを憶えています」

 火災の余波は、燃料の携行缶の近くに置いていたガンプラにまで及んでおり、ザクⅡの姿は煤けた上に熱で溶けかけていた。

 しかし、ガンプラマニアの功の目にはナチュラルなウエザリングの上に、熱で溶けた様子が大気圏突入に失敗したザクⅡが地球の地表に叩きつけられた情景のように見えた

 功は思わずスマホでガンプラの写真を撮り始めていた。

 山本事務局長は功の様子を見て見ぬふりをしながら、当たり障りのない話を続ける。

「ガソリンは引火性が高いから、たばこの吸い殻くらいの火でも一気に着火するし、静電気のスパークなどの可能性もある。犯人を突きとまるにはあらゆる可能性を考慮する必要があるな」

 山﨑事務局長の話を聞くとはなしに聞いていた功は、スマホのカメラの視野内にガンプラの世界のリアリティを乱す物体があることに気づいた。それは、ザクⅡの大きさと比較してあまりにも大きく映り込んでいる焼け焦げた煙草の吸殻だった。

 功は煙草の吸殻を取り除いてから撮影を終えて、おもむろに山﨑事務局長の話を思い出した。

「山崎事務局長、ここに吸い殻がありましたよ。これが引火した原因じゃあないでしょうか」

 山本事務局長は意外そうな顔で功が示す煙草の吸殻を見つめる。

「本当だ。功ちゃんは吸殻を見つけて写真を撮っていたのか。俺はてっきりガンプラとやらの写真を撮り始めたのかと思って内心あきれていたのだが、探すべきものを探していたのだな」

 功は居心地の悪い気分ではあったが、山本事務局長に笑顔で答える。

 山本事務局長は証拠品の保全と称して、吸い殻をビニール袋に回収しながら言った。

「この携行缶は農林業公社に持って帰って事業ごみとして捨てておくから、功ちゃんは事務所の携行缶の予備のやつを使ってくれ。委託業務中にトラブルに会ったのだからそれくらいのことはするよ」

「ありがとうございます。そうさせてもらいます」

 功も自分の畑の畦畔の草刈り等があるので、当面ペットボトルで代用しようかなどと考えていたところだった。

 山本事務局長はそのような細かい点で気が利く男なのだった。

 功と山本事務局長は車を連ねて臼木農林業公社の事務所まで移動した。

 山本事務局長が功に渡す燃料の携行缶を倉庫まで取り入っている間、功は何気なく臼木農林業公社の事務所を眺めていた。

 事務所内にはこの時間帯だと理香だけが残っていることが多いが、事務所内に男性の人影が見える。

 功はその人影を良く眺めているうちにあることに気が付いて愕然とした。

 その人物が着ている上着は、功がボヤ騒ぎに巻き込まれる直前に見た人影が着ていたのと同じ農機具メーカーのロゴが入ったウインドブレーカーだったのだ。














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