第47話 草燃ゆる

 功は自分のダイハツハイゼットに乗ると目的地の水田を目指した。

 臼木農林業公社が借り入れている水田は集落の周辺部にある、小面積でいびつな形の水田が多い。

 功が作業を委託されたのもそんな水田が数筆連なっている場所だった。

 地区の水田は基本的に山の斜面を斬り開いた棚田と呼ばれる水田のため、水田の草刈りというのは単に畔の草を刈るだけではなく、下の水田との間にある法面と呼ばれる斜面の草も刈らなければならない。

 功は現場の状況を見て、自分一人が作業して午前中に終わらせることは難しいのではないかと思ってため息をついた。

 功は車を道路脇の狭い空き地に寄せて作業に入ろうと思ったが、ハイゼットのダッシュボードに貼り付けてあったガンプラがフロアに落ちていることに気が付いた。

 それは、功がまほろば県に移住したころに、ハイゼットのボディーカラーと似ているからとふざけて張り付けたものだが、目にふれなくなると妙に寂しい気がする。

 功は家に帰ったらもう一度貼り付けようと思ってザクⅡのガンプラを胸ポケットに入れた。

 ハイゼットから降りた馬まで戻らなければならないた功はテールゲートを開けて自分の草刈り機を取り出し、給油用の燃料の携行缶と一緒に持って歩き始めた。

 携行缶を車に置いておくと草刈り機が燃料切れとなって給油が必要となった時に戻ってくる必要があるため、草刈作業中に給油がしやすい位置に置いておくつもりなのだ。

 功は水田の山際の斜面が小規模な崩壊を起こした箇所に携行缶を置くとついでに胸ポケットのザクⅡのガンプラを取り出すと崩壊した斜面に立たせた。

 むき出しの土砂が風化した感じが、月面を思わせる重く気が合ったのでジオラマ風の写真を撮ろうと思ったのだ。

 スマホでガンプラの写真を撮り終えると、功はガンプラをその辺に置いて草刈り機に燃料を給油する。

 携行缶のサイズがを直接注入するにはやや大きいため、勢い余って少しこぼしてしまったので功は自分のミスに舌打ちをする。

 臼木集落の人々は草刈りの際に燃料を携行するためにペットボトルをよく使っているが、それはほどほどの容量なので携行しやすく、給油もしやすいからに違いない。

 しかし、本来はガソリンを専用の携行缶以外の容器で持ち運ぶのは違法となるため、功は律義に赤く塗られた携行缶を使っているのだ。

 草刈り機のエンジンは二サイクルエンジンなのでガソリンにはオイルを混合する必要がある。

 功は臼木農林業公社の研修生だった時にオイルの比率を普通より高めに混合することを教えられていたので、今でもその混合比率を使っていた。

 草刈り機は草を刈るための抵抗に負けないように回転を上げて使うことが多いため、エンジンを焼き付かせないための先人の工夫かもしれないと功は思う。

 給油を終えた功は依頼を受けた水田の畔と法面の草を端から刈り始めた。

 棚田の多くは石積みで谷側の段差を保持しているので、その場合は石積み部分は草刈りの必要がない。

 しかし、臼木集落も主要な部分では一度、基盤整備を行って狭小な水田をまとめて大きな水田にする工事を行っており、その工事の際には石垣ではなく土の法面を使う工法が取られていた。

 石垣を組むには技術も必要で手間もかかる。

 その上いくつかの水田をまとめる工事を行うと、谷川の段差はかなりの高さとなるため、機械で作業を行う近代的な基盤整備事業では多少無駄が出ても土の法面が作られるのだった。

 法面の図面上の面積はわずかなものだが斜面は意外と広い。

 そこに、雑草が繁茂してしまうために草刈に要する労力は馬鹿にできないものだ。

 功は草刈り機のエンジン回転を上げると地面際の辺りを草刈り機のチップソーを使って草を刈っていく。

 双子葉植物は生長点が高い位置にあるので草刈りをすれば容易に退治できるのだが、単子葉植物の生長点は地表面辺りにあるために葉を刈っても数日すれば派が伸びてくる。

 定期的に草刈りをしていると水田の法面は次第にゴルフ場のような草地になっていくのだ。

 両手で持つハンドルを取りつけたタイプの草刈り機もあるのが、斜面を刈ることが多い山里では軽量で棒状に設計されたタイプを使うことが多い。

 功は草刈り機の重量を手で支えながら黙々と草を刈って行った。

 最初の法面を刈り終え、次の場所に移動した時、功は目の端に動く物を認めた。

 草刈り機はチップソーという開店する金属の刃で草を刈るため、周囲にいる人の動きには注意を払う必要がある。

 それ故、功は動く物を視野に捕えた時敏感に反応したのだが、功の目が捉えたのはかなり遠くにいる人影だった。

 その人影は功が燃料の携行缶等を置いた辺りに佇み、こちらに背を向けている。

 功はその人が着ているウインドブレーカーが、臼木農林業公社が使っているトラクター等を生産する農機具メーカーのロゴが入ったものだと認めた。

 そのメーカーはトラクター等を購入した人等には、サービスでウインドブレーカーやハンドタオル等を配布するのだ。

 功はそのロゴが入ったウインドブレーカーには見覚えがあったため、山本事務局長が功の作業状況の確認に来たのだろうと思い、気にもせずに草刈り作業を続ける。

 しかし、数分後に同じ方向を振り返った功は我が目を疑うことになった。

 功が先ほど、人影を認めた辺りの法面の草が炎に覆われていたのアだ。

 丈の高い茅も含む法面の雑草は、大きな炎を上げて燃え上がり、火勢は火のついた茅の葉を上空に巻き上げるほど強い。

「大変だ」

 功は草刈り機のエンジンを止めると、消化のために火災現場に走り、その辺にあった棒で叩いいて火を消そうと試みたが、そう簡単に火は消えない。

 結局、火が収まったのは功が草を刈った部分が防火帯の働きをしてそれ以上延焼しなかったためで、功は寿命が縮む想いをしたのだった。

 功は火災発見と同時に山本局長にスマホを使って救援を求めたのだが、火が収まった頃にようやく山本局長が乗った軽四輪トラックと、臼木地区消防団の消防車が到着したのだった。

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